最後の鍵を拾い扉を開ければ、そこは書庫となっていた。

天井まで届く棚にはギッシリ本が詰まっている。
皆頭上を見上げ、その膨大な資料の数に口を開けていた。





「この辺りはどうやら書庫として使われていたようだな」
「ふ〜ん、どれどれ…」





そう言って、ノーマは目の前の本を手に取った。
ただ適当に選んだ本をパラパラと捲り流し読む。





「なっ…何よ、コレ」





興味津々で本を開いた時とはまるで反応が違い
ノーマの口からは驚愕の言葉が溢れ出る。





「ウィルっち、そっちは!?」
「…多分、お前が見ている物と似たような内容だろう」





険しい顔つきで会話を進めるノーマとウィルに
本を手に取っていないクロエとモーゼスは首を傾げる。





「何が書いてあったんだ?」
「それは…」
「人体実験の記録です」





答えを渋るウィルの代わりに、何の戸惑いもなくジェイが皆に答えを告げた。
驚き目を見開いたセネルとクロエに、更に小首を傾げるモーゼス。





「ヴァーツラフは捕虜を使って、ある実験を進めていたんです」
「何の実験じゃ?」
「メルネスの力を持つ者を、人為的に作り出すこと」
「…すると、地下牢に収容されていたのは…」
「煌髪人だ」




ウィルの発言に一番驚いていたのはセネルだった。
事の真意が分かると皆の顔もどんどんと青ざめていく。





「十や二十じゃ効かないよ」
「…」
「ヴァーツラフの奴、長年に渡って、それこそ何百人も…」





体が震えるような、想像もしたくない会話が書庫では行われていた。















そんな中、私とワルターの戦いは奥の部屋で始まる。
勿論、こっちも真剣に。





「ワルター!ねー!ワールーター!」
「ッ離せ…!」
「戻るよ!戻って!お戻りくださいー!!
「お、前…!先程までは静かだったのに、急に騒ぐな!」
「静かにしてる場合じゃないんだって!私だって空気読めるって言ったじゃん!」
「全然読めていない…!少しは黙っていろ!」





戦いと言っても、お互いを傷付けあうような戦いではない。
自分の意見を主張する戦い。

と言っても、ほぼ一方的に私が言葉を投げつけ
その袖をグイグイと引っ張って駄々をこねているだけ。

それでも私にとっては、これは死闘と言っても良い程大切な事だ。





「少し向こうで、話を聞いて来い…!」
「知ってるよ!だから言ってるの!」





更にグイッと袖を引っ張ると、とうとうその体は石のように動かなくなった。

ワルターは見開いた瞳で私を見て唇は硬く閉ざす。
そして次の瞬間には殺意の篭った瞳で私を睨んだ。





「知っているだと…!?」
「だから急いで―――…ッ!?」





伸びてきた手を防ぐ事も出来ず、また何時ぞやと同じよう服を強く掴まれた。
寄りかかる物もなく、私はそのまま地面に強く背中を打つ。





「っう…!」





体を走る激痛に、小さく声が漏れた。
ギリ、と強く掴まれた胸倉、絞まる喉。





「分かっていて、そんな事を言っているのかッ!?」
「そうだよ!水の民が、苦しんでたのだって知ってる!」
「では何故お前は陸の民と行動している!?」
「私がセネル達について行きたいからだよ!文句ある!?」





胸倉を掴む手を、思いっきり掴む。

体勢を考えれば私が不利なのは充分分かっていた。
ワルターがその拳を振り下ろせば、簡単に気を失う事だって出来る。

でも、もう負けたくなかった。
信じてもらえないなら、信じてもらえるまで自分の気持ちをぶつけるんだ。




「ッならば勝手にしろ!」
「ダメだよ!ワルターも戻るの!」
「お前がついて行きたいのはアイツ等だろ!?俺には関係ないッ…!」
「関係あるの!だから一緒に行こうよ!」
「俺に馴れ合いでもしろと言うのか…!?」





ギリ、と更にワルターの手に力が入る。
私も負けじとその手を強く握った。

殺気の篭る瞳を跳ね返すくらい、相手をめいっぱい睨みながら。





「っじゃあ、私について来てよ!」





ピクリと体を跳ねらせて
意味が分からないと言わんばかりにワルターはその顔を歪めた。





「セネル達が嫌でも、私と一緒に来てよ!」





言っている事がめちゃくちゃなのは自分でも分かってる。
だけどもう、この手だけは離したくない。





「私はもっとワルターと話したいし、もっとワルターの笑顔が見たいよ!」
「……いつでも見れるだろ」





だって今離したら、ワルターは。





「このままじゃダメなんだよ…!色々と、ダメなの!」





アンタ、死んじゃうから。





「もう一回だけで良いから、話し合ってよ!」
「……」
「絶対に、皆が納得出来る意見が出てくるはずだから…!」
「…」
「私が、そうさせるから!」
「……」
「ねえ、ワル……タ…?」





