私はワルターに腕を掴まれたまま、里の一番奥にあるシャーリィの建物へと向かった。
鼻歌を歌い、スキップまでして。

ヒソヒソと、私の上機嫌っぷりを気味悪がって噂をする水の民の視線も
不思議と今は気にならない。

きっと門番は歯を食い縛り悔しがるだろうなあ。
ああ、楽しみで仕方がな―――…





「っぶ!」





ボス、と空気の抜ける音がした。
何事かと前を見れば、立ち止まったワルターがそこにはいる。

ジンジンと痛む鼻を押さえながら、私は彼の手を引っ張る。

だけども反応は一切なし。
まるで石像にでもなってしまったみたいだ。





「ワルター?」
「…」
「…ワルターってばー」
「……」
「ねえ、早く行こう…よ…」





その目は大きく見開かれ、体が小刻みに震えてる。
ワルターの視線の先へと目をやれば、私の言葉も自然と途切れた。





「…うそ…」





唇から無意識に漏れた言葉にドクン、と鼓動が早まる。
ずっと、この瞬間を待ってた。





「ッオイ…!」





バッと走り出す私に背後からは制止の声が掛かる。
だけども動き出した足は止まらなかった。

ただただ、一目散にある一点を目指し走る。

会いたくても会えなかった。
だけどずっと会いたいって思ってた仲間達の元に。





…!?」





驚き声を発するセネルの顔を見たら何故かじんわりと目頭が熱くなった。

ワルターもいたし、フェニモールもいた。
シャーリィだって、毎日少ない時間だったけど一緒にいられた。

寂しくなんてないと思ってたのに、本当は何処かで寂しいと思ってたのかもしれない。





!久しぶ―――…」
「遅いんだよー!」
「へ!?」
「何でもっと早く会いにきてくれないの!?」





私に笑顔を向けるノーマにぎゅううっと抱きつけば
ノーマは「いだだだ」と私の背中を叩く。





「ち、ちょっと待ってよ!別にあたし等、忘れたわけじゃ…!」
「もう皆に会いたくて会いたくて、夜も眠れなかったんだから!」
でも夕方は寝てたわ
フェニモール!!





