…―――破壊の少女よ。

……。

…―――メルネスが目を覚ました。

知ってるよ…。

…―――やるべき事はただ一つ。





…―――静の大地へ。

静の大地に、行かないと…。















柔らかいシーツの感触に目が覚める。

ぼう、とした瞳で辺りを見渡せば
青い空があるはずの場所には木で出来た天井があった。

…確か、望海の祭壇にいたはずなのに。





「…おはようございます」





ふと、すぐ横から聞こえた声に視線を動かす。

まだ寝足りないのか、ぼやける視界の中には
見慣れた服を着た見慣れた少年がいた。





「…ジェイ…」
「何ですか、随分大人しくなって」
「…ここ、どこ?」
「宿屋ですよ」
「…イザベラさんの所、行かなくて良いの?」





隣にいるジェイに、私は直球で質問をぶつけた。

私の知っているシナリオでは
ジェイとウィルは今正にウェルテスで起きている状況について
イザベラさんと話し合っているはずだ。

だけどジェイは一度大きく溜め息を吐くと
「また夢ですか?」と私を小馬鹿にするような声で言葉を紡ぐ。





「それよりも大事な話があるので」
「…」
「早速ですが―――…」
「あのさ、」





ゴソゴソと道具袋の中を漁りながら私に言葉を投げるジェイに
少し不機嫌な声を返す。

ジェイは一度手を止めると、眉間に皺を寄せる私に「何ですか」と言った。





「もっとこう、体の心配するとか…気を遣うとか、あったりしない?」
「ああ、さん大丈夫ですか?永眠するお手伝いなら出来ますが」
「今思い出したように言うな!!…っ…たた…!」





大声を張り上げ両手を上げた瞬間、何とも言えない痛みが体中に走る。





「…騒ぐと体に障ります」
「っ…」
「艦橋でも言いましたよ。『少しは体の仕組みを理解しろ』、と」
「…分かってる」
「それに、無茶したのはさんなんですから心配する義理もありません」
「それも分かってるってば!…で、何かあるの?」





