「のおッ!?」
大きな声が、すぐ近くから聞こえる。
苛立ちながらも寝返りを打って、深く布団に潜った。
「うるさいですね…急に大声出すなんて品性の欠片も…ああっ!?」
品性の欠片もない。
そう言った本人も大声を上げる。
後は声につられ起き、起きた者が声を上げの繰り返しだった。
もう寝ていられるような状態ではなくなり、私は仕方なくゆっくりと体を起こす。
「うるさいなあ…」
耐え切れず苦情を漏らし、まだ完全に開かない自分の目を強めに擦った。
日の光が眩しく、目の奥がきゅうっとした。
そんな瞳が捉えたのは部屋の中央に立つ、一人の青年の姿。
「…ワルター、いつも昼過ぎに起こしてって言ってるのに…」
「…お前を起こしに来たのではない」
何時だろう、と時計を見れば
普段私が目にする事もないような時刻を指している。
次第に“まさか”の感情が募っていくと
重たい目蓋がふっと軽くなり、目が完全に覚めた。
「ワルターが俺達を訪ねてくるとはな」
意外だ、と言わんばかりに発するウィルの言葉に、私は何処か聞き覚えがある。
この後ワルターが言う台詞は、多分私が一番聞きたくなかった、あの言葉だ。
「…ヴァーツラフの残党が見つかった」
いつも通りのワルターの凛とした声。
それがいつもと違うと気付けたのは、多分私だけだろう。
「何だって!?」
「スティングルも一緒か!?」
「…確かに伝えたぞ」
「待ってくれ!」
質問には答えず建物から出ようとしたワルターをセネルが慌てて呼び止める。
私はと言えば、こんな時に限って声が出ない。
体もまるで石みたいに重くて、心臓の音が脳の中でドクドクと響く。
「俺達にそんな話をして、お前はどうするつもりなんだ?」
「…こちらから先制攻撃を仕掛ける」
「先制攻撃…」
「メルネスの脅威と成り得るものは、全て排除しなければならん」
背中を向け言葉を紡ぐワルターに皆は何を思ったか。
建物内に広まった沈黙を一番最初に破ったのはセネルだった。
「俺達も一緒に行く…案内してくれないか」
「セネル、本気か?」
「ワルターだけに任せてはおけないだろ?」
驚き声を上げたウィルにセネルは一つ、強く頷きそう言った。
「…クーリッジの言う通りだ。私も行く」
「確かに、放っておくわけにはいきませんね」
「よおし!やっちゃるか!」
仲間の中でポツポツと賛成意見が増え
最終的にはウィルも残党を探しに行く事に賛成した。
未だぐーすか寝ているノーマとベッドの上で呆然とする私を除いて
話はどんどん進んでいく。
「…外で待っている」
セネル達の言葉を聞くとワルターは直ぐに私達のいる建物から姿を消した。
その後ろ姿に手を伸ばしてみるも、届くわけがなかった。
「よし…皆、出発の用意だ!」
「張り切ってますね、セネルさん」
「そうか?」
「ええ」
「…まるで少しでも早く、ここを出たいと思っているかのようです」
…は?
伸ばした手がピクリと跳ねて宙で止まる。
今、ジェイは何て言ったんだろう。
セネルはジェイの言葉を聞いて、どうしてそんな暗い表情をしているのだろう。
昨夜シャーリィの気持ちを受け止め、セネルが自分の気持ちを伝えたのなら
ここを早く出ようなんて、思うはずがない。
…何で、こんなに違うの。
「誰か、そこの寝ぼすけを何とかしてくれ」
「…すか〜…」
「それと、そこでボーっとしているも」
ぐちゃぐちゃ、する。
ワルターが取った行動の意味も、焦るセネルの心情も、今の私には理解出来ない。
「さん、早く準備して下さいよ」
「…待って…」
ジェイの言葉は、耳から耳へとすうっと抜けていく。
「待ってよ…!」
「は?…って、さん!?」
勢いよくベッドから下り、出口を目指す私に
仲間達の声は聞こえていなかった。
気付いたら必死に走っていて。
「ワルター…ッ!」
外に出て、迷いもなく彼の名前を呼んだ。
ワルターはこちらを振り向くと、私の名前を呼んで目を伏せる。
その行動一つ一つの意味が今の私には分からなくて
気が付けばぎゅうっと、その袖を掴んでいた。
「…これって」
「…」
「少しも私の事、信じてくれてないって事…?」
「…」
昨日の事なのに、忘れちゃったわけ?
…―――ずっと、ずっとワルターの味方でいるつもりだし、裏切ったりしない!
…―――っ裏切るななんて言わないけど!
…―――そろそろ、少しぐらいは信じてよ!
