ふる、と身震いをして体を起こす。
沈みかけている日が、私に「夜だよ」って告げていた。





「…」
「……」
「……うおっ」





ビク、と体を震わせた私と、むすっとした表情で横にいる男。
慌てて飛び上がる私とは別にワルターは微動だにせず、小さく息を漏らした。





「あれ…私、寝て…」
「…」





さっきまで起きてたはずなのに、と暗くなった辺りを見渡す私に
ワルターはただ不機嫌そうに眉を顰めるだけ。





「ご、ごめん!戻らないと!」
「…ああ」
「肩、貸してくれてありがとう!」





ボサボサになった髪を手で梳かしながら
先程まで頭を乗っけていた肩を撫でるように触る。





「…また、明日ね」
「…」
「あ し た ね!」





頷きもしない男の耳元で叫ぶように声を上げれば、その表情は更に歪んだ。
そして私は今度こそ皆のいる場所へと歩き出す。

冷たい風は容赦なく吹き付ける。
私は寒さから逃げるようにその足を動かした。





「…お前だけは……」

…だけは―――…」





そう、ワルターが呟いた事も知らずに。















水の民の里の夜はとても静かだ。
耳を澄ませば梟の声が聞こえ、しまいには風の音まで分かるくらい。

ただ、今日に限ってはある一室を除いての事だけど。





!!」
「ノーマー!」





うるさい。

そこにいる私とノーマ以外の誰もがそう思っただろう。
それでも私達はこの再会を喜ばずにはいられなかった。

柔らかいベッドの上で跳ねながら、私達は体を寄せ合いぎゅーっと抱き合う。





「聞いてよも〜!どいつもこいつもノリ悪いのなんのって!あたしに誰も付き合ってくれないんだよ!」
「こっちも同じ!ワルター何ていっつもむすっとしてるし、シャーリィとは会えないし!」
「でもはあたしの話聞いてくれるよね!?」
「もちろんだよハニー!」
わ〜ん、〜!
ノーマー!





別に大した話ではないけども、私達はとにかくはしゃいだ。

思えば元の世界ではずっとこんな感じだった。

友達と放課後まで残って、下らない話で盛り上がるなんて当たり前だったのに
良くこの数週間我慢出来たなあ、なんて私自身ビックリだ。





「…親書の返事はいつ来るんでしょうね…」
「早くとも、明日になるだろうな…」
「本気であの人達寝ないで騒ぐつもりでしょうか…」
「あの二人ならありえる」
「…声を聞いてるだけでも疲れますね…本当」


「聞こえてるよ〜!オヤジ!」
「聞こえてるぞージェイ!」





ノーマと私はほぼ同時と言っていい程のナイスなタイミングで声を上げた。
そしてノーマはウィルへと、私はジェイへと手元にあった枕を投げる。

ボス、と言う鈍い音を立てて枕は二人に当たり、重力に逆らう事なく真下へと落ちた。

二人の歪んだ顔が面白くて爆笑。
もう騒げるなら、どんなネタでも来い!と言う感じだった。





「っ…さん!良い加減にして下さいよ!」
「ジェイが怒ったー!モーゼス助けてー!」
「オウ!任しとけ!!」
「…馬鹿山賊如きが僕に勝てると思ってるんですか?」
「ジェー坊、枕投げならワイのが有利じゃぞ!」
「上等です!そのいらない単細胞全部外に出してあげますよ!」


