メラニィを倒し、昇降機で上へ向かい艦橋の一部である外の施設へと出た。
私達の目の前には既に奥へと繋がる大きな扉がある。
だけど叩いても爪術を使おうともビクともしない。
次なる道は目の前にあると言うのに、一向に開かない扉にセネルは苛立ち始めていた。
「ッ何で開かないんだ…!」
「カードキーだよ!カッシェルが持って―――…」
「ほう…良く知ってるなあ」
背後から聞こえた声に体を跳ねらせ慌てて振り返り距離を取る。
緑色の髪に、鎧を着た男。
奇妙な格好をしているその者を例えるなら「暗殺者」とでも呼ぶのが相応しかった。
マスクで隠れた口元は、一体どうなっているのかは分からないものの
その瞳は私達を小馬鹿にするように細められる。
「これがカードキーだ」
手中で光るそれを私達に見せつけ、余裕を見せるカッシェルに仲間達は武器を構える。
「欲しけりゃ倒せっちゅう事か!」
「貴様等に行き場はない…森にいたチンピラ共と、同じ目に遭わせてやる」
相手がモーゼスだと分かって、わざと挑発をしてくる。
嫌な奴、と心の中で呟いてモーゼスの様子を窺えばその目は驚き見開かれていた。
「奴等が無様に命乞いする姿を見せてやりたかったぞ…クククッ」
堪えきれず笑うカッシェルに、モーゼスは何を思ったのか。
それはきっと、私と同じだろう。
「…アンタ馬鹿なんだね」
「…何?」
「チャバ達が命乞いする訳ないじゃん」
「…」
「攻略本でも読んでキャラ設定でも学んでくれば?」
珍しく溜め息を吐く私の横でモーゼスはニヤリと、相手を見て笑う。
「悪いのう。あの頃のワイとは違うんじゃ」
「……」
「闇雲に吠えても仕方ないって、に言われて気付いたんじゃ」
「のう!」と笑みを向けるモーゼスに
私も満面の笑みを返して「うん!」と強く頷いた。
「…そこの女か」
カッシェルの視線は、モーゼスから私へと移る。
細い瞳はジロジロと、まるでこちらを観察するよう動いていた。
「俺の通り名は“幽玄”…」
ボソっと呟かれた言葉を合図に、視界の中のカッシェルが急にぶれ始めた。
眩暈かと自分の意識を疑うも、決してそんな事はない。
ぶれたカッシェルは、そのまま色を暈すように分身した。
全く同じ格好で、全く同じ顔の人間が
同時にこちらを見てくる状況は、とても良い気分ではない。
「ど、ど〜なってんの!?」
「まやかしの術ですね…」
私と同じように狼狽えるノーマの横で、ジェイは冷静に相手の能力を分析した。
「…皆さん、ここは僕に任せて下さい」
ジェイはそう言うと、チリ、と小さく鈴を鳴らし
分身したカッシェルを順々に見る。
その瞳は真剣そのもので、流れる沈黙に体が強張った。
「ククク…貴様のようなガキに何が出来る」
「ッそこ!」
複数のカッシェルが同時に同じ言葉を発した瞬間、ジェイはとある一点に苦無を投げつけた。
それと同時に私達を囲む四人のカッシェルが同時に顔を歪め
パン、と弾けるように煙となって消える。
その場に残ったのはジェイが苦無を投げ付けた男だけ。
つまりそれが、本物だと言う事だ。
「クッ…」
「苦無の先に毒を塗っておきました。無闇に動くと毒のまわりが早くなりますよ?」
「貴様…!」
「僕もこう言うのは専門分野でしてね」
「自分と他人の得意な事が重なるのって、気になりますよね。
どちらの実力が上なのか、確かめずにはいられない…」
「そうじゃありませんか?」
出た、いつものジェイ節だ。
と、心の中だけで呟いた。
久々に面白い、と言わんばかりに笑うジェイを見て
何となく、邪魔だけはしちゃけないと察したからだ。
「さあ、カードキーを渡してもらいましょうか」
ジェイの片手には新しい苦無。
その先端には先程と同じ毒が塗ってある。
ジェイの動作に合わせるよう、皆はカッシェルを取り囲む。
人数差は圧倒的、実力差もきっとそれ程ではない。
そしてこっちは既に相手を弱らせている。
確実に勝てる戦いで、誰もが油断をしていた。
「…取引といこうじゃないか」
肯定でも否定でも疑問でもない相手の返事を不快に思ったのか。