私がアンタに、言った言葉。
「…残党がいるなんて、嘘なくせに」
「……」
「約束、したじゃん…!」
「…」
自分でも制御出来ない、何処からともなく湧く悔しさに
私は爪が白くなるくらい、その袖をぎゅうっと掴んだ。
だけどワルターは私の欲しい返事を一つもくれない。
小さく私の名前を呼んで、ピクリとその指先を動かすだけ。
言葉にしてくれなきゃ、何も分からないのに。
「…マウリッツは何処」
「…」
「シャーリィは何処、フェニモールは何処…」
「…何を言って」
「ッ人が、死ぬんだよ!」
驚くその瞳を、私は睨みつけるように見つめた。
ただ我武者羅に叫び続ける私にワルターは何を思うのだろうか。
何でも良かった。気が狂ったって思われたって良かった。
ただ、嫌なの。
「大事な友達がいなくなるのは、もう嫌なの…ッ!!」
だって、こんなの…ゲーム通りのシナリオじゃん。
そう、言いたくても言えない唇をギリ、と音がする程噛み締めて
石のように固まるワルターの体を、強く揺する。
「ワルターにだって、いなくなって欲しくないのに…!」
「……」
「約束…ッ忘れないって言ったのに!!」
「っ…」
「忘れるものか…!」
ワルターの口から溢れた声は、何かを必死に抑えこむように震えていた。
そこに凛とした姿はなく、私を見る瞳には微かな違いが見える。
やっと欲しい返事をもらえたのに、何だかちっとも嬉しくない。
「じゃあ、何で…!」
「?」
問い詰めようとワルターの袖を更に強く掴めば
後方から聞こえたセネルの声に、ハッと肩が跳ねる。
声が聞こえた方へと振り向けば、準備を終えた仲間達が建物から出てきていた。
動揺する私の腕をワルターはいとも簡単に振り払い
何の言葉も交わさずに、背中を向けて歩き出す。
「よろしくね、ワルちん」
「…お前達と馴れ合うつもりはない…さっさと行くぞ」
…それが、答え?
「オウ、セの字!嬢ちゃんに挨拶してかんで、ええんか?」
「…いい」
…それも、答え。
「シャーリィには、私から事情を説明しておく」
里の出口に一番近い建物から、ソイツはのうのうと姿を現して
いつもと同じ、優しい笑顔をセネルに向けていた。
姿を確認し、それがマウリッツだと脳が理解すれば
私の怒りは沸々と、自らの体を熱くする。
「…なんて?」
ポツリ、と零れた私の声は微かにだけど震えていた。
「よろしく頼む」とマウリッツに頭を下げるセネルの姿を見ていると
段々と、拳に込める力が強くなっていった。
「“シャーリィを置いて、皆は帰ったよ”とでも伝えるつもり?」
「…君、何を言って…」
「ッとぼけないでよ…!」
驚き目を丸くするその顔すら、腹が立つ。
「全部、演技なくせに…!」
殺気の篭る瞳で、マウリッツを睨み上げる。
私の言葉に指先をピクリと反応させて、その細い目を、更に細めて。
何も語らなくなったその姿が、また余計に私の怒りを煽り
気が付けば強く握り締めた拳は、マウリッツの元へと飛んでいた。
パシ、と腕を掴まれると同時に拳は空を殴り、風を切る。
「…すみません。この人、昨夜から気分が優れないようで」
「そ…そうか」
「早く里を出ましょう」
「…気を付けて、行ってくれたまえ」
引っ張られる手に従いたくはなかった。
だけどもジェイの無言は私に抵抗を許さない。
その場の空気で、私が迷惑を掛けていると言うのは一目瞭然だった。
里を出た瞬間、私を引っ張るその手はアッサリと離れる。
手首を擦る私を、ジェイは一度横目で見て
何の言葉も掛けずに前へと行ってしまった。
…また、その目。
「…どうしたんじゃ、」
「…な、何でも…ない…」
「昨日ジェー坊に言われた事でも、気にしとんのか?」
ゆっくりと、優しく、頭を撫でてくれるモーゼスに
涙が出そうになるのを、必死に堪える。
…昨日、ジェイに言われた事。
「…そっか」
「…?」
それは至極、簡単な事。
それに気付かないなんて、本当に馬鹿だったのかもしれない。
…私は、誰にも信用されていない。
約束を破ったワルターにも。
背中を押したセネルにも。
事の真相すら聞いてこない、ジェイにも。
…誰からも、信用されていない。
「…何があったかは知らんが、ワイは元気なのが好きじゃぞ」
「…うん、大丈夫」
優しく背中を撫でてくれるぬくもりは
ほんの小さな、弱い風にでも吹き飛ばされてしまいそう。
「辛くなったら、いつでも言うんじゃぞ!」
「…ありがとう」
ゆっくりと、自らの力で歩み始めれば
モーゼスが私を心配しついて来てくれるのが、気配で分かった。
背中にかかる視線に後押しされるよう、私はただただ下を向き歩く。
…こんなはずじゃなかったのに。
そう、思いながら。
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修正:11/12/12