「ッウ…!」
「うおっ!?」
短い悲鳴が聞こえた。
途端、ガクンと体が勢いよく下がる。
女の子らしさの欠片もない声が出て、私の足は地へ着いた。
何事かと蹲るカッシェルを覗き込めば
その額には汗が滲み、血の出る肩を押さえ苦しそうに顔を歪めている。
「…肩、痛いの?」
「ック…」
肯定でも、否定でもない。
だけどより一層に顔を歪めるその姿は肯定と受け取って良さそうだった。
今まで来た道を振り返れば、カッシェルの赤い血が点々とフロアに広がっている。
毒のせいもあるだろうけど、出血の量も半端ない。
その白い顔は余計に蒼白くなり、マスク越しから聞こえる荒い息に私は眉を顰めた。
…見て、いられない。
「…リカバー」
コイツは何と言おうと私達の敵だ。
分かっているのに体が勝手に動いていた。
少しでも痛みの原因がなくなれば、と毒を抜く。
淡い光は彼の肩を包み、そして消えた。
「私、担いでもらえなくても歩けるから」
「…逃げないのか?」
「だって、目的地はあっちだし」
そう言って、私は道の奥を指しニヤリと笑う。
「何で戻る必要があるの?一人でも、アンタがいても行けるのに」
カッシェルは、目を見開いて驚いていた。
そんなに意外な事は言ってないけど、と小首を傾げる私に
今度は目を細め、突然笑い始める。
「フッ…フハハハ!」
「な、何?」
何が面白いのか分からないけど、カッシェルは肩を揺らして大きく笑った。
不可解な行動に体は無意識の内に敵から遠ざかり距離を取る。
「…面白いナァ…女」
「アンタはキモイよ…」
「やはり、お前で正解だったようだ」
クク、を肩を揺らしながら男は続ける。
私はその言葉に再び首を傾げた。
何が正解?
そう、相手に問おうと口を開いた時
カッシェルはすう、と大きく息を吸うと、私よりも先に言葉を発する。
「滄我砲よりも、面白い物が見れそうだって言う意味だよ」
「…!?」
男の言葉に、息を呑む。
カッシェルは私の慌てる様子すら面白いと、目を細めた。
そうだ。
早くしないと滄我砲が。
「あ、後どれくらい!?」
「もう少しで発射されるだろう…どうする?」
「どうする、って…!」
「女、選ばせてやる」
「俺はお前を殺さない…ここで仲間達を待つか、一人で最上階まで行くか」
「…―――さあ、どうする?」
心底楽しそうに笑う男に私は戸惑いを一つも見せなかった。
そんなの、初めから決まっている。
「一人で行く…皆を待ってる時間はない」
「…そこの道を真っ直ぐ行け…登っていけばすぐに辿り着く」
敵である私にカッシェルがどうしてここまでしてくれるのかは分からない。
だけどその瞳は純粋に世界の混沌を求めていて
またそれは酷く歪んだ感情だと思った。
「…ファーストエイド」
会話の脈略もなしに低級の回復呪文を唱えれば、男は一層目を細めた。
…って、何してるんだ私…!
「…何のつもりだ?」
「ここまで運んでくれたお礼…だと、思う」
「クク…」
「こんな事言うと、偽善者って言われるかもしれないけど」
「人が死ぬ所は、見たくない」
「でもアンタなんて、どうせセネル達にボコボコにされて終わりだよ!」
そう言って、私は振り返りもせずに最上階へと続く道を走る。
後ろからはさっきよりも大きく激しい笑い声が聞こえた。
そんなものに戸惑っている暇はない。
ただただ、ひたすらに走る。
どんなに息が切れても、足がもつれても
早く私が行かなきゃいけない理由が、そこにはあるのだ。
格子状の道のりをどんどんと突き進む。
ブーツと金網がぶつかり、その音は辺りに反響した。
「ッハア…」
長い間、長い道を進み続けて限界が近かった。
それでも、前に進まなければ意味がない。
こんな所で立ち止まって、誰が助かるんだ。
「ッ…!」
やっと登りきったと一息吐く私の目の前には見慣れた後ろ姿があった。
一瞬、息を止め体を跳ねらせれば
男は私の気配を感じ取り、ゆっくりとこちらを向く。
茶色の髪に、黒い鎧。
仮面に隠れた、その瞳。
それが誰だと説明する必要はない。
トリプルカイツの中で唯一まだ出会っていないのは、一人だけ。
「…娘一人か?」
「スティングル…」
「仲間がいないのに、よくぞ此処まで来たものだ」
「その勇気相応の最期を与えよう」
そう言うとスティングルは自らの大剣を私に構える。
その威圧感に片足が下がる。