ゼェ、と荒い息を零すカッシェルの言葉にジェイは眉を顰める。
「取引も何も、する必要がないですよ」
「…」
「カードキーを貴方から取り上げるのは実に簡単な事です」
「どうかな」
ニィ、と笑っているだろう口元に細められた目。
この状況でも何故か余裕を見せるカッシェルを見、ジェイは不思議そうに顔を顰める。
私も内心「何言ってんだコイツ」と弱る相手に対し心の中で呟いた。
「んうッ!?」
だけど、事態は全く予想もしていなかった方向へと動き出す。
「!?」
私の名前を呼ぶセネルも皆も、さっきから一歩も動いていない。
ただ変わっているのは、カッシェルが私の後ろにいる事。
そして片手は私の両手首を掴み、もう片方の手では口を抑えられている。
「んんんー!」
苦しさから声を上げ、必死に抵抗すれば
ひんやりと、何か鉄のような物が首筋に当たった気がした。
ビクリと体を跳ねらせ、恐る恐る視線を下へと向ければ
そこには鋭く尖った剣先がある。
驚き目を見開く私と仲間達をカッシェルは喉の奥で笑っていた。
「カードキーを渡してやろう…だがコイツは俺がもらう」
「いーやーだー!」と抵抗する私の声は
皆の元に届く時には既に人語ですらない。
上手く喋れなくて、息もしづらくて、何だか苦しい。
「勿論、先に行くのは俺だ…扉が閉まると同時にカードキーは渡してやろう」
「…そんなもの、信用出来ませんね」
「ならここで殺すか?俺は全然構わないがなあ」
「っく…」
唇を噛み締め、拳を強く握るジェイ。
実力では自分が上なのにどうしようもない現実が相当気に入らないのだろう。
ああ、全部私のせいだ。
私がこんな奴に易々と捕まってしまうから。
「…先を急ぐ為ここは相手に合わせましょう」
「だけど、がッ…!」
「セネルさん、ここでさんが刺されるのを見たいとでも?」
「…」
皆は輪になり何かを相談しているようだった。
私の耳には言葉一つ届かない。
「相手もそれ程持ちません。毒の威力はそれ程です」
「…よし、ジェイの言う通りにしよう」
「ウィル…!」
「どうせカッシェルはヴァーツラフの元へ行く…行き先は同じだ」
「ックソ…!」
ガン、とセネルが地面を蹴る音。
ビク、と無意識に体が跳ね、首元に当たった違和感にゾクリと体が揺れた。
「…どうぞ、先に行って下さい」
「良いのか?俺がカードキーを渡すなんて信用しても」
「ご心配なく。取引を破った場合この苦無を貴方の心臓に突き刺しますから」
「ククク…そうか」
直感だけど、カッシェルはジェイ達にカードキーを渡すだろう。
わざわざ自分が提案した面倒臭い取引を自ら破るとは思えない。
結果的にジェイ達をヴァーツラフの元に行かせてしまう事になるだろうけど
カッシェルにとってそれは案外どうでも良い事なのかもしれない。
コイツはただ、楽しければ良いのだ。
何となく、そう思った。
「捨てられたなあ、女…」
ニヤニヤ楽しそうに笑うカッシェルを私はキツく睨みを返す。
男はそれすらも愉快だと言わんばかりに目を細めた。
フッと、足が地面から離れる。
やっと解放された、と思ったのは束の間
今度はグラリと体が大きく揺れて、視界が一気に高くなった。
何事かと辺りを見渡せば、どうやら私はカッシェルに担がれているらしい。
両足をグッと固定され、腹部にはカッシェルが身に纏う鎧が当たっている。
そしてもう片方の手が支えとし私の太股部分に当てられた瞬間、ゾワリと鳥肌が立った。
「ギャアア!セクハラアア!!」
「…うるさい女だ」
「キモイー!気持ち悪いよー!!」
抵抗しては取引の意味がないと分かりながらも
普段感じない違和感に体が勝手にジタバタ動く。
小さな溜め息が私を担ぐ本人から聞こえた瞬間、風を切るように視界が動いた。
物凄いスピードでつい叫ぶ事も忘れてしまう。
ピ、と言う機械音と共に恐る恐る目を開ければ、
たった数秒でかなりの距離を移動している事に気付いた。
ガタン、と音を立て扉が開く。
私の視界に皆の姿が映る。
頬を掠めカードキーが彼等の元へと飛んで行き、