お説教は懲り懲り、と言わんばかりに投げ遣りな態度を取り
私はジェイを睨むように見つめ返した。

話を遮ったのは私なのに、今はその話を急かしてる。

それでも敢えてそこに突っ込まないのは面倒だからなのか
ジェイは溜め息を吐くと、袋の中から一つの本を取り出した。





「隠し砦にありました」
「…何これ?本…?」





シーツの上にぽん、と置かれた一冊の本。

埃はある程度掃われていたけど
溝に溜まったものを見る限り、かなり古い本みたいだった。


持ち上げようと手を伸ばすも分厚くて片手では持ち上げられない。
それに気付いたジェイは私の膝に本を置いて重たい表紙を捲ってくれた。





「ありが…」





お礼を言おうとした口が無意識にピタリと止まる。
表紙を捲り、一枚目のページに書き記されたものに私は驚き目を見開いた。





「これ…」





黄色く変色した紙の上に書かれた、フニャフニャと不恰好な文字達。
指でなぞり、一文字一文字追うように動かしていく。

間違いない。

一番初めの文字も、その次の文字も、またその次の文字も。





「…英語…?」





私が知っている文字、そのものだった。





「読めますか?」
「…ご、ごめん…勉強不足で…」
「でも、分かるんですね?」
「に、苦手だけど」
「訳してもらえます?」
「無理だってば!!」





得意不得意なんて関係ない、と言わんばかりに話を進めるジェイについ大きな声を上げてしまった。

瞬間また体中に痛みと言う電撃が走り
本を膝から落としそうになるのを必死に耐える。





「い、た…!」
「…自業自得なんだから僕を睨むのは止めて下さい」
「くっ…意地でも読んでやる…!」
「気合を入れてくれたのなら何よりです」





頭を左右に振ってジェイの皮肉を振り払い
痛みに耐えながらも私はもう一度指で文字をなぞった。

教科書やパソコンで見る綺麗な英字でも、手馴れた人が書く筆記体でもない。
何だかグチャグチャしてて、線も曖昧。

力が入りすぎてインクが染み込んでいる所や
逆に力が入らなくて薄れている所もある。

まるで手が動かなくなる間際、必死に書いた文章みたいだった。





「…つぎ、…の…?」
「本当に大丈夫なんですかあ?」
「ああ、もう!頑張ってるんだからッ…!」





大声を出す度に体が悲鳴を上げる。
そしてそれを忘れて、また大声を上げ痛みが走る。

痛みに耐えようと唇を噛み締める私にジェイは眉を顰め言葉を発した。





「無理はしなくて良いですよ…死なれては困るので」
「だ、誰が死ぬか!」





皮肉なのか本当に心配してくれているのかジェイの気持ちは分からない。

とりあえずいつものように反論をして
私は再び、痛みで浮かんだ涙で霞む視界で文字を追った。





「D…e…s…デストロイヤー…」
「…はあ」
「破壊する者…」
「次の…と言う事は、後継者ですかね…」
「うん、そう言う事だと思う…」
「後継者…メルネスを指しているのでしょうか」