…いや、違う。
こんな威圧感、ただのまがい物だ。
何となく、本当に何となくだけど分かる。
私に向けている剣も、体から放つ威圧も、全て軸がブレている事を。
「…滄我砲、撃たれちゃうよ」
「ならばどうだと言う」
「人が死んで、アンタどうとも思わないわけ」
「…」
「…死なすのがアンタの仕事じゃないだろ」
決意の定まらない男なんて、全く怖くなかった。
私の方が気持ちでは上。
それを示すようにキッと強く睨めば、男の剣が微かにブレる。
「金の為に私を殺そうとしてるなら、止めた方が良いよ!」
「…何…?」
「だって、アンタに金を払う王子様は、もうすぐいなくなるし!」
ニッと笑う私にスティングルはきっと驚いていただろう。
仮面の奥で本当は優しいその目を見開いて
「どうして自分の目的が“金”だと知っているんだ」、と言っているみたいだった。
「それでも斬りたきゃご自由に!」
「…」
「…まあ、させないけど!」
ニッコリ笑って見せて、私は戸惑いもなくスティングルの横を通り過ぎる。
男の大剣は全くと言って良い程動かさない。
私がすぐ横にいるのに、体を向ける事すらしなかった。
「……無茶をする所は、―――にそっくりだな」
そう言って武器を下ろしたスティングルは
仮面の下で、笑みを浮かべているように思えた。
トリプルカイツ制覇。
残る敵は、親玉一人。
スティングルにほぼ見逃してもらう形で先へ進んだ私の行く手には
ヴァーツラフの兵や魔物がウジャウジャいた。
一人でここまで来れたのなら、きっとこの先を一人で進む事も出来るはず。
「ッ…どいて!」
自らが撃つ上級ブレスで倒れ焦げ付く兵の数は、もう分からなかった。
それでも致命的な傷だけはつけないように、細心の注意を払って奥へと進む。
配置された兵や魔物も、訳の分からない装置や仕掛けも
今の私を足止めする理由にはならなかった。
「ヴァーツラフ!!」
重い扉が開くと同時、私は敵の名前を思いっきり叫ぶ。
「インディグネイション!!」
ゆっくりと振り返る男を手っ取り早く気絶させる方法は、上級のブレスを使う事だった。
部屋中に雷が降り注ぎ、装置をいじっていた兵の叫び声が聞こえる。
鉄で出来た地面すら焦げ付き、そこから黒い煙が上がって部屋全体が覆われた。
自分が強く念じれば、こんなにブレスの威力が増すだなんて思ってもいなかった。
視界が遮られ、しまいには煙を吸いこみ苦しさから咳きこむ。
自分自身すら不利になった状況に、辛うじて沁みる瞳を開く。
だけどもう、気付いた時には遅かった。
「ッ!?」
目の前から伸びてくる手に、咄嗟に体を後ろへと引く。
だけどそれも虚しく、伸びた手は私の首目掛けて動き
次の瞬間にはギュウ、と強い圧力が私を襲った。
よろける体は素直に地へと倒れ、苦しみから目を閉じる。
煙が晴れ、辺りを見渡せる状況になった時
状況を見て私は驚き目を見開いた。
あの落雷の中にいたにも関わらず、ヴァーツラフの体には傷一つない。
そして私に馬乗りになり、首を絞め笑みを浮かべている。
「ッく…」
「貴様一人が…残りはどうした?」
「う、ッ…」
ヴァーツラフは喋りながらその手に力を増す。
苦しさから、上手く息が出来ない。
私如きに先手を打たれた事が気に入らないのか
ヴァーツラフの表情は、笑みを浮かべながらも怒りを露にしていた。
「…ほお」
そしてその瞳は、ジロジロと私を嘗め回すように動いた後細くなる。
「その服、水の民の物か?」
「ッ…」
首を絞める力は、一向に弱まる事はない。
だけども私はこんな絶望的状況の中、一筋の希望を見つけた。
名案が浮かんだ。
それが上手くいくとは限らない。
いや、上手くいく確率の方が低いだろう。
でも、それでもやってみる価値はある。
「…そう、だけど…!」
「何故、陸の民のお前が着ている」
「はあ…!?陸の民?」
「…」
「あんな奴等と、一緒にしないでくれる…!?」
圧倒的に相手が有利な状況の中、生意気な口をきく私に
ヴァーツラフはより一層首を絞める手に力を込める。
ギリギリと、絞め上げられる感覚に意識が朦朧とした。
喉が圧迫されて、言葉を紡ぐ僅かな通り道すらない。
「…髪はどうした」
「…ッ…あ…!」
「どうしたと聞いている」
「ック、う……、た!」
「何だ?」
「染めたって言った、んだよ…!」