ジェイがそれを人差し指と中指、たった二本の指で掴む。
扉が閉まっていく中、皆は私を不安そうに見つめていた。
まるで「ごめん」と言いたがっているようだった。
「大丈夫!」
そんな皆に、笑顔を見せる。
「この選択、正解だよ!」
取引に乗ったのも、私を一度見捨てるのも、全て絆があるから出来る事。
ちゃんと分かってるから、と笑顔を見せて小さく手を振ってみせたけど
いつも手を振り返してくれるノーマすら返事をしてくれない。
そして扉はガタン、と音を立て閉まり、私の目の前には一面の鉄が広がった。
「…すぐにもう一度開ける事は出来ないようですね」
ジェイはそう言うと挿し込んだカードキーを抜き、投げるようにノーマへと渡す。
手渡されたノーマはどうして良いか分からず首を傾げるとジェイは歩きながら言葉を紡いだ。
「何回か挿し込んで開いたら呼んで下さい」
「だ〜!あたしはパシリじゃないよ〜!」
叫んだは良いが、今は喧嘩している場合ではない。
その事実に気付いたのか、ノーマは渋々とだけど
ジェイに言われた通り、カードキーを抜いたり挿したりを繰り返した。
「ックソ…!」
…―――守ってやる。
何が守ってやるだ。
全然、守れてないじゃないか。
拳を握り俯くセネルにジェイはカツカツと、靴音を響かせ近付いた。
セネルはそれに気付いているものの、今は自分の事で精一杯で、何かと問う余裕もない。
「良かったですね、セネルさん」
「……よかった…?」
「シャーリィさん、ステラさんに加え、さんまでヴァーツラフに捕まってしまいました」
「…」
「お姫様が三人いれば、気合の入れ方も違うんじゃないですか?」
「ッジェイ、お前…!!」
握られていた拳が、ジェイの服を掴む。
セネルの瞳は怒気に溢れ、また逆にジェイの瞳は酷く冷静であった。
「…それぐらいの威勢がないと、あの人は助けられませんよ」
「!?」
予想していなかったジェイの言葉にセネルはその手を離す。
ジェイは一つ溜め息を吐き服の皺を伸ばしながらこう言った。
「こんな所で言い争いをしたって、状況は変わりませんよ」
「…」
「こんな事、あの人なら望まないって、貴方になら分かるでしょう?」
「日の浅い僕にでも分かりますよ」、と言ってジェイは睨むようにセネルを見つめる。
セネルはその鋭さに目を見開き、ゆっくりと拳を解いた。
扉がある方角からノーマの声が聞こえ、二人は同時に振り返る。
「どうやら、扉が開いたようですね」
「…」
黙り込むセネルを横目に、ジェイはそれ以上言葉を紡がずに扉へと向かって行く。
「早く〜!」と呼ぶノーマの元に仲間のほとんどが集まった時
顔を伏せるセネルの肩に、モーゼスがぽん、と軽く手を置いた。
「オウ、セの字」
「…モーゼス」
「ワイも先に行かせてもらうわ」
「…」
「一生凹んでてくれちょると、ライバルが減ってええんじゃがのう」
「…行かせるかよ」
顔を上げたセネルの表情に、もう暗い影は存在しない。
再び拳を強く握り締めたその姿を見て、ジェイとモーゼスは口元を緩めた。
「こら〜!早くしないと閉まっちゃうよ〜!」
「今行く!」
「ワイが一番乗りじゃ!」
「見くびるなよ、モーゼス!」
お得意の雄叫びを上げながらモーゼスは扉へと走り出し、それを追うようにセネルも走る。
そんな二人の競争を見て既に到着しているジェイは大きく溜め息を吐いた。
「セネルさんって、単純ですね」
「クソ生意気な子供より、単純な方が良かったりするもんよ?」
「…何ですかそれ」
嫌味ったらしいノーマの言葉にジェイは顔を反らし言葉を紡ぐ。
その姿はまるでいじけている子供のようだ。
ノーマは心の中でそう呟き、にたあっと意地悪い笑みを浮かべた。
「よし!早く行くぞ!」
「オウ!」
「って、遅れといてそれかい!」
ヤル気満々に扉の奥へと走り出す二人に、ノーマの会心のツッコミが決まる。
そして再び、皆は顔を合わせ走り出した。
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修正:11/12/11