「…ジェイって案外単純なのか…?」
「きっと負けず嫌いなのだろう」





セネルの呆れた声にクロエは苦笑しつつも返事をする。
そんなクロエの言葉にセネルも困ったような笑みを返した。





「あ、セネルそこー」
「?」
「扉の下の隙間」





騒ぐモーゼスとジェイをスルーして、私はとある一点を指差した。





「紙切れあるよ。多分手紙!」
「…良く気付いたな」





状況が変わった事に気付いてか、ジェイとモーゼスはピタリと止まる。
皆が注目する中、カサリと手紙を開く音だけが部屋に響いた。





「……」





セネルはそれを目で追いながら読み進め
最後にはクシャ、と強く握る。

様子のおかしいセネルを見て、皆はほぼ同時に首を傾げた。





「…
「ん?」
「…一緒に来てくれないか?」
「いやー」




セネルのその何とも言えない辛そうな表情を見ると、
ついつい「良いよ」と言ってしまいそうになる。

だけどそれを必死に耐えて、私は自らの口から否定の言葉を発した。





「私が行っても役立ちそうにないし」
「むしろ行ってもらった方が僕達的には好都合なのですが」
「どう言う意味!」
「…まぁ、行って来るよ」





そう言ってセネルは扉のノブに手を掛ける。
気怠そうに足を踏み出す姿は余りセネルらしくなかった。





「セネル」
「?」





引き止める私の声に、セネルはゆっくりとこちらを振り返る。

半分開いた扉から零れる月の光にセネルの髪は輝いていて
つい、言葉を忘れそうになった。





「ついていけないけど、一個だけ助言!」
「…?」
「自分には、素直になった方が良いって私思うの!」
「…え…」
「誰かの為に、なんて考えちゃダメだよ」





数々の言葉を並べる私にセネルはどんどんと首を傾げ眉を顰めていく。
どうやら、私の言いたい事は全くと言って良い程伝わっていないようだ。





「セネルが幸せになれれば、それで良いじゃん!」
「…あ、ああ…」
「…だから!」





グイッと腕を引っ張れば、アッサリとセネルの体は私の方へと傾く。
彼の耳元に手を当てて、私は自らの口を近付けた。





「シャーリィの気持ち、受け取ってあげて」
「…!」
「好きなんだよね?ステラがどうとか、じゃなくて」
「、…それは…」
「ステラも言ってると思うんだ!セネルはもう自由なんだって」





そう言って私は口を離す。
トン、と軽く背中を押し、もう一度セネルに笑みを向けた。





「セネルは、セネルの幸せな道を行かなきゃ」





私が我武者羅に進もうとしているように。





「いってらっしゃい」
「…ああ」





建物を出て行くセネルの背中はやっぱり変な感じ。
曖昧な返事も、何処か引っ掛かり何だか私がもやもやする。

だけども今は、ただただセネルとシャーリィが幸せになれる事を私は心の底から願った。

いや、きっと願わなくてもなれるはず。
だって二人は、二人が大好きなんだから。















「お兄ちゃん!」
「シャーリィ」


「…久しぶり、お兄ちゃん」
「ああ、久しぶり」
「お兄ちゃん、変わってないね」
「シャーリィは少し疲れてるように見えるけど…」
「…そんな事、ないよ」
「フェニモールも元気がないって言っていた」
「…もう、あの子ったら大袈裟なんだから…本当に大丈夫だから気にしないで」
「…それでも心配だ。シャーリィは大事な妹だからな」
「……」





「ミュゼットさんから聞いたんだ…『大事な妹の為なら何処にでも駆けつけるのが兄だ』って」

「本当にそうだと思った。だからシャーリィの体が心配で―――…」





「お、お兄ちゃん!」
「…?」
「私、私ね…」
「……」
「私、お兄ちゃんの事…」


「…好き…だよ…」















「セネセネ、どうしたんだろ〜ね〜」
「ね!」
「…さん、知っているんじゃないんですか?」
「何も知らないー」
「…本当かなあ」
「もー!勘だよ、勘!」
「それなら、さんらしいですね」
「ジェーイー!」





既にベッドの中で瞳を閉じているジェイに、私は勢いよく飛びかかる。

ギシリと軋むベッドの音と、ズシッと感じる何かの重みにジェイは驚き目を見開いた。
そして目の前にいるのが私だと分かった瞬間、その表情を凍らせる。





「ちょっと、貴女何してるんですか!」
「襲っちゃうぞー!」
「じ、冗談じゃ…!」
「だってジェイ、信じてくれてないじゃん!」
「……」
「私の勘は当たる!それで文句なしだよね?」





ギシ、とその胸に手を当てて笑顔を向ければジェイは瞳を細めて、黙る。





「…」
「…あ、れ」
「……」
「ジェイ…さん?」





殺気にも似た視線が、距離が近いせいか敏感に感じとれた。

ゾク、と背筋を凍らせる私に何を思ったのか
ジェイは自らの片手を布団から出し、私の手を強く引っ張る。

抵抗する暇もなく、くっつく体と体。

布団越しでもお互いの鼓動が聞こえてしまうかと思うぐらい近く、私は声を詰まらせた。





「…その勘、何処まで通じるんでしょうね」





そう、耳元で囁くジェイの言葉にドクンと大きく心臓が跳ねる。





「…なんで?」
「艦橋での事、忘れたとは言わせませんよ…」
「ッ…」





冷たい声で淡々と述べるジェイに、私は恐怖に似た感情を覚える。

離れなきゃ、と掴まれた手に力を加えれば
ジェイはその二倍、三倍と私の手首を白くなるくらい掴んだ。

このまま話したら、ばれちゃう。
いや、もしかしたら…もう、ばれてる。





「…何、言って」
「あれ程までに完璧な情報が、どうして変わってしまったのか」
「…」
「兵は既に倒れ、ヴァーツラフの位置も貴女の情報とは違いました」
「離して…」
「ヴァーツラフだけじゃない…貴女が言ったシャーリィさんの位置には一体誰がいましたか?」
「それ、は…」





