歩いている途中も沈黙は続く。
誰も自分から話そうとしない、そんな空気だった。

前方でノーマがセネルやジェイにちょっかいを出し
何とか場を盛り上げようとしている姿が見える。

だけどそれも無駄に終わる。

薄暗く、不穏な空気。
砦を取り巻く雰囲気は今の私達と同じだった。
冷たい風が容赦なく吹き荒び、そっと自らの体を抱き締める。





「この場所は…」
「ジェイ、知っているのか?」
「ええ…確かにヴァーツラフ軍と関係のあった所ですが…」
「……」
「本当に、この場所にヴァーツラフの残党がいるんですか?」





砦の入り口を見つめるワルターの背中に
ジェイはナイフのような鋭い言葉を放つ。

返ってくるのは、沈黙。
だけどそれも長くは続かない。





「…入り口は向こうだ」





ワルターは投げかけられた質問には答えようとせず、一人でまた歩き出す。

ノーマはやれやれと首を振り、ウィルは小さく溜め息を吐く。
そして仕方ない、と足を動かすジェイの後を皆もついて行った。















コツ、コツと靴音だけが砦内に響く。

前を見れば、ボウとした光の中浮かび上がる仲間達の姿が確認出来た。
互いの距離はこんなに近いのに、何だかとっても遠く感じる。





「…暗い」
「もしかして、って暗いの苦手?」
「ち、ちょっと」





前を歩くノーマは私の小さな声にも反応してくれる。
私はそれに今出来る精一杯の笑顔と言葉を返し、再び下を向いて歩き出した。

ワルターには裏切られ、ジェイには信用されず
セネルには、昨夜の事もあり近づきにくい。

そんな事を考えていると、私の足は無意識にモーゼスへと向かっていた。

モーゼスは私の存在に気付くと歯を見せ笑い
その笑顔にホッとすると同時、暗闇を歩く恐怖がすうっと軽くなる。





「辛いか?」
「大丈夫!」





心配そうに顔を覗くモーゼスに笑顔を見せる。

自分がどんな顔で笑ってたのかも忘れちゃったのか
何だか口の端が、ピクピク痙攣しているみたいだった。

会話が途切れると、もうその口からは溜め息しか出てこない。
はあ、と大きな息を吐き出す度、モーゼスは「大事か?」と私の背中を擦ってくれた。





「…そがあな顔されたら、ワイもどうしたらええか分からん…」
「…本当、大丈夫だよ…」





だったら、どうして近付いてきたのか。

モーゼスは私にそう問うように顔をぐっと近付ける。
灯りの中浮かぶモーゼスの瞳は真っ直ぐに私を見ていた。

ああ、近くで見るとモーゼスもこんなにカッコ良かったんだあ、って
場違いな感想を心の中でポツリと呟く。

けど、その顔が段々と私の方へと近付いてきている気がするのは何でだろう。

ジリジリと程良い間合いに逃げようとする私の肩をモーゼスはガッと強く掴んだ。
突然の事に短く悲鳴を上げる私にお構いなしに、その顔を更にグッと近づける。

視界いっぱいに広がるモーゼスの顔に開いた口が塞がらない。





「チューでもしたら治るか?」
「ッ治るか馬鹿!!」





近付いてきた理由が下心だと発覚し、
自分の身に迫る危険に私は右手で拳を作りその腹を思いっきり殴る。

ドッと鈍い音が聞こえたと同時に
言葉では表せないモーゼスの悲鳴が砦内に響いた。

ヨロヨロとお腹を抱えて私から離れるモーゼスと
とにかく身の安全を確保しようと後退する私。

でも痛い痛いと言うモーゼスはお腹を押さえながら笑顔を浮かべていた。
…マゾかコイツ。





「それでこそいつものじゃ」
「へ…?」
「大人しくしちょるなんて似合わんぞ!」
「…モーゼス…」
「いつもみたいに元気に笑ってくれや」





そう言ってまた、モーゼスは太陽みたいに眩しい笑みを見せた。
ジン、と胸が熱くなると同時に目頭まで熱を帯びる。

溢れそうな涙をぐっとこらえ、慌てて顔を振り笑顔を浮かべた。





「…ありがとう!」
「オウ!さっきの笑顔と全然違うわい」





今出来る中で最高の笑顔を見せればモーゼスは強く頷き、クカカと笑う。
私もそれにつられて、今度は口に出し笑った。

そしていざ前を向いて歩こうと振り返れば
仲間達全員の視線が私とモーゼスに集まっているのに気付く。

皆の視線は怒りや呆れと言った感情が篭っていて
唯一ノーマだけがニヤニヤと笑っていた。

自分のせいで遅れが出ている事に対し、私は慌てて謝罪の言葉を探す。





