「ッ、た!」





上空を飛んでいた私の体に衝撃が襲う。
空から落とされ「痛い」で済むはずもなく、口の中にじんわりと鉄の味が広がった。

打った背中はズキズキでもジンジンでもない。
言葉には表せないくらい痛い。

痛みに声も出せない私の横、トッ、と静かに音を立てワルターが足を着く。

顔を上げる事も出来ず、地に伏せる私を
ワルターは一体、どんな気持ちで見ているんだろう。


どうして、私を落としたのか。
どうして、わざわざここに落としたのか。
何で、あんな笑みを浮かべたのか。


思考が、全然ついていかない。





「誰か早くッ!!」





嗚咽しか吐き出せない唇を噛み締めて、声が聞こえた方へと瞳を上げた。

そこには信じられない光景が広がっている。

その大きな瞳からボロボロと涙を零すシャーリィ。
その腕の中で血塗れになる、見覚えのある女の子。





「…フェニ…モール…」





浅い呼吸を繰り返し、意識を朦朧とさせている少女のすぐ近くには
赤く血塗れた剣を持ち、見た事のある鎧を纏った騎士の姿がある。

クロエが掲げる紋章と同じ刺繍を模る帽子を見て
ソイツが誰かは、すぐに分かった。

痛みに漏れる声を血液と一緒に飲み込んで、私はふらつきながらも体を起こす。
…脳が、グラグラ、揺れている。





「誰か早く!フェニモールが!!」





二人の痛みに比べれば、私が空から落ちた痛みなんてこれっぽっちの事。
泣き叫ぶシャーリィと虚ろな瞳で空を見るフェニモールに、私は足を引き摺りながら近付いた。




「おのれ、陸の民ども…!」
「待て、ワルター」
「ッ何故止める!」
「何もせず、状況を見守るのだ…願ってもない好機かもしれん」





風の音に紛れて、声が聞こえる。
誰の声か、分からない。
背中も、頭も、耳も、色んな所がグラグラと揺れているみたいだ。





「何だと…?」
「良いから、私の言う通りにしろ」
「……」
「そこの女にも、邪魔をさせるな」





後、少し。

フェニモールの虚ろな瞳が、こちらに向いた。
その唇からは微かに息を吐き、吸う音がする。

大丈夫、まだ間に合う。
私が、治してあげるから。





「ワルター」
「…分かっている…!」





乱暴に、腕を引っ張られる。
いつもなら振り切れる力だったのに、私の体は素直に傾く。





「はな、し…て…!」
「大人しくしておけ」
「ッ…フェニ、モールが…!」
「…もう一度、叩きつけられたいのか?」





グルリ、と世界が反転して、再び体に激痛が走る。





「ッ痛…!」





口の中に、更に濃い鉄の味が広がった。

大丈夫なのに、泣いている暇なんてないのに
体が勝手に悲鳴を上げる。





「どうして誰も来てくれないの!?ねえ!!」





悲痛な叫びは届いているのに助ける事が出来ない。
…この為に来たのに、しっかりしてよ…私の体。





「キュ…アッ…!」





淡い光は弱々しく、私の指先で消えていく。
口の中で唾液と混ざる血が、詠唱の邪魔をした。

自分の身を蹴る青年に、抵抗すら出来ない。
痛みしか感じない役立たずの手。





「シャーリィ…耳を貸して…わたしからの、最後の祝福…」
「いや…!やめてよ…!フェニモール!」
「幸せに…なりなさい…何が何でも、全力で…幸せに…」





虚ろなその瞳をシャーリィに向け、フェニモールは笑う。
すう、と息を吸う音は次第に小さくなり、この世界との別れを告げようとしていた。





「……」





私の名前を呼んで、その手を伸ばす。

フェニモールが私の名前を呼んだと同時
シャーリィも私と言う存在に気付き目を見開いた。





「フェニモール…ッ…!」
「…来て、くれたんだ…」





嬉しそうに笑う彼女の心理が理解出来なくて
私はズリ…と音を立て体を引き摺る。

ワルターは動く私を見て、虫を潰すかのように足を振り下ろした。

痛い、けど。
フェニモールとの別れの方がずっと辛い。





「…私の…初めての、水の民じゃない…友達…」
「ッ待って…今、たす、け…!」
「凄く、変で…訳分からなくて…だけど」





「そんな貴女だから、私は…陸の民を信じられたの…」





頬を伝う涙は、痛みからじゃなかった。

背中はボロボロで、蹴られたお腹も、手も、足も痛い。
だけどそれ以上に、心が痛くて。





「…貴女なら、きっとこの世界を変えてくれるわ…」





変えられない。
私、何一つ、変えられてないよ。





「や、だ…」





私が、私がもっとちゃんとしてれば
フェニモールが今血を流し、倒れている事もなかったのに。





「…二人とも、大好き」





そう言って、彼女は笑みを作り目を閉じた。

ツゥ、と口の端から零れる血の筋にガクン、と垂れた首と腕。
肌が変色し、体はズシリと重くなり、ピクリとも動かなくなる。





「フェニモール…?」





こんなものが、見たいわけじゃなかった。





「やだ、逝かないで!フェニモールまで、逝っちゃわないで!!」





二度も、見たくなかった。





「私達、友達でしょ!?私を一人にしないでよおッ!!」





シャーリィが悲しむ姿も。
大事な人が、逝く姿を。

こんなに近くで見る為に、来たわけじゃないのに。










「イヤアアアアアッ!!」










世界を変える事が、こんなに難しいなんて
悔しくて仕方がないよ…フェニモール―――…。










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修正:11/12/12