艦橋に入り、私はすぐ違和感を覚える。


自分の元まで届く血の匂い。
その異臭に、咄嗟に服の袖で鼻を覆った。

眉を顰める私と同じく、皆も辺りの状況を見て顔を顰める。

先程自分達よりも先に入った同盟軍の皆が
ここで全員、血を流し倒れているのだ。

何故、と答えを求める私達の前にヒールの音が響かせ一人の女が姿を現す。





「お前達も来たのかい…」





ニィ、と口が裂ける程の笑みを見せる女は私達の姿を見て舌なめずりをした。





「現在この艦橋は、我々トリプルカイツが階層ごとに守りを固めている」
「ご丁寧に説明どうも!」
「ヴァーツラフんとこに行きたけりゃ、全員ぶっ倒せっちゅう事じゃな!」
「その通り…だけど安心しなよ」





そう言うとメラニィは自ら持つ杖を私達へと向ける。
その矛先がこっちに向けられた時、無条件で体がビクついた。





「貴様達が他の二人を気にする必要はない…何故なら、ここでくだばるからさあ!!」





何度も私達に出し抜かれている事を気にしているのか
メラニィは怒りを露に声を荒げる。

各々武器を構えいざ行こうと走り出そうとした、その時だった。





「皆さん、ちょっと」





私達を引き止めたジェイはメラニィに聞こえないよう皆を一箇所に召集する。
メラニィは「待ってやる」とでも言いたそうに余裕の笑みを浮かべて一度杖を下ろした。





「ここはメラニィとの戦いを避けましょう」
「ふむ…」
「かまっている間に時間切れになったら困ります」
「で、でもど〜やって抜けるの?」
「皆さんは戦うふりをして奥の扉へ向かって下さい」





