意識が徐々に薄れて行く。
体の節々が痛い。

…骨、折れてるのかな…。
朦朧としながらそんな事を考えた。

もし体がちゃんと動いていたら、こんなものすぐに壊せていたかもしれないのに。
今はただ、ズルズルと体の力が抜けていく感覚を黙って味わうしかない。


…ワルター、苦しい…。


叩き付けられた背中。
蹴られた腹部。
私は息さえも殺される。

そんな事をされてもまだ私はワルターを信じている。
目の前にいる青年を恨む事も、睨む事も出来なかった。





!!」





声が、聞こえる。
それは先程まではここにいなかった仲間達の声。





「フェモちゃん!?」
「何だ、これは…!」





辿り着いたと同時に、皆はすぐその場の異変に気が付いた。

血塗れのフェニモールの前方にはガドリアの騎士団長。
その剣にはフェニモールが流している血の色と同じ物がついている。

それをただ傍観するマウリッツと、海に背を預け目を閉じるシャーリィ。
そして捉えられた私と、先程まで行動を共にしていたワルター。

誰もがその光景に驚き目を見開いていた。


パン、と何かが割れる音が聞こえる。


近くから聞こえたはずのそれをまるでテレビでも見ているかのように
第三者の気持ちになり聞いている自分がいた。

支える物がなくなり、ぐらりと大きく体が傾く。
…ああ、今まで寄りかかっていた薄い膜が割れたんだ。





!」





ドサ、と地面に倒れた時、体中に痛みと言う電撃が走った。

それを合図にしたかのように体は全機能をフルに動かして
まず私に息をするよう命令をする。





「…っは…ぁ…は…!」





やっと、息が出来る。

まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだった。
吸って、吐く、ただそれだけの行為なのに上手く出来ない。

冷たい風が喉を通過する度、逆に苦しくなって
そんなガラガラの喉をどう潤していたのかも忘れてしまっていた。

ゼェ、と荒い息を吐き続ける私に
セネル達が必死に呼びかけているのが分かる。

だけどそれすらも、遠くの出来事のように感じた。





「ワルターお前…!」
「…死ね、セネル!!」
「待て」





セネルとワルターを止めたのは、聞いた事のない声。
凛としていて、冷たくて、聞いただけで体が凍ってしまいそう。





「シャーリィ…?」
「私をその名で呼ぶな」





いや、私だけはこの声を聞いた声がある。





「私はメルネス」

「滄我の声を聞き、その意志を代行する者」





それは確かにシャーリィの声だけどシャーリィの声ではない、曖昧なもの。
聞いていて気分の良い声ではない。





「私はもはや、お前の妹を演じていた私ではない…」





その声に私はある現実を叩きつけられた。
シャーリィが、覚醒したと言う現実を…。





「…」
「…ッ…」





カツ、とシャーリィはヒールを鳴らし私に近付く。
視界の真ん中にシャーリィの細くすらっとした足が見えて、何故かゾクリと体が震えた。





「シャー、リィ…!」
「…無様な姿だな」





シャーリィは吐き捨てるかのように私に言葉を投げ
汚い物を見るかのように、目を細めた。

まだ酸素が足りないのか、頭が、心臓が、ドクドクしている。





「お前のせいで、覚醒に時間が掛かってしまった」





シャーリィはそう言うと地面に散らばる私の髪を一束踏む。

くん、と小さく引っ張られただけで痛みは感じない。
だけど、凄く胸が痛んだ。





「お前は毎度、私の邪魔をする…」
「ッ…」
「もう邪魔はさせぬ…」





何故メルネスは“毎度”とか“もう”とか
初めて会ったとは思えない言葉を使うのだろう。

私にとっては全てが初めての体験で、邪魔等一度もした事がないのに。

ギシギシと悲鳴をあげる体を少しだけ動かし前を見れば
シャーリィは私の側から離れ、また元の場所へ戻っていた。





「お前達に滄我の恩恵は必要ない…返してもらおう」





「昔の過ちを忘れた陸の民よ」

「私の役目は世界をあるべき姿に帰す事」





「罪のある陸の民に、粛清を―――…」





スッと空に向かい、手を伸ばすシャーリィ。
同時にその背中から光輝く羽がブワリと映える。

まるで水面が透けているような、綺麗な蒼。
私はそんな綺麗な蒼に恐怖にも似た感情を覚えた。





「い、今の感覚は…」
「体中の力が、抜け出たみたいな…」
「シャーリィ…今、俺達に何をした…!?」





演技でも何でもない。
シャーリィの力は本物で、皆が皆その場から動けず歯を食い縛っている。





「厚顔にも過去の過ちを忘れ、万物の霊長を気取る陸の民よ」

「滄我の怒り、その身に受けよ!」





見えない重力に押し潰され、短い悲鳴があちこちから聞こえた。





「やめ…て…」





上手く声が出ない。
息を吸う度に肺が痛んで、呼吸すらしたくなくなる。

もう、意識を保つのだって限界だった。





「世界をあるべき姿に返すこと…それが滄我の願い」





違う。
そんなの違うよ。

言っているつもりでも、私の言葉が音になる事はない。
自分がどんな風にこの場に倒れているのかも、分からない。





「自分達が犯した罪の重さ、思い知るが良い!」





そう言って、より一層背中に生えたテルクェスを輝かせ
シャーリィはもう一度、空に向かい手を伸ばす。

それが私達に攻撃を仕掛ける合図だと分かり、皆は力の入らない手で武器を構えた。

…だめ…。





「そう…が…」





薄れ行く意識の中、私は仲間の名前でもシャーリィの名前でもない
ここにはいない者の名を呼ぶ。

何で滄我の名前を口にしたのか私自身も分からなかったけど
無意識の内に、勝手に口が動いていた。





瞬間、頬を掠める強い風。





掠める、だなんて言う表現では甘いくらいの
強い強い風…いや、吹雪だった。

力の入らない体が、遠くへ飛んでいってしまいそう。


…もう、ダメ。


意識が飛び、視界が真っ暗になる。
瞬間私の頬を掠めた風は何処か温かく、そして懐かしい物だった。










Next→

...
修正:11/12/12