「ここ!」
そう言って指を差す私の目の前には緑溢れる綺麗な丘が広がっている。
座りながらでも海を見渡せるこの場所で、私はいつも一人で転がって昼寝をしていた。
「不思議だよね!こんな綺麗なのに、誰一人知らないなんて」
この地面も、見渡す景色も、流れる太陽に透けた雲も全てがキラキラと輝いている。
そう思うのはきっと私だけじゃないはずなのに、本当に不思議だ。
「……」
ワルターは無言でその場に座る。
私もそれに習うよう、隣に座った。
フワリ、と草の匂いが鼻を掠め不意に零れた笑みに、ワルターは顔を反らす。
だけど決して、私から距離を取ろうとしない。
「…きっと、誰も知らないだろうな」
「そうなんだ」
「…」
「じゃあ、知ってるのは私達だけだね!」
ニッコリ、笑みを向けながらそう言ったもののワルターは微かに眉を顰めるだけ。
その明らかに「嫌だなあ」って感じの反応に「ちょっと」と声を掛ける。
だけど袖を引っ張っても彼から反応はない。
予想外だったのは、引っ張ったと同時にその体が何の抵抗もなく私の方に傾いた事。
綺麗な瞳が、私を捉える。
…今、私とワルターの間に距離はほぼない。
「す、凄まじいイケメンオーラ…」
「…もう一つ、俺とお前の秘密を増やそう」
「は…?」
「俺は明日、お前を裏切る」
肩を掴まれ、体を引く事さえ許されなかった。
その言葉の意味にただ驚き目を見開く私を
ワルターは顔色一つ変えずに見ている。
今、コイツ何て言った。
いつの間にか野草を掴んでいた私は、更にその手に力を入れた。
「…しないよ、ワルターは」
「…」
「だって、約束したじゃん」
「…そんなもの、無効だ」
「…やだ」
「させない」
私の肩を掴むその手を、ぎゅうっと、強く強く握った。
私も負けじと彼を見る。
「絶対、させない」
「…すると決めた」
「、…やだ」
「この世に生まれた時から、一遍たりともそれは変わらん」
肩が、痛い。
心なしか、その瞳は私を睨んでいるようにさえ見えた。
だから私も、負けたくなくてその綺麗な瞳を睨みつける。
「じゃあ、今してよ」
「…」
「今、やってみせてよ」
互いに譲る事を知らない私達はまるで子供のように駄々をこねた。
…いや、きっとこねているのは私だけ。
「……」
「ッ…!」
首筋に、ヒヤッとした物が当たる。
それがワルターの指先だと言うのはすぐに分かった。
体を跳ねらす私に驚いたのか、ワルターもその手を一度ピクリと動かす。
まるで包むようにワルターは私の首を触る。
私は目を閉じてマントを握り、その体を引き寄せた。
やれるもんなら、やってみろと。
「…何してるんですか?」
「うおお!?」
突然聞こえた声に、今までとは比べ物にならないくらい大きな声が出る。
ビクリと大袈裟に跳ねた体はその勢いでワルターをどかし
私はバクバク鳴る心臓に手を当て、荒い息を漏らした。
「ッジェイ!おお、おどかさないでよ!!」
「普通に声を掛けただけじゃないですか」
「そ、それが一番怖いの…!」
「へえ…何か僕が来たらまずい事でもあるんですか?」
「それは…!」
「ないけど」、と繋げようとした唇がピタリと止まる。
先程より大きな鼓動が脳に直接響いた。
聞かれてたらまずい箇所が一個だけある。
ワルターが言った、“明日裏切る”と言う言葉だ。
「ジ…ジェイ」
「はい?」
「いつから、いた?」
「『じゃあ、今してよ』とさんがワルターさんにやらしい誘いをしたところからですね」
「そっか、なら良いや…って…」
ホッとしたのも束の間。
今度はその言葉に一つ、嫌な汗が額に浮かんだ。
「ち、ちょっと待って!誤解だよ!」
「その体勢はどうみてもそうとしか捉えられないですけど」
「これは…!じ、事故だよ!」
確かに私達の距離は近いし、ワルターは私の頬(正確には首)を手で包んでいるし
私は私でワルターのマントを掴んで寄せてるし、そう見られてもおかしくはないけど。
「そりゃ、こんなイケメンにならやらしい事はしたいけど…!!」
「…」
「っ…ジェイにだってしたいのに…!」
「さんって本当に頭おかしかったんですね」
盛大な溜め息が聞こえる中、悶える体をフルフルと震わせる。
ジェイはそんな私を見てまた一つ大きな溜め息を吐いた。
「…それより、ノーマさんが呼んでいますよ」
「…ノーマが?」
「『約束したのに来てくれない〜』って、喚いていました」
「あ…」
思い出した。
確かに今日、ノーマと約束した。
“夜になったら一緒に騒ごう”って。
「でも、まだ夜じゃないよ…?」
「すぐにでも、会いたいんじゃないんですか?」
「ジェイも?」
「…」
ニッコリ笑う私とは反対にジェイは酷く嫌そうな顔をする。
ああ、こんな事になるなら呼びになんて来なければ良かった。
正しく、心の中ではそう思っているだろう。
「…それじゃあ、お先に失礼します」
ジェイはそれだけを告げると、里の方へと戻って行く。
たったそれだけの用事で来てくれたんだとその優しさにジンとしながらも
私は目の前の青年を見つめた。
「…手」
「何…?」
「手、出して」
「…何故、そんな事を…」
「良いから!」
ぐい、と無理矢理ワルターの手を引っ張り
私は強引に彼の小指を自らの小指に絡めた。
「忘れてるみたいだから、もう一回約束してあげる」
「だから俺は…」
「私は!」
ワルターを遮る私の声は、自分が思っていたよりも大きかった。
里へと戻るジェイにも聞こえているかもしれない。
それでも、流れ出る感情を止める事は出来なかった。
「ずっと、ずっとワルターの味方でいるつもりだし、裏切ったりしない!」
「……」
「っ裏切るななんて言わないけど!」
「そろそろ、少しぐらいは信じてよ!」
思いっきり腕を振れば、いとも簡単に絡めた小指は離れる。
キッと、呆然としている瞳を睨み上げて私はワルターの元を去った。
きっと、明日になれば何かが変わっているはず。
そう、信じながら。
「…でも」
「?」
「まだ、夜じゃないから一緒にいる」
くるりと向きを変え、ストンと座る。
膝に顔を埋めて、ぶすっとした表情でいる私を
ワルターは一体どんな風に見ていたのか。
「…勝手にしろ」
「するよ」
「…」
「ワルターには、させないけど」
「…知るか」
チラリ、と横目でその様子を窺えばワルターは私とは反対の方向を向いていた。
風にサラサラと揺れる金色の髪は、まるで揺れる心境を表しているかのよう。
その背中も今はとても小さく寂しそうだった。
ドン、と意味もなくワルターの背中に拳を当てれば
彼の体は小さく揺れて、そして再び溜め息が聞こえる。
だけど私達は、絶対にどちらからとも離れようとはせず
ただ、夜までずっと一緒に丘の上で海を眺めていた。
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...
修正:11/12/12