多分セネル達を連れてきてくれたのはフェニモールだろう。

フェニモールの鋭い突っ込みに大きな声を上げれば
彼女は呆れたように溜め息を吐いて、クスリと笑う。





「…何だ、元気そうじゃん」





ぽん、と私の頭を撫でるセネルの瞳はとても優しかった。

きっとセネルも私と同じで、悲しみの呪縛から解き放たれたのだろう。
それをステラが望んでいると気付いて。





「久しぶり、セネル!」
「…ああ」
!会いたかったぞ!」
「私もー!モーゼスも久しぶり!」





久しぶりに聞く皆の声は変わってない。
その表情も、私を見る瞳も、何一つ。

それが凄く安心出来る事なんだって、私は改めて実感した。





「あ、ねえ!シャーリィに会いに来たんだよね?」
「ん…まあ、な」
「私も今からワルターと行くんだよ!一緒に行こうよ!」
「…いや…」





私のテンションに着いて来れていないのか、セネルは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

きっと、シャーリィに会うのが嫌なんだ。

いや、本当は会いたくて仕方がないんだけど
気まずくて、後一歩が踏み出せないでいるに違いない。





「シャーリィには後で会えれば、良いんだ。…それより、…これ」





そう言ってセネルは私に手を差し伸べる。

何かと両手を前に出せば、その手から受け渡されたのは光る金の刺繍がされたとある物だった。
多分、予想ではあるけどガドリア王国の勲章だ。





「…勲章かあ…」
「…さん、聖ガドリア王国の紋章を知っているんですか?」
「え、あ…いや、何となくだけど」





先程まで一言も言葉を発さなかったジェイが
ここぞと言わんばかりに私に声を掛けた。

その声は少しだけ冷たくて、疑いの眼差しまでもが向けられている。

戦争と言う足枷がなくなったせいか、私の正体を探ろうとするジェイの言葉は容赦ない。
再会した今、これまでよりも細心の注意を心掛けようと心の中で一度強く頷いた。





「そ、そんな事より!親書を私に来たんだよね?」
「…」
「だったら、マウリッツがあっちにいるから―――…」
「…何で僕達が親書を渡しに来たと?」





やっちまった。

何で、さっき細心の注意云々って言ってたのに!この馬鹿野郎!、と
脳内で自らに罵声を浴びせ、引きつった笑みをジェイに見せる。

ジェイは余計に目を細め、私はその視線にもう一度馬鹿野郎、と頭の中で呟いた。





「…馬鹿野郎って思いましたね?」
「お、思ってないよ!そんな事より時間ないよね?」
「いえ、時間なら問題ないですけど」
「ないじゃん!きっとないよ!ほら、早く!!」
「ち、ちょっと…さん…!」





とにかく此処から解放されたい一心で私はジェイの背中をぐいぐいと押した。
「止めて下さい!」とジェイが言った気がするけどもう全て気のせいだ。





「私難しい話ダメだから、終わるまで待ってるよ!」
「え〜…あたしともっと話したいのに〜…」
「話せるよ!今日の夜!」





泊まってくよね?、そんなニュアンスで言葉を発すれば
しゅんとしたノーマの顔は、ぱあっと明るくなる。

ノーマはピョンピョンと跳ねると目を輝かせて私をぎゅっと抱き締めた。
そのぬくもりが嬉しくて、私もへらりと笑う。





「じゃ、今日は寝ずにパーッと騒ごうね〜!」
「もちろん!」
「約束だかんね!」
「うん、また後で!」





そう言って、私は皆から離れワルターの元へと戻った。
ジェイの舌打ちやウィルの溜め息、とにかく色々聞こえたけど、もう何も気にしない。

それくらい、今は気分が良かった。





「お待たせ!」
「…」
「待っててくれてありがとう」
「…奴等、どうして此処に…」





ワルターの瞳は、セネル達から離れようとはしない。

視線を下げれば爪が白くなるくらいに握られた拳がある。
力の制御が出来ないのか、わなわなと震えていた。





「親書を、渡しに来たんだって」
「…何…」





セネル達の姿が見えなくなっても、ワルターは建物に向かって睨み続けた。
殺気にも似た、怒りの感情が伝わってくる。





「…今日はシャーリィのとこ行くの、止めとこ」
「…」
「付き合わせちゃって、ごめん」
「……気にするな」





ワルターはふう、と一息吐く。
すると少しだけ怒りが軽減されたような気がした。

私はホッと安堵の息を漏らし、ゆっくりと体の向きを変える。





「私、いつものとこで休んでくる」
「…“いつものとこ”…?」





私の言葉を繰り返すワルターは、眉を顰め疑問の色を露にした。
そんなワルターの態度が何だか意外で、私は「へ?」と短く言葉を返す。





「ワルター知らない?ここにもあそこと同じような丘があるんだよ!」
「…」
「てっきり、ワルターならもう知ってるのかと思った」





私が言う同じ丘、と言うのは
私が怪我をするワルターに無理矢理連れて行け、と言ったあの丘だ。

あの丘に似た場所で、私は毎日暇だ暇だと一人虚しく喚いていたのだ。





「じゃ、今度案内する!」
「…」
「今度は私が案内する番!」





そう言って笑う私に、ワルターは何の返事もしない。
だけども首を横に振らない彼に、私は再び満面の笑みを見せる。





「おやすみ、ワルター!」





ついおやすみなんて言ってしまったけどまだ午後だ。
でも丘に着いたら昼寝するつもりだし、間違いではないと思う。

皆が戻って来るまでそこで過ごそうと、うんと伸びをして歩き始めた。

いや、正確には歩き始めようとした。





「っ…?」





くん、と体が止まり振り返る。
遠慮がちに私の腕を掴むワルターは顔を背けると同時に言葉を零した。





「連れて行け」
「へ?」
「今、連れて行け」





いつになく自らの意思をハッキリと伝える彼の口とは逆に
その手は掴んでいるのもやっとなくらい、弱々しかった。





「別に、良いけど…」





そう言って手を掴めば、いつもはすぐに振り払うのに
私が離れようとしない限り、ワルターも離れない。

何だか妙な距離感に小首を傾げながらも、私はゆっくりと丘を目指した。










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修正:11/12/11