この感じ。
初めてジェイと会った時に似ている。





「…教科書をただ音読するかのように言った、貴女の迷いのない情報が違っていたんですよ」

「…でも、その情報全てが間違っていたと言う訳ではない」

「ある一つの観点を除けば、全てが正しかったんですよ」





「…“貴女がいなければ”全ての情報が一致していたとでも、言わんばかりに」





耳元で囁かれた言葉が体を通って、強く心に突き刺さる。
ジェイが喋る度にかかる吐息が、余計体を強く震わせた。

瞳を見開きカタカタと震える私にジェイは何を思ったのか。
ゆっくりとまた、その瞳を細める。

微笑んだ訳でも、怒っている訳でも、案じている訳でもない。
ただただ、会った時と同じ、冷たい瞳。

私を信用していない、瞳。





「…さん、一体貴女は何を見て―――…!?」
「わあああああ!!」





ズッと音を立て、目の前の少年が頭を乗せていた枕を思いっきり引いた。

ガクン、と音を立てジェイの頭がシーツの上へと落ちた瞬間
緩んだその手を振り解き、引き抜いた枕を思いっきり彼の顔にぶつける。

もう、とにかく、これでもかって力で。





「い…ったいですね!何するんですか!?」
「知るか!ジェイなんてキラ―――…」





出てきた言葉、いや、出てこようとした言葉が喉に詰まる。
急に黙る私を小首を傾げて見るその姿も、少し乱れた髪も、枕を持つ細い指も。





「…イじゃなくてむしろ好きです…」
「はあ…?」
「でも、そう言うとこだけは嫌…!」
「貴女、何を言っているんです?」
「私にはモーゼスぐらい馬鹿な方が良いの!ジェイの馬鹿!」
「…訳分からないですよ…」





大きく溜め息を吐く姿を見て、何だかドッと疲れが押し寄せてきた。
ギシリ、と音を立てベッドから離れる私の姿を、ジェイはまだあの目で見ている。

背中にチクチク、見えないものが当たって痛い感じ。





「…モーゼスの横で寝る」
「オウ、何か言われたんか?」
「…別に、何でもない」





ジェイのせめてもの配慮だったのか、先程の会話は周りの皆には聞こえていない。

フラフラと歩く私の姿を見て、
モーゼスはすぐ隣のベッドの掛け布団を私の為に上げてくれる。

ぽすん、と音を立てシーツに体を沈ませれば
フカフカの感触に、すぐ目蓋が重くなった。





「まあ、何じゃ。嫌な事はさっさと寝て忘れるんが一番じゃ」





ふわ、と優しく髪を撫でられる。

荒々しい動かし方だけど、何処か温かい。
…何だか、凄く安心する。





「それでも忘れられなかったら、ワイが慰め―――…」
「…すー…」
「ありゃ、良い所で寝ちゃったね〜。モーすけ残念」
「…早すぎじゃろ」





未だに二週間前の戦争の疲れがとれていないのか。
ここ最近、私は起きている時間よりも寝ている時間の方が多い気がした。

それでもいつもより深い眠りにつけたのは
安心させてくれる仲間達の存在があるからかもしれない。















は、この展開を夢に見ていたのだろうか。

だから俺にあんな事を言ったのかもしれない、と
先程寝床で会話した内容を、ぼうっと思い出した。





「……ごめん」
「え……」
「シャーリィは俺にとって妹だ」
「…」
「それに……」





それに?





…―――自分には、素直になった方が良いって私思うの!

…―――セネルが幸せになれれば、それで良いじゃん!





…本当に、そうなのかな。





…―――ステラも言ってると思うんだ!セネルはもう自由なんだって。





本当に、好きなようにして良いのか?
本当に、自由になって良いのか?

ステラを幸せに出来なかった俺が、幸せになっても良いのか?
お前の分まで、笑っても良いのか?

…吹いた風が答えなら、きっと、そうして良いんだよな。
こんな夜に、こんな暖かな風が吹くはずないもんな。

お前なら、良いよって言ってくれるよな…。





「それに―――…」

「…―――俺が好きなのは、だから」









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修正:11/12/12