ヴァーツラフの足止めが出来れば、滄我砲が撃たれる事はない。
皆もそれを理解しているのか、決してヴァーツラフを機械の傍には寄せなかった。
「シャーリィ、こっちに!」
「は、はいっ…」
歩く事もままならないシャーリィの腕を肩に回し、私は比較的安全な所へと避難する。
「ここにいて!」
「あ、あの!さん…!」
「大丈夫!」
そう言って私はシャーリィから離れ、皆の元へと戻った。
数では圧倒的に勝っているものの、やはり相手が強敵だと言うのに変わりはない。
それでも今までの連戦を勝ち抜いてきた皆の目には決して消えない闘士が宿っていた。
「リザレクション!!」
とにかくブレスを使う事を惜しまなかった。
少しでも皆が傷付けば誰よりも早く治癒のブレスを唱え
隙を狙い短剣やブレスで攻撃を仕掛ける。
硬い鎧に短剣はほとんど効果がなかったけど
ブレスは確実に相手の体力を奪っていった。
「ック…!」
激しい攻撃に反撃の隙もなく、ヴァーツラフは肩膝を地面に着く。
それが勝敗の分かれ目だと言っても、過言ではなかった。
「覚悟しろ!ヴァーツラフ…!!」
膝を着くヴァーツラフに、セネルは最期の拳を振り翳す。
ヴァーツラフを見下すセネルの表情が、どんな物だったかは分からない。
だけど、ヴァーツラフは驚き目を見開いて、その血の溢れる口で弧を描いたのだ。
「そうか、貴様が―――…」
ドス、と鈍い音が聞こえたと共に
声を発する口からは、大量の血が溢れ出る。
私達はそれを、ただ黙って見つめていた。
…―――。
「っ!」
柔らかい声が頭に響く。
それは私をこの世界に呼んだ大嫌いなアイツじゃなくて
優しい優しい、ステラの声。
慌てて振り返り、私は自らの短剣で装置のガラスを割った。
グッタリと倒れるステラに近寄りその足枷と手錠を外す。
「ステラ…!ステラ!」
力無いステラはその細く華奢な体を私に預ける。
私はよろけながらもステラを傷付けないよう、支えた。
「ステラ!」
セネルは私からステラを離すと、自らの腕に引き寄せその綺麗な顔を見つめた。
その表情は安堵でもあり、また不安でもあり。
複雑でとても言葉じゃ言い表せないものだった。
「お兄ちゃん…」
「、シャーリィ…無事で良かった…!」
シャーリィは数歩こちらに近寄り、私達の様子を窺っている。
セネルが安心した顔を見せればシャーリィも小さくだけど笑みを零した。
だけど、セネルが再びステラに視線を移せばその笑みは一瞬にして消えていく。
「…お姉ちゃんは?」
「生きてる…悪夢は終わったんだ」
そう言って二人は笑い合う。
だけども一向に目を覚まさないステラを見て、二人の表情は徐々に変わっていった。
衰弱しきった体にブレスを流してもその目が開く事はない。
一体どうすれば、そう考え込む私達の横で
ブゥン、と聞こえてはいけない音が響いた。
「なっ…装置が!」
「嘘でしょ!?何で!?」
「ステラさんもシャーリィさんも、既に装置から外されているのに!」
慌てふためく仲間達を見て、私の頭も混乱した。
分かっているはずの答えが口に出せなくて、
私は咄嗟に装置とは反対の方向へと目を向ける。
「ッアンタ…!」
小さく声を発すれば、仲間は皆私と同じ方向へと振り返った。
致命傷を負い、もう動く事等ない思っていたヴァーツラフが
その片手に小型のスイッチを持っている。
それが何かは、今この状況を見れば直ぐに理解出来た。
「させない…!」
駆け寄り、その体に馬乗りになって
私はヴァーツラフが握る装置を手から剥がそうとする。
だけどもヴァーツラフの体は既に硬直し始めていて
私のないに等しい力では、その装置を奪い上げる事も出来なかった。
「ッ!?」
動かないと思っていた相手の左手が私の体を殴る。
横腹に鈍い痛みが走り、私の体は部屋の中央やや右まで飛んだ。
「!」
息も絶え絶えなのに、ヴァーツラフはアッサリと私の体をどかした。
これが本当の、力の差。
