宿屋を出て灯台へと続く道のりを歩く。

何だ騒がしい。
和気藹々にだとか和やかにだとか、そんな部類の騒がしさではない。

爪術が使えなくなった事。
街の外にカカシがうじゃうじゃといる事。
その二つの点は、住民の不安を煽るには充分だった。

見た事もない機械兵器は、どうやら無差別に街の人を襲っているらしい。
あちこちに、腕や肩、足を怪我した人がいて時折喧騒の中に悲鳴が聞こえた。

不安なのは住民だけではない。
私達も例外ではなく、早く何とかしなければと言う気持ちでこの混乱の中を歩いていた。















「…はあ」
「大丈夫か?」





灯台の前に着いた頃には、杖を握る手も額も背中も汗でびっしょりと濡れていた。





「