単語一つ一つ、分かるものを訳せば
ジェイはその頭をフルに回転させ言葉を整理する。

私はジェイの解釈に一つ頷き「多分そうだと思う」と曖昧な返事をした。

だけど、何か引っ掛かる。





「…なんか」
「?」
「…メルネス…じゃないような…」





私が引っ掛かってるのは多分、一つの単語。





「破壊する者…」





確か、何度も聞いたような…。





「破壊…」





ついさっき、目が覚める前にも私は確かにこの言葉を聞いた。





「…破壊の―――…」





―――…少女。





言葉が繋がった瞬間、ドクンと大きく心臓が鳴る。

その事実に気付いた時、無意識に手が動き口を押さえた。
嫌な汗が全身から滲み出て、しっとりと背中を濡らす。





「…さん?」
「…ジェイ、これちょっと借りて良い?」
「ええ…その代わり、分かったら教えて下さいよ」
「うん」





口の端を無理矢理上げて、私はジェイに笑顔を見せる。
瞬間、ジェイの眉が微かに動いた気はするけど気にしない事にした。

…この本には、きっと何かがある。
私が知らない、“テイルズオブレジェンディア”の真実が。





!!」





もう一度本に視線を移そうとしたのと同じくらいだろう。

部屋の扉が勢いよく音を立て開き、荒い息を整えもせずに私の名前を呼ぶ青年は
銀色の髪を頬にへばりつけて、ベッドに座る私に驚いた瞳を向けていた。





「セネル!」
、大丈夫か!?」
「うん、大丈夫!」





心配そうに歩み寄ってくるセネルに私は腕を上げて笑顔を見せた。

体の不自由はあってもとにかく元気なのは伝わったのか
セネルはホッと安堵の息を漏らすと、今度はジェイへと視線を向ける。





「ジェイ、少し出てもらっても平気か?」
「…構いませんよ、怪我人を襲うのはモーゼスさんくらいでしょうし」





ジェイはガタリと音を立て、木の椅子から立ち上がる。
小さく「助かる」と言ったセネルに軽い会釈をしてジェイは部屋の扉に手を掛けた。





「ごゆっくり」





皮肉なのか何なのかすら分からないその言葉に
私は首を傾げ、セネルは指先をピクリと動かす。

微かな動揺を見せるセネルの背中を見つめながらジェイは静かに扉を閉めた。

先程までジェイが座っていた椅子にセネルが座る。
私を心配そうに覗き込む姿は何処か子犬のようで何だか笑ってしまいそうだった。





「…体、大丈夫か?」
「さっきも言ったよー大丈夫だって!」





「心配性だなあ」と笑う私にセネルはぎこちない笑みを見せた。

そしてすぐにその弧を描いていた唇を変化させ
悲しそうな色を浮かべた瞳でシーツを見つめる。





「…守れなくて、ごめん」
「へ…?」
「痛かっただろ…?」
「や、やだな!私がワルターについていったんだよ?」
「…」
「セネルが謝るなんて、お門違い!」





伏せた目の中、大きな光がゆらりと揺れる。

手を左右に振り思っている事を口にしても
セネルは決して、私に笑みを向けようとはしなかった。





「…違う」





ポツリ、と落ちた言葉は空調機の音にだって消されてしまいそう。
まだ鳥の囀りの方が生気があり、大きいと感じるくらいだった。





「俺は、身勝手だ」





そう言うと、セネルは更に下を向く。
フワ、と柔らかい癖毛が私の目の前で揺れた。





「ステラを殺して…シャーリィも助けられなかった」
「…ステラを殺したのは、セネルじゃない」
「…違うんだよ…」
「…」
「自分が示した意思だって、貫けてない」





「あの夜、自分の気持ちを口にしたのに」、そう続けたセネルに
私は瞳を丸くする事しか出来ない。

中途半端に伸ばした手は宙で止まり、震える肩をジッと見る。
触ったら、壊れてしまいそうだった。





「ッ…!」





ガタ、と大きな音が聞こえる。
何かと顔を上げたと同時、セネルが身を乗り出して私の体をギュッと締めた。

抵抗も出来ずに背中に手を回されて
彼はまるで私を押さえつけるようにもう片方の手を後頭部へと回す。





「っ、いた…!」





ギュッと締められた体は素直に痛みを訴える。
それでもセネルは力を緩めようとはしなかった。

まるで自分でも力のコントロールが出来ていないみたい。





「セネ、ル…どうしたのッ…?」





それでも、この痛みを知られてはいけない気がした。

今、ここで受け止めてあげなくちゃ
セネルの方が壊れてしまいそうだったから。





「シャーリィがああなったのは、きっと俺のせいだ…!」
「ちが、っ…!」





痛みが、増す。

ギリギリと、音が鳴るくらい締め上げられる。
骨が、ビキビキ言っているみたい。





「でも、それでもシャーリィとは戦いたくないんだ!」
「セネル…!」
「戦えって言われて、『はいそうですか』何て、言えるわけないだろう!?」





頭上から聞こえる悲痛な叫び。
そんな微かな空気の振動すら、今の私にとっては痛い。

いや、きっとセネルの気持ちが分かるから、心が軋んでいるんだ。





「じゃあ、やめなよ…!」





痛みを堪え、今出来る精一杯の声を上げれば
セネルの体はビクン、と大きく跳ねた。

静寂の中、耳元ではセネルの鼓動が良く聞こえる。
一度大きく跳ねたと思えば、ドクドクと忙しなく動く心臓の音だ。





「誰も、アンタに戦えなんて言ってないよ」
「…」
「シャーリィが攻撃したから、戦うってわけ?」
「……」
「そんなの、子供の考える事と同じじゃん…!」