「ヴァーツラフ…!お前、まだ!」
「セネル…再び拳を交えて、実感した…貴様の正体が分かったぞ…」
グ、と腕に力を入れて、激痛の残る横腹を片手で押さえる。
体を起こす私の横で、ヴァーツラフは気味の悪い笑みを浮かべていた。
「三年前の件、ようやくカラクリが解けたわ…」
「…!」
「貴様は…やがて、知るだろう…」
「自分の選択が、いかに愚かしいものだったかを」
「貴様は自ら、引き返せない道へ踏み込んだの、だ…」
愉快に笑うその姿は、とても瀕死だとは思えない。
だけども体から溢れる血がフロアに広がる度に
ヴァーツラフの声は掠れ、そして途切れ途切れとなり
その唇も徐々にだが硬直していった。
そしてヴァーツラフは最期の力を振り絞って、こう叫んだのだ。
「消し飛ぶが良い…ッ!!」
それが何を意味しているのかは、誰にだって分かる。
間に合え、と伸ばした手も指の動く早さには勝てない。
私の目には、赤いスイッチが深くまで押し込まれているのが良く見えた。
「…そんな」
折角、勝てたのに。
音も立てず、その手が床へと落ちていく。
ヴァーツラフは再起する事なく、その目をそっと閉じた。
ヴァーツラフは最期の最期まで笑っていた。
その真意を、私達はすぐに目の当たりにする。
「このままじゃ撃たれちゃうよ!!」
ノーマの声が耳に届いた。
慌ててヴァーツラフに駆け寄り、その手からスイッチを剥がすも
何処にも止め方なんて書いていない。
「ッ何で…!」
これじゃ、同じ。
…―――同じに、なっちゃう。
「メルネス!!」
不意に聞こえた声に、体は素直に反応した。
私の横を通り過ぎ、黒い翼を生やした青年はシャーリィへと近付く。
突然私達の前に現れたワルターに誰もが驚き目を見開いた。
「命に別状はないようだな…無事で良かった」
ワルターはシャーリィの姿を見るとホッと安堵の息を漏らした。
この状況で安心出来るなんて、と仲間の一部はワルターをきつく睨む。
「滄我砲が撃たれるとこ、黙って見てろっての!?」
「…もう間に合わん」
「そんな…!」
「そんなの、駄目です!」
声を上げ、シャーリィはゆっくりとその体を起こすと
何の迷いもなくワルターへと近寄る。
その蒼い瞳に宿る決意にワルターはゆっくりと目を細めた。
「ワルターさん、何か打つ手はないんですか?」
「…メルネス、それは…」
「知っているなら、教えて下さい!」
言葉を詰まらせるワルターに、シャーリィは必死に声を上げる。
体はフラフラだし声も掠れていて、決して万全な状況とは言えない。
彼女の体調を案じ口を噤んでいたワルターだったが、シャーリィの気持ちに負けたのか。
しばらくの沈黙を流した後、ゆっくりとその口を開いた。
「メルネスが船の全てを操れるなら…あるいは…」
きっと、心の底ではシャーリィにそんな事をさせたくないのだろう。
それでもシャーリィの決意は変わらない。
それは事情の知らない人間が聞けばすぐに「無理だ」と口にしてしまう程の事だった。
それでもシャーリィはセネルに「やってみる」、と笑顔を向けて自ら装置に繋がれた。
「シャーリィ…何を…」
「制御できるかどうか、試してみるの」
「そんな、シャーリィ!」
「…大丈夫だよ」
「私、メルネスだから」
シャーリィはそう言うと、笑った。
憂いを秘め、寂しそうに。
だけどもとても、誇らしそうに。
そんな笑顔を見たら、誰もシャーリィの事を止められなかった。
もう、託すしかないと思ったんだ。
「ッ待って、私も…!」
慌てて駆け寄る私を制止したのは、ワルターだった。
す、と体の前に伸びてきた腕の存在と、ワルター本人をきつく睨む。
「お前に何が出来る」
「出来るかもしれないじゃん!」
「仮定の話にしても、お前には何も出来ない」
「出来るよ!…ッ出来たよ!!」
「…」
「私だって、そこの装置に繋がれて…!」
「さん」
装置の中でシャーリィが笑う。
「もう、無茶しないで」
