穏やかな空気が私を包む。
鳥は囀り、陽の光は暖かく、全ては平和に囲まれていた。

欠伸を一つ零して、めいっぱい伸びをして
空を見上げ、流れる雲を追う。

そして、また心の中で呟くのだ。

…―――戦争は、終わったんだ…って。















「…暇…」





もう何度目だろう。
戦争が終わってこの言葉を口にするのは。

今まで忙しかったせいか、反動が大きい。

平和ボケしてしまうのではないかと思うくらい
私の周りを流れる時間には余裕がありすぎていた。










ヴァーツラフを倒し、シャーリィを救った私達。
艦橋から出れば、同盟軍の大きな歓声が沸き上がる。

ヴァーツラフを倒し、シャーリィを救い、平和を取り戻した中で
ステラがいないと嘆くのは、彼女の存在を知る私達だけだった。

チャバや子分達が私達の目の前に姿を現した時、モーゼスは目に涙を溜め喜んだ。
ノーマはやっと終わったーと言いたそうにテントの中で就寝。

ウィルはハリエットがどうしているかとイザベラさんに聞き
その答えにホッと胸を撫で下ろし、残る作業へと取り掛かる。

ジェイも戦後の状況を知る為に、カーチスやマウリッツ達の元へ行ってしまった。

クロエはスティングルを思ってか、中々その剣を納めようとしない。
その背中は、清々しくも未練の残る、複雑な心境を表していた。





セネルは、私達の頭上に広がる綺麗な青空を見上げていた。





そんなセネルを見て、私も空を見上げる。
だけども、気分はとても良い物ではなかった。

この空を、ステラと一緒に見れたら。
きっとセネルもそう思っているに違いない。

戦争は終わり、無事勝利したと言うのに
ポカンと、大きな穴が心に開いたようだった。










各自やる事を終え私達はシャーリィを水の民の里へと送った。





「私が傍にいる事で、皆の心の支えになれるかもしれない… 
 私には力はないけど、それでもメルネスである事は確かだから…
 だから、私この人達と一緒に行きます」





あの時、シャーリィは私達にそう言った。
力強い笑顔で、何の迷いも見せずにだ。

その姿は間違いなく水の民が求める希望の姿だったと思う。

私達も異論せず、一つ頷きその場を去ろうとしたその時だった。





「あの、さん…!」





突然名前を呼ばれ振り返ると
先程とは違う、何処か不安そうな瞳を私に向けているシャーリィの姿があった。





「ん?」
「…さんは、水の民なのではないでしょうか…」
「…は?」
「滄我砲のエネルギーとなれるのは、水の民だけです」





「だから、もしかしたらさんも…」、
そう繋げたシャーリィの言葉にその場にいる誰もが驚いていた。

そう言えば、シャーリィ以外にこの事は話していなかった。
最も話す時間もなかったし、大した事でもないから話す気もなかったけど。





「それは本当かね?君」
「え、あ…まー…エネルギーになったのは確かだけど…」
「だったら歓迎する。水の民の仲間が増える事は嬉しい」
「え…あ…、はあ…」





戦争が終わって間もない状況、未だ立ち直れていない私にとって
その言葉は上手く返せるものではなかった。

曖昧な返事をしている内に、どんどんと話が進んでいく。





君の寝床もすぐに用意しよう…さあ、こちらへ」
「嬉しいわ、
「私も嬉しいです!」
「…うん」





もうどうにでもなれ、と心の中で呟いた。

小さく頭を掻きながら、私は後ろを振り返る。
驚きを隠せていない仲間に、私は小さく手を振ってこう言った。





「じゃあ…またね」





その時の、驚いているセネル達の顔より
まるで気味悪がるように私を睨む水の民の視線が、脳に焼きつき離れなかった。















そして時は過ぎ、二週間。





「…暇…」





ステラの死と言う残酷な運命。
今はそれをちゃんと受け入れて、私は前を向いている。

だけども進む方向は不明で
ただ毎日、同じ場所でボーっとするだけの生活に出てくる言葉は「暇」ばかり。

一日をぼーっと過ごし、気が付けばもう夕方だ。
気温も下がり、強い風が私の体に吹き荒ぶ。





「…戻ろ」





ポツリ、と誰もいない丘の上で私は声を零しゆっくりと立ち上がる。

戦いも終わり、フェニモールに衣服を返した私は
マウリッツから新しい服を手渡され、それを着用していた。

その服は、マウリッツの趣味なのか何なのか知らないけど
露出も少なくて、スカート丈も凄く長い。

ミニばかり履いていた私にとっては、動き辛い事この上なかった。





「やっぱ、短い方が良いなあ…」





そんな言葉、誰も聞いていない。
それがまた虚しくて、溜め息が零れる。

もうどうでも良いや、と私は心の中で呟いて
スカートの端を持ち、転ばないようにと集落へ戻った。















集落に戻って、すぐの事。

ヒソヒソと聞こえる、話し声。
私はまた、溜め息を零す。


ここ二週間、戦争が終わってからずっとそう。


髪の色が違うだの、瞳の色が違うだの。
陸の民だの、水の民だの。

私に聞こえないよう喋っているつもりなのかもしれないけど、全部丸聞こえ。
こんな会話しか出来ないのか、コイツ等は。





「堂々と水の民の服まで着ちゃって、何様かしら…」
「自分が私達の仲間になれたとでも、思っているのかしらね…」
「ちょっと!あなた達―――…」
「うるっさいなあ!」