驚き見開くその瞳の中で私は相手をきつく睨んでいた。
苦しみを必死に紛らわそうとしたのもあるけど
精神だけは負けちゃいけないって思ったから。
「なるほど…貴様、水の民か」
「…だったら…!」
「…それは良い」
ニヤリと笑うと、ヴァーツラフは私の首から手を離した。
塞がれた喉が、酸素を求め音を鳴らす。
頭に冷えた空気が入ると同時に、麻痺していた痛みまでもが襲いかかった。
ガタン、と何かが開く音。
辛うじて瞳を動かし、扉を見た。
だけどもセネル達の姿はないし、扉が開いた形跡もない。
ドサ、と何かが地に落ちた音に視線が動く。
隣を見れば手が届く位置にシャーリィがいた。
顔は蒼白く、息も絶え絶えで見るからにぐったりしているその姿に思わず手が伸びる。
「貴様はこっちだ」
「ッ…」
グ、と強く髪を引っ張られ、顔が上がり体が反対側へと動いた。
シャーリィから離され、立つ事も儘ならない足がガクガクと震えている。
痛みや苦しさからじゃない。
私はきっと、怖いんだ。
ジャラ、と無数の鎖の音が重なり合って
手首と足首、首元にひんやりとした鉄が当たった。
ゾクリと体を震わせた私をヴァーツラフはニヤリとした笑みを浮かべながら見ている。
薄いガラスのような蓋が音を立て閉まり
機械越しからはヴァーツラフとシャーリィの姿が見えた。
重たい頭を動かし横を見れば、また別の機械に繋がれたステラの姿。
私の作戦は成功したんだ。
シャーリィが外にいる、そしてステラが横にいる。
つまり私は滄我砲の機械に繋がれていると言う事だ。
「先程の攻撃、中々の物だった」
「…」
「どれくらいのエネルギーが搾り取れるか、楽しみだ…ックク…!」
愉快に笑うヴァーツラフを曇るガラス越しから強く睨む。
…大丈夫。
私は水の民じゃない。
痛いのか、痒いのか、それとも何も感じないのか分からないけど
ただこの機械の中でじっとしていれば、滄我砲の発射は防げる。
私から滄我砲の為に使うエネルギーなんか、これっぽっちも奪い取れないのだから。
「…ステラ」
ヴァーツラフに聞こえない程度の小さな声で私は隣にいる少女の名前を呼んだ。
機械越しに呼んでも聞こえるかは分からない。
そもそも私の声に反応してくれるのかさえ曖昧だった。
だけどその横顔を見ていたら何となく分かった。
きっとステラは、私の声に応えてくれるって。
…―――…。
彼女の優しい声が、脳に直接響いた。
まるで歌うように私の名前を奏でた少女は、私の頭の中でゆったりと笑っていてる。
「初めまして、ステラ」
…―――あなたの事…ずっと見ていた…。
「私も、ステラの事ずっと見てたよ」
さっきまで喋る事すらままならなかったのに
唇はゆっくりと、まるで導かれているかのように動いた。
「でも、もう見てるだけは嫌なんだ」
グ、と鎖に繋がれた手に力が入る。
…―――…。
「今からセネルが、助けに来るから」
…―――それは、貴女を助けに来るのよ。
「違うよ、ステラを助けに来るの。」
「私もセネルも、ステラとシャーリィを守る為に、遺跡船に来たんだよ」
きっとそうだと自分に言い聞かせるように私は強く頷いた。
ステラは沈黙を流すと、先程とは違う少し寂しげな音色で私に語りかける。
…―――…私はもう生きられない。
「大丈夫!」
だってステラが最後に力を使うのは滄我砲が発射された時。
私は水の民じゃないからエネルギーにすらならない。
それはヴァーツラフが気付かない限り、永遠にだ。
だから、滄我砲の発射もされずに済む。
セネルがヴァーツラフを倒し、ステラもシャーリィも助かって平和が続く。
そんな物語を、私は元の世界にいた時から祈っていた。
「だってさ」
…―――…?
「あのセネル、だよ?」
…―――…フフ…そうだったわね…。
「セネルならやれる」
…―――セネルなら出来るわ。
「私達が、信じてるんだから」
…―――信じてるから。
彼女の方を見ても、ステラの口は一切動いていない。
それでも頭の中に響いた言葉は私の妄想なんかじゃなくて
ちゃんと温かみのある、人の声だった。
それは間違いなく、ステラの意思で。
そして、遺跡船そのものが願う言葉である。
私にはそれが、ハッキリと分かったんだ。
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修正:11/12/11