「あ、ごめ…」





カツ、カツと間隔の早い靴音に頭を下げる体が跳ねた。

きっとウィルが騒ぐ私とモーゼスに
ゲンコツをしようと近付いて来ているに違いない。

数秒後、私の頭はとうとう使い物にならなくなってしまうだろうと
ギュッと目を瞑り覚悟を決めた。





「…」
「っう、」
「……」
「…お…お!?」





人影に目蓋の裏が暗くなり、声が漏れる。

だけど私の頭の上にはいつまで経っても星は飛ばず
逆にグイっと腕を引っ張られ、情けない声が出た。





「な、なに…?」





私の腕を引っ張ったのは、ウィルでもなくジェイでもない。
私から一番遠く、先頭を歩いていたワルターだ。

腕を引っ張るとまた先頭に戻るワルターに
私はただ、足をもつらせながらもついて行くしか出来なかった。

ギリギリ、強めに握られる腕が痛い。





「ワ、ワルター!」
「…」
「…いたいよ…」





何も語らない背中を見て、私の声まで小さくなる。
何だか、「喋るな」と言われているみたいだった。





「…ワの字のヤツ、やってくれるのう」
「うわ〜!すっごい楽しいんですけど〜!」
「ノーマ、今ははしゃいでる時じゃないだろ」
「そうですよ。出て行った方が良いんじゃないですか?」





腕をブンブンと振り回し騒ぐノーマに
冷たいツッコミを放つセネルとジェイ。

二人の表情は見えないものの、声色で怒っていると言う事だけは良く分かった。















足をもつらせ、不規則な靴音を響かせながら
私はただ、ワルターの背中を見つめていた。

腕を掴むその手は冷たく、だけどほんの少しだけ熱を持っていて。
白く華奢な手だが、男らしい手だと思った。

そのぬくもりに、もしかしたらと言う考えが脳裏を過ぎる。
…もしかしたら、今ならまだ引き返してくれるかなって。





「ワルター、戻ろうよ」
「……」





返ってくるのは無言だけ。
ただ何となく分かる。

言葉はなくとも、ゆっくりと振り返り私を見るその瞳には迷いがある。
だから今ならきっと、と私はそのマントを強く引っ張った。





「ね、ワル…っ!」





もう一度同じ事を言おうとすれば
目の前が真っ暗になり自然と言葉が止まった。

ワルターの手によって、私の視界は遮られる。

何かと思いその手をどかそうとするが力が強くて外れない。
瞳を左右に動かしてみても見えるのは指と指の間から漏れる微かな光だけだった。





「このすえた匂いは・…」





後ろからクロエの声が聞こえる。
何かと思い、すう、と少しだけ外の空気を吸った。

瞬間、戦場と同じ…血と鉄錆の匂い。





「ッ…!」





一瞬でグラッと体が傾き、足に力が入らなくなる。
もうこの匂いには縁がないと思っていたから、尚更だった。





「オウ、これは何じゃ」
「…拷問器具ですね…」





モーゼスの問いかけにジェイが答える。

…気持ち悪い。
見たくない。

気が付いたら剥がそうとしていたその大きな手を、ぎゅっと自分の目に当てていた。
呼吸する事すら嫌で、離さないで、と触れ合う箇所で伝える。

ワルターが静かに歩き出せば私の足も自然と動く。
視界を遮られ自分の思うような行動は出来ないけど、今はそれで良い、と心から思った。 















嫌な匂いがすうっと消える。
同時、私の目を覆う手が離れ視界がパッと明るくなった。

辺りを見ればジェイの言っていた拷問器具も血の跡もない。
また奥へと繋がる通路が真っ直ぐと伸びているだけ。





「…ありがと、ワルター」
「…何がだ」
「見えないようにしてくれたんじゃないの?」
「…お前が騒ぐとうるさくなるからな」
「んなっ…私だって空気ぐらい読めるって!」
「…そうか」





そう言って、ワルターは笑った。

久しく見ていなかった気がするその笑みを、ぽかんと口を開けて見つめれば
ワルターはハッと我に返り笑顔を崩して、また私に背を向ける。

そんな顔されたら、嫌でも期待しちゃうよ。

きっと、私がワルターの笑顔を忘れてしまっていただけ。
なら、まだ私達が一緒に歩く道はあるはず。

そう言い聞かせながら、私は自らの足で前へと進んだ。










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修正:11/12/12