そう言うとジェイは私達から離れ、再びメラニィへと体を向ける。
そして意識的に殺気を立てた。

これから戦いを避けようとする人とは思えない程の強い殺気。
相手を睨む瞳の迫力は演技には見えなかった。

メラニィは一度それに目を見開いて、またすぐに口を吊り上げる。
「上等だ」、とでも言わんばかりに。





「行くぞ、メラニィ!!」





戦陣をきったのはウィル。
それと同時に皆が走り出す。
私も追いていかれないよう、ただただ奥にある扉を目指し走った。

自分に向かってくると思い込んでいたメラニィは
ウィルを含め、私達が横を通り過ぎればその目を見開き驚く。





「貴様達ッ!!」





ジェイが投げた煙幕がやや晴れた時、後方からヒールの音が聞こえ
相手との距離が気になりチラリと後ろを振り返る。

…なんと言うか、とてつもなく怖かった。





「な、何であんなに怒ってるの!?」
「そう言う作戦なんですよ!」





鬼のような形相にぐるりと向きを変え、私は必死に足を動かす。

扉に滑り込んだと同時、ジェイは手元にある装置のボタンを押した。

ガタン、と音が聞こえ、大きな扉が自動的に閉まっていく中
向こう側に見えるメラニィは歯を剥き出しにし、あらゆる所に皺を寄せていた。





「おのれ!ここを開けろ!!」





扉が完全に閉まり安堵の息を吐く私達に怒声を浴びせるメラニィ。
ガン、ガンと扉を叩く音に私の体は大袈裟なくらい跳ねる。





さん、ぼけっとしていないで行きますよ」
「う、うん…」





最後に見たメラニィの形相が頭からちっとも離れない。
私は歩きながら、脳裏にこびり付いた物を取ろうと必死に首を振った。















奥に進むと、やたら機械が多い場所へと出た。

ボタンを押すとヴァーチャルな映像が目の前に浮かび上がる装置がいくつもある。
物珍しさからつい手を伸ばしてみたが、映像はスカッとすり抜けるだけで掴みは出来ない。





「何してるんですか…」
「テレビと違うんだなって」
「立体映像ですからね」





淡々と説明するジェイに
私は分かったような、分かってないような曖昧な返事を一つ返す。

レジェンディアの世界ってこう言う部分は凄く発達してるんだなあ、と関心しながら。





「…だけど、これを全部押していかなきゃいけないとはな…」
「ややこし〜仕掛け作るな〜!」





映像は装置を起動すればパスワードもなしに浮かび上がる。

正直それが何を表すのかは全く分からないけど
扉を開けるキー的な物になってると言う事だけは理解出来た。

余りの装置の多さにノーマはグチグチと愚痴を零し
モーゼスに至っては完全に集中力を切らし欠伸を一つ零していた。





「モーゼス、しゃきっと!」
「オ、オウ」





そんなモーゼスに活を入れるよう、その大きな背中をばん、と叩く。
そして全ての装置を起動させた後、更なる奥を目指した。















長い道のりの奥、大きな広間が姿を現す。

中心には先程距離を離したはずのメラニィがいて
私達はその後ろ姿を見て慌てて武器を構えた。





「やっと来たかい…遅いじゃないか」





振り向くメラニィは笑みを浮かべている。
でも決して愉快だからと笑っている訳じゃない。

殺気に満ちているその瞳は確実に私達を殺そうとしていた。





「折角久しぶりに会えたのに、逃げるなんてつれないじゃないか」
「悪いがワレに構っちょる暇はないんでのう!」
「ッ…なめるなよ、ガキが!!」





笑顔と言う仮面が破れ、そこにあった素顔を見た私の口から短い悲鳴が漏れた。

仮面の奥には女の本性と言う素顔があり
歯を剥き出しにし怒るその姿にさすがのモーゼスも後退する。





「行くぞ!」





誰よりも先に走り出したのはセネルだった。

メラニィを守るフィアフルベアをすり抜けて
セネルはその拳を、目の前の敵に叩きつける。

瞬間、ニィ、とその紅い唇が弧を描いた。





「ッセネル!近付いちゃ駄目!」





ハッと声を上げたが時は既に遅く。
メラニィは自らの持つ杖をセネルに向け、その先端から炎を弾き出す。





「ッ…!?」





咄嗟に両腕を前に持って行き顔をガードするセネル。

それでも容赦ない炎の攻撃に一度後退すると
セネルは火傷を負った腕をダラリと垂らし、相手を睨んだ。





「ックソ…!」
「アハハハ!無様だねえ!」





セネル同様、メラニィの強力なブレスの前ではクロエも防御で手一杯の状態だ。
何とかしなきゃ、と私は慌ててセネルに近寄り、焦げた皮膚に手を当て意識を集中させる。





「キュア!」
「ッ…サンキュ!」





すぐに治癒術をかけたのが正解だったのか。
爛れた皮膚はいとも容易く元通りになり、セネルは再び戦陣へと参加する。

メラニィに向けて振るう拳を見る限り、痛みもほとんどないようだ。





「また同じ手かい?学習能力がないねえ!」
「それはこっちの台詞ですよ」





自らに立ち向かってくるセネルとクロエの姿にメラニィは笑う。
