「そこ、本が落ちてるよ」
襲いかかる魔物を倒した後、ノーマがとある一点を指差し言葉を発した。
指差された本の一番近くにいたのはジェイだった。
無言で近付き、埃を掃いタイトルを確認すると
ジェイはその口で何の躊躇いもなくそれを読み上げる。
「何々…メルネス捕獲作戦報告書…」
その言葉に、一番強く反応したのはセネルだった。
無言でジェイに近付くと、何も言わずに手を差し出す。
ジェイはそれに怪訝な表情を浮かべていた。
「ジェイ、その本を俺によこせ」
「ええ、でも…」
「よこせと言ってるんだ!」
明らかにいつもと違う態度を見せるセネルに、皆が皆不安な表情を浮かべる。
余りに必死な彼の姿を見、ジェイは渋りながらもセネルにその本を預けた。
セネルはそれを乱暴に取ると、中を確認する事もせず自らの道具袋の中へと入れる。
「後で必要になったら、見せて下さい…よ…」
溜め息を吐いたジェイの声は、徐々にと小さくなっていく。
セネルの持つ本を見つめていたジェイの視線は、また別の一点を見つめていた。
「ジェージェー?」と声を掛けるノーマに返事もせず
ジェイはカツカツと靴音を響かせその一点へと近付く。
大量の本が収納されている棚の中から、何の迷いもなく一冊の本を取り出した。
「……」
埃を掃い、題名を見て、パラパラと細い指でページを捲り、仕切りに瞳を動かす。
終始何も語らないジェイを仲間達は首を傾げ見つめていた。
沈黙の後、ジェイは最後までページを捲り終わる前に本を閉じ自らの袋にしまう。
「何て書いてあったんじゃ?」
「馬鹿には理解し難い内容ですよ」
「何じゃと!?」
怒るモーゼスを無視しジェイは誰よりも先に砦の出口へと向かった。
ドスドスと、怒りを露にし歩くモーゼスを見て
ウィルは大きな溜め息を吐き、ノーマはやれやれと手を上げた。
…―――馬鹿には理解し難い内容ですよ。
「…馬鹿じゃなくても分かりませんよ」
あんな…見た事もない字。
ジェイの言葉は誰に届く事もなく宙へと消えた。
いや、きっと聞こえていたとしても意味を理解出来る人間は少なかっただろう。
「急ぎましょう。さんの言っていた“望海の祭壇”はすぐ近くです」
今度はこの場にいる誰にでも聞こえるよう
ジェイは声を大にして言葉を紡ぐ。
皆は強く頷き、砦を抜け望海の祭壇を目指した。
「もっと早く!」
「無茶を言うな…!」
「じゃあ急いで!」
「ッ同じ事だろう…!」
息を切らしながらもワルターは徐々に高度を上げ、私を空へと連れて行く。
その横顔はいつもと変わらず、冷静だった。
いや…きっと、そう見えるだけ。
ワルターは今でも迷っている。
頭の中がパンクしそうなくらい色んな事を考えていて
だから空を飛ぶ事なんて朝飯前のはずなのに、そんなに息が上がっているんだ。
だけど私には、そんなワルターを引き摺り回してでもやらなきゃいけない事がある。
「まだ!?」
「……」
バン、と強く薄い膜を叩けば震動が全体に伝わった。
急かす言葉を聞くのはうんざりなのか、ワルターからは返事がない。
代わりにワルターはその手をすっと上げてパチン、と指を鳴らした。
「何?」、そう聞こうと口を開いた瞬間何かが弾ける音がする。
何事かと辺りを見回さなくても、その音の意味は理解出来た。
ワルターが指を鳴らしたと同時に、私を支えるあの膜が消えたのだ。
落ちるッ―――…!
体を支えるものがなくなり、頬を掠める風の意味に気付いた時汗が一つ頬を伝った。
ぎゅうっと目を閉じ、靡くスカートを強く強く握り締める。
だけど私を襲ったのは強風でも衝撃でもない。
体を支える温かなぬくもりに恐る恐る目を開ければ
私の視界には先程よりも近くにワルターの姿が映っていた。
「無駄に体力を使うより、こっちの方が早い」
ワルターはそう言うと、私を抱きながら再びその翼を動かし始める。
一瞬きょとんとしたもののその言葉の意味をすぐに理解し
しっかりと、彼の首に腕を回した。
「落とさないでね!」
「……」
返事はない。
ワルターは、ただただ前を向いているだけ。
だけどその真剣な眼差しが答えだと信じて私もしっかりと前を見た。
どれ程の距離を飛んだのかは分からない。
ワルターのスピードからしてかなり遠くまでは来ているはずなのに
一向に目的地は見えなかった。
風に体は冷えて、ワルターの首に回す手の先も既に感覚を失う程冷たくなっている。
一体後どれくらいでつくのだろう、と口を開いた時
まるで私の行動を制止するかのように、海が強く波を立てた。
「……」
フッと、ワルターの瞳が海を見た。
私もつられるように海を見る。
ザアア、と激しく音を立て荒れる海は、何かを強く訴えているようだった。
いつもは青一色の綺麗な海が白波を混ぜ、激しく揺れている。
「何か、海が変…」
「……」
「ん?」
風の音に紛れ、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
フッと、呼ばれた方へと視線を移せば金色の髪が頬にかかる。
くすぐったい、と目を細めた時、額に温かなぬくもりを感じる。
それが何かと分かるのに、そう時間はかからなかった。
柔らかい音を立て、私の額に触れた唇はすっと離れる。
驚きから声も出せない私に
ワルターは今にも泣き出しそうな、寂しい笑顔を向けていた。
キスをされて、驚いた訳じゃない。
その笑顔の真意が分からなくて、目を見開いたんだ。
「…どうしたの…?」
唇の触れた額を触りながら、笑みを作るワルターに言葉を求める。
「…すまない」
何に対して、謝ってるの?
「…おデコだから、気にしてないよ」
キスに対して、で合ってるの?
「…違う」
どうして海が波を立てる度、ワルターは苦しそうに目を細めているんだろう?
「…約束は、ここまでだ」
耳を、疑った。
きっと波の音に邪魔され、私が勝手にそう聞き取ってしまっただけだと。
そう、思いたかった。
「…何、言ってるの?」
「守れなくて、すまなかった」
「…そんな事、聞いてない」
声が、上手く出ない。
途切れ途切れに声を漏らす私をワルターはただ見つめるだけ。
それは出会った時の殺気づいた瞳でもなく
隠し砦へと行く時の険しい表情でもない。
ただ、今にも崩れそうな笑顔。
「アイツだけは…セネルだけは許せん」
「ッ…大丈夫だよ!きっと和解だって!」
「そんなもの…出来ない事は自分が一番理解している」
「違う…ワルターには、それが出来るよ…!」
「…出来ない」
「海も…滄我もそう言っているのだ」
ワルターの声に応えるよう、海はザアア、と荒い波を立てる。
私はそれが信じられず、ただ目を見開いて首を振った。
「…お別れだ」
そう言うと、ワルターは私を支える手をスッと離す。
ガクン、と体が大きく下がり、彼の首に巻きつけていた腕が容易く離れた。
落ちる私の視界には青い空と白い雲が広がり。
その中に佇むワルターの金色の髪は風に靡いていて。
…―――そして、その瞳は優しさを消した。
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修正:11/12/12