我武者羅に叫び散らして、前髪の奥の彼の瞳を見る。

自然と、言葉が止まった。

今にも泣き出しそうな、辛そうな表情がそこにある。
唇を噛み締め、カタカタと手を震わせて、眉間に皺を寄せ、目を細めて。

一体いつから、そんな辛そうな顔を私に見せていたんだろう。





「だ、大丈夫?お腹痛い…?」
「…俺は、どうすれば良い…」





ポツリと、雨音のような小さな不安がその唇から落ちる。





「陸の民等、信用しない…この手で八つ裂きにしても構わん…」
「…」
「…お前が…陸の民ならば良かった…」





思いがけないその言葉に私は驚き目を見開く。





「ならばその、俺を見つめる瞳だって刳り貫く事が出来た…」
「ワルター…?」
「その喋る口だって、容易く切り裂く事も出来た…」
「……」
「…陸の民なら、何の迷いもなかったッ…!」
「…私は、ワルターがどっちでも迷わないよ」





そう言うとワルターは驚き目を見開く。





「例え立場が逆で、私がアンタに拷問をかけられてたとしても、私はワルターが優しいの知ってる」

「だから今だって、こうやって胸倉掴まれてても、アンタの事信じて喋ってるんだよ」





体を震わせ、噛み締めた唇からはギリ、と音が鳴り
血が流れてしまうかと、見ていてハラハラした。





「ワルターにだから、言うんだよ」
「…」
「…じゃあ、別のお願い聞いて」
「……」
「…望海の祭壇に、連れて行って」





ワルターは見開かれた目を更に見開いた。
まるで、何でそれを知っているのかと言わんばかりに。





「これなら、聞いてくれるよね?」
「…」
「“セネル達と仲良くしろ”よりも、ワルターには簡単に出来るじゃん?」





ニッと、その見開かれた瞳に自らの笑顔を映す。

歯を見せ笑う私に、ワルターは一体何を想って、何を感じ取ってくれたのか。
スッと私の胸元から手を離すと、その拳を自らの胸に当てる。

まだ何処か迷いがあるのか
その唇の奥では歯を喰い締めているのが、何となく分かった。





「…アイツ等はどうする」
「良いよ!運べるのは私ぐらいでしょ?」





そう言って私は自らの上に乗るワルターの体を押した。
ワルターは抵抗もせずにスッと私から離れ立ち上がる。

真似るよう私も立ち上がり、背中や腕に付いた埃を軽く落とす。
そして大きく深呼吸し、もう一度ワルターを見つめた。





「ワルター」
「…」
「望海の祭壇に、一緒に行こう?」





もう見失ったりしない。

ワルターの瞳は、私に視線を合わせないものの
こうやって正面から全てを言い合った私達ならきっと大丈夫だと信じてたから。

しばらくの沈黙が続いた後、ワルターはスッと右手を上げる。
瞬間、彼の力によって私の周りには薄い膜が現れた。

素材や原理なんかは詳しく言えなかったけど
シャーリィが攫われた時やフェニモールと一緒に立ち去った時に使われていた
あのシャボン玉のような膜だ。

ふわっと体が浮き、同時にワルターの背に黒い翼が広げる。





「ワルター、お前何を!?」





タイミング良く書庫から姿を現したセネル達は
慌ててワルターに武器を向け、爪を光らせた。





、今助ける!」
「違うよ、セネル」





そう言って笑って見せればセネルは「え?」と声を漏らし、その爪の光を弱める。
多分自分の意思で弱めたんじゃなくて、無意識にそうなったのだろう。





「ちょっと先に行ってるね!」
「なっ…!?」
「早く迎えに来てね!望海の祭壇で待ってるから!!」





仲間達に笑顔を向けて、私は膜の中で悠々と手を振る。
そうして私とワルターは皆の頭上を通り過ぎ、再び砦の入り口を目指し移動した。





!!」





背後から掛かる仲間達の声に応える事すら忘れ
ただただ望海の祭壇で起こる全ての事を止める為に、前を向き続けた。

高いだとか、地上が遠いだとか、そんな事で怖がっている暇もない。
前を飛ぶワルターの背中を見ながらも、私の鼓動は早くなる。

お願い、間に合って、と。
心の中で祈りながら。










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修正:11/12/12