その笑顔に、何故か体が動かなかった。
何で、気を遣う必要があるんだろう。
どうして、“もしかして”の可能性すら彼女は否定するのだろう。
「これは私にしか、出来ないから」
どうして、シャーリィは。
私の事を部外者だと言わんばかりに、自分で全てを解決しようとするんだろう。
「きゃああッ!」
装置に繋がれたその体が半ば強制的に弾き出されたのは
そう時間が経っていない、数分後の出来事だった。
地面に伏せたシャーリィに慌ててセネルが駆け寄り安否を問う。
それでもシャーリィの瞳は動き続ける装置から離れる事はない。
「どうして…」
その瞳には涙の膜が張り、小さな拳は微かにだけど震えていた。
「どうして駄目なの!どうして止められないの!?」
「私には、やっぱり力がないの?肝心な時に役立たずなの?あの時全て失ったって言うの?」
「どうしてッ!?」
シャーリィの悲痛な声が部屋に響く。
その問いに答えられる者は、この中に誰一人としていない。
震える拳がぎゅう、と強く握られた時、装置がより一層強い光を放ち始めた。
「も〜ダメ!間に合わない!!」
頭を抱えるノーマに、絶望から膝を着くクロエ。
成す術もなく、皆は窓の外へと視線を移す。
すぐ近くにはクロエの祖国があって、滄我砲は今にも大地に向かい力を解き放とうとしている。
「ッダメ…!」
無意識の内に声が出て、私はステラの方を見る。
「ダメだよ、ステラ…!!」
滄我砲を止める事は出来なかった。
だけどきっと、ステラは止めようとするだろう。
でも、それじゃダメ。
それじゃ意味がないんだよ。
…―――違うわ、。
頭に響く声は優しいまま。
恐怖も何も感じていない、穏やかな日々に流れる歌のよう。
…―――私一人と、一つの国の命…どちらが大事か良く考えて。
「ッ…考えられないよ…」
…―――…。
「でも、ステラはッ…ステラは生きたいって思ってるじゃん!」
「自分の人生、楽しみたいと思うよね!?これから、やりたい事たくさんあるよね!?」
「私はあるよ!ステラとやりたい事!!」
叫ぶ私に、皆は何を思ったのか。
もう周りの事も分からず、私はただただ自らの感情を吐き出した。
「自分の人生なら、自分のやりたい事やらなきゃ、ダメだよ…!!」
…―――やるわ。
…―――私は、自分の命よりも他の人の命を守りたいの。
…―――たくさんの人が苦しみから逃れられるなら、私は犠牲になっても構わない。
…―――だって、だってそうでしょう?
…―――きっと、私と同じ立場だったら―――…
…―――もこうしていると思うの。
青い空が、黄色く染まる。
慌てて振り返る私の眼前には艦橋から発射された滄我砲。
それを追う綺麗な光。
それは一度だけでなく、何度も、何回も見た事ある光だった。
鳥のように羽ばたいて、光は滄我砲に追いつくと自らの体を絡める。
真っ直ぐ伸びていた滄我砲は、その光に巻きつかれ、大きく反れた。
国を狙っていたはずの滄我砲が、大きく大きく空高く上がっていく。
まるでそれは、ぶつかりあう龍のようだった。
「、あ…」
目の前で滄我砲と光が、幾重にも絡み合い
弾けたと同時に、また眩しい光が瞳を覆う。
それでも、決してその光景から目を反らす事は出来なかった。
光が弾け飛び、粒子が空に散らばると同時
私のすぐ横にいる少女の、美しい金色の髪も床に散らばる。
サラリと靡く髪の綺麗さなんて、もう本当にどうでも良かった。
「…いや…」
声が震えている。
カタカタと震える唇のせいで、上手く発音が出来ない。
それでも、その腕はステラの方へと伸びていた。
「イヤアアアアアッ!!」
そして蒼白い少女の冷たい手に触れた時
抑え込んでいた感情は爆発するかのように外へと溢れて。
私はただただ、叫ぶ事しか出来なかった。
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修正:11/12/11