だけどもそれを制止したのは凛としたジェイの声だった。

後ろから聞こえた声に慌てて振り向くメラニィは
そこに広がる光景を見て、驚き目を見開き唇を噛み締めた。

倒れた魔物に足を掛け余裕の笑みを見せるジェイ。
その魔物に突き刺さっている自らの槍を抜き、メラニィへと構えるモーゼス。

フロアには紫色の血が溝に沿って広がり、その魔物は二度と動く事はなかった。





「フィアフルベアが…!?」
「動きが遅すぎですね…餌のやりすぎじゃないですか?」
「ッおのれ…!」
「それと、後ろ。見て下さいよ」





余裕の笑みを浮かべ皮肉いっぱいの言葉を並べるジェイの挑発にメラニィは易々と乗ってくる。

ニッコリと笑い、ある一点を指差すジェイを見て
メラニィはゆっくりと、言葉の通り後ろを振り返った。

そこにいたのは、メラニィのすぐ目の前まで迫っているセネルの姿。





「ック!?」





再び炎を浴びせようと、メラニィは慌てて杖を振る。

だけどメラニィが攻撃を仕掛けるよりも先に
セネルが手を伸ばしその杖を掴む方が早かった。

セネルは掴んだ杖を実質曲がらない方向に反らし、グッと力を入れる。
杖はパキィ、と乾いた音を辺りに響かせ、易々と折れた。





「杖が…!畜生!」
「おばはん、こっち見いや」
「なっ…」





頭上からメラニィに向けて言葉を投げたのはモーゼス。

後ろを見ろだの、上を見ろだの、我侭ばかりの私達の注文に
メラニィは優しいと思うくらい従ってくれる。

空から降り注ぐ無数の槍に身を屈め
身を守る術のないその体に、初めて切り傷が出来た。





「ッガキが…!調子に乗るなよ!」
「こっちですよ、おばさん」
「おばッ…!?」
「闇走破!」
「クゥ…!」
「オウ!おばはん!」
「ッテメェ…!」
「おばさん背中ががら空きですよ?」
「ツウッ…」





「…何、この状況」
「か、かっわいそ〜…」





ぽかんと口を開けて、その状況を傍観する仲間達。

拳を振るう必要のなくなったセネルは構えのまま目をぱちくりさせて
横にいるクロエと目が合えば、困ったような笑みを浮かべる。

この場はジェイとモーゼスに任せようと暗黙の了解が仲間達の中で出来上がった。










「将軍…閣下…」





ドサリ、とその体が地へと伏し、震える右手は空へと伸びる。
だけどもその手は望む人の元まで届かず、力をなくしパタリと落ちた。





「やっと伸びたのう」
「手間をかけさせてくれる…」





起き上がる事も、喋る事もなくなったメラニィにモーゼスはクカカと笑った。
ジェイは思いっきり溜め息を吐き、短刀に付いた血を丁寧に拭いている。

息が絶えたのか、それとも気絶しているだけなのか。
それを確かめる勇気は私にはなかった。

敵だから戦った。
もし敵じゃなかったら、戦わなくて良かった。

…それが許されないのが、戦争。





「ああ、貴方、いいところに」





通りかかった同盟軍を引きとめ、ジェイはゆっくりと正確に言葉を紡ぐ。





「司令部に伝令をお願いします。
 独立遊撃30小隊。トリプルカイツの一角、メラニィを撃破」





兵はパアッと顔色を明るくし、深々と頭を下げる。
そして駆け足で来た道を戻り、司令部へと事を伝えてくれた。





「これで味方の士気が一層高まるでしょう」
「よ〜し!じゃんじゃん進むよ〜!」
「ええ」





ノーマに肯定し頷くジェイは清々しい程の笑顔を浮かべている。
まるで「ざまあみろ」とか「この野郎」とか言いたそうな顔だ。





「…ガキって言われて怒ってるの?」
「いえ、全くこれっぽっちも。あんなおばさんの言った事に誰が怒るとでも?」
「…うそつき」





最後に言った私の言葉はジェイには聞こえていなかっただろう。
いや、聞こえていないと思いたかった。

聞こえていたら何をされるかなんて、想像するだけで分かる。
きっと私もおばさんと言われてボコボコにされてしまうだろうと。


奥へ進む皆の後を追いながら、最後にもう一度振り返る。


メラニィは先程から、指先一つ動かしていない。





「…さん、早く行きますよ」
「…」





返事が出来ない。
伏せる彼女が気掛かりで目が離せず、足だけが何となく前に動いている。

そんな私の様子に気付いたのか
ジェイはすうっと笑みを消して、もう一度私に言葉を放った。





「死人を気にかけたって、生き返る訳じゃないですよ」





ああ、もう。
コイツは何で確認したくない事をズバズバと。

なんて言う事は出来なかった。
それが私を進める為に投げた言葉だって言うのは、何となくだけど理解出来たから。





「うん…分かってる」





後、何人残ってる?
何人殺せばシャーリィとステラを救える?

命の重さなんて量れるものじゃないって分かってる。
それでも、そうやって無理に考えないと私はいつか止まってしまう。

一人目の強敵、撃破。
まだまだ、体力は大丈夫。










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修正:11/12/11