ク、と限りなく無に等しい力で相手の体を押せば
セネルの腕の力は、少しだけ緩まる。

開いている唇からは荒い息が漏れて、驚き見開いた目は微かに赤い。

そこに映る私の顔はセネルよりも酷い、
痛みに顔を歪めながらも笑う、変てこな顔だった。





「…でも、きっと今のシャーリィは…!」
「敵じゃないよ」
「……」
「敵だとしても、戦うなんておかしいよ」





セネルの気持ちは痛い程分かる。
私もきっと、同じ気持ちだから。





「私も、ワルターと戦いたくないんだよね」





ニッと歯を見せ、意外な言葉を零す私にセネルは何を思ったのだろう。
見開かれた目を更に見開き、「なっ…」と小さく動揺の声を漏らした。





「…ワルターとは、戦っちゃいけないんだ」
「、何で…」
「約束したんだ…私から」





「何があっても、味方だよって」





あの時の情景が、思った以上にハッキリと頭に浮かぶ。

あの時もワルターはセネルと同じように
驚いて、ぽかんと口を開けていたっけ。

懐かしい気持ちに、自然と笑みが浮かんだ。





「ね、セネル」
「…?」
「私達って、似てるよね?」
「……」
「向こうに殺意があっても、私達は戦いたくないってところが」





声に出し、笑う。

セネルはそんな私に、一瞬でも怒りを覚えただろうか。
こんな状況で良くそんな事が言えるな、って。





「…は、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」





だけどセネルは私に罵声を浴びせたりはしない。
代わりに少し不思議な質問をぶつけてくる。





「…戦いたくない奴と戦わなきゃいけない状況がこんなに辛いのに……」





セネルはそう言うと、また目を伏せる。

前を見る事を恐れているのか…私と目を合わせようとしないセネルは
やっぱり何処か、ワルターに似ていた。





「…落ち着かなきゃ、何も出来ないから」
「…」
「それに…こう言う私を、信じてくれる人が、たくさんいたから」





…―――貴女が遺跡船に来た事、きっと間違いや、偶然じゃないと思うの…。

…―――きっと、私を生かすよりも大切な、大事な何かが貴女にはあるわ…。





ステラが。





…―――そんな貴女だから、私は…陸の民を信じられたの…。





フェニモールが。





…―――貴女なら、きっとこの世界を変えてくれるわ…。





「…変えて欲しいって、言ってた…」





あれ…?
何で、声が震えるんだろう。





「っ…フェニモールが…」





寂しくないよ。
フェニモールも最期は笑ってたんだから。





…―――貴女の事なんて、忘れられないわ。

…―――だって、あんなに無茶で、馬鹿で、変な人には今までに会った事なかったもの。





初めて会った時から私の事を良く分かっていて
ツンとした態度なのに、何処か憎めなくて。

私に、たくさんのものをくれて。
たくさんの笑顔を見せてくれて。

里の中、どんなに私を馬鹿にする人がいても
フェニモールは、笑顔で接してくれて。





…―――違うわ…折角の綺麗な蒼を、見苦しい赤で染めないで…って事。





「…あか、いよ…」





視界が、滲む。

気が付いたら私の目線は白いシーツに向いていて
ボタ、と奇妙な音がしたと思ったら、そこに一点の染みを作っていた。

ギュウ、と掴むスカートは薄汚れていて、元の色なんて分からない。





「……?」
「…アンタが、流してたじゃん…!」
「……」
「ッ見苦しく、して…!」
…」
「わ、たしだって…!」





「私だって、助けたかったよッ…!!」





幸せを願ってくれるなら、大好きだって言ってくれるなら、ずっとずっと傍にいてよ。
一緒に、笑ってくれるだけで、それだけで良かったのに。





…」





優しい、ぬくもり。
強くもない、だけど弱くもない。

涙を止めていた壁が崩れる音がした。





「っ…、ふ、ぅ…!」
「…」
「う、っくう…!」





喉が、焼けたみたいに痛い。

出てくる嗚咽を堪えるのが辛くて小さな声が漏れる度に
セネルはその腕に、きゅっと力を入れる。





「…もう、辛い思いはさせない」





耳元で聞こえた声も自らの声に掻き消されて
今までどうやって涙を止めていたのかも分からなくなるくらい、泣いた。

格好悪くても、今だけならと自分を甘やかして
この涙を拭ってくれる人が、フェニモールじゃない事を悔やんで。





「救おう…シャーリィも、…ワルターも」





ぽん、と髪を軽く撫でるセネルの手は
フェニモールとは違う、力強い男の人の手。

今はそれだけが私を支えてくれるもので
ぎゅっとその体を抱き返し、力強く離さないでと願った。





「俺達で変えるんだ…未来を」





頷いて、何度も何度も頷いて。

前をしっかり見る勇気が湧くまで、元に戻れる時が来るまで
私はずっと、セネルの腕の中で泣いていた。


今だけなら、いつもの少し大人びた優しい笑顔で
「しょうがないなあ」って言ってくれる気がするから。

今ならフェニモールも私の涙を受け止めてくれる気がするから。


いつかは笑顔でフェニモールとの思い出を感じられるように
今零れる涙は、全部全部、吐き出した。

次に前を向く時は、私らしい笑顔でいれるようにと。










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修正:11/12/12