制止に入るフェニモールの言葉が終わる前に痺れを切らした私は大きな声を上げた。

もう我慢出来ない!と怒りを爆発させる私を見て
水の民の連中は驚き目を見開いて、またヒソヒソと会話をし出す。

もうキレても良いと思えるくらい、私は充分我慢したはずだ。





「アンタ等毎回毎回!何度同じ事言えば気が済むわけ!?」
「…」
「何?こっちが反論すれば今度はダンマリ?都合が良すぎるんだっつーの!」
「…陸の民が、偉そうに…!」
「何だよ!差別しか出来ない大人が偉そうに!」





「そんなに嫌なら、この服だって今すぐここで脱いでやっても―――…!?」





そう言って、衣服に手を伸ばした瞬間だった。

スカートを下ろそうとする私の腕をグイっと引っ張る、誰かの手。
反動で体は大きく傾き、ポス、と背中に何かが当たった。





「…止めろ」
「…ワルター…」
「お前が来てからいつもこうだ」
「……」
「一体、いつまでお守りをしていれば良いんだ?」
「ッなら、放っておいてよ!」





冷静に私を見る瞳をキッと睨む。





「もううんざりなんだよ!されたくもない噂話も、小石を投げられるのも!」

「一人だけ食事が違うのも、制限かけられるのも!!」





「私がここにいる意味って、ない!!」





そう言って、私は自分の腕を思いっきり振った。
ワルターの手を離そうと、ただひたすらに。





「ッ…!」
「…」





だけどもワルターは決してその手を離そうとはしない。
それどころか何度も何度も振る内に余計力が強くなっている気がする。





「ッはーなーせー!!」
「…」
「あーもう!笑うな!!」





あんなに見たかった笑顔が、何だか無性に腹立たしい。
小馬鹿にされ、子供扱いされているのが何となく分かったのだ。

思えばこんな里のど真ん中で何を騒いでいるんだ自分は、と唐突に虚しくなり
私はダラリと腕を真下へと垂らす。

ワルターはそれを見計らったように、私の手を離した。





「…寝る」
「そうしてくれ。お前が暴れていては身が持たない」
「…一言多い…でも、おやすみ」





ワルターが言う皮肉に、少しだけ悪態をついて離れる。





「フェニモールもおやすみ!」
「まだ夕方よ?」
「やだなー!早寝早起きって知らないの?」
「早過ぎ。…でも、おやすみ」





フェニモールはにっこり笑い、手を振ってくれる。
私もそれに手を振り返して、自分の寝床へと向かった。















「どうして、あんな陸の民を…」
「貴様達」





ザッと砂を蹴り、噂話をする女性二人にワルターは近寄る。
その形相を見て、女はヒッと短く悲鳴を上げて肩を跳ねらした。





「噂話をしていたそうだが」
「それは…その、あくまで私達だけの間で…」
「石をぶつけたと言うのは?」
「それは多分…子供達、かと…」
「…食事は何だ」
「あ、明日からすぐに同じものをご用意いたします!」





淡々と紡がれる言葉の音色は、何処かに向けられているのとは違う。
いつも通り、冷静ではあるがそこに怒りが混ざっているように思えた。

女達は怯え、肩を寄せ合う。





「…陸の民を恨むなとは言わない。だが、アイツは別だ」
「し、正気ですか!?だって、あの子は…!!」
「俺も信じられん」
「じゃあ、どうして…!」
「……俺が知るか」





「…言っている事がめちゃくちゃ」





遠くでそのやり取りを見ていたフェニモールはクスリと小さく笑う。

ワルター自身がワルターの言葉に翻弄されている姿は
確かについ、笑みを零してしまいたくなるものだった。





「ワルターさん」
「何だ、フェニモール」





自らの寝床に戻ろうとするワルターをフェニモールは止めた。
ワルターは不機嫌そうに返事をし、そしてフェニモールを見る。





「約束したんでしょう?あの子と」
「…」
本人から聞きました。…あの子、とっても嬉しそうだった」
「…そうか」
「私には、ワルターさんがあの子と一緒にいると、とても楽しそうに見えます」
「……」





…―――次会う時も、味方でいて?





「だからどうか、里の中でもワルターさんだけはの味方で…」
「ただの気まぐれだ」
「…ワルター…さん?」
「もし、アイツが嘘をついていたら…あいつが陸の民だったら―――…」





「―――…その時は、容赦なく殺す」





なら、どうしてそんな苦しそうな表情をしているの。
そう、ワルターに聞く事は出来なかった。

使命を背負うその背中に向かってフェニモールは指を絡め、何かを祈る。

…―――…どうか、全ての人が幸せであれ、と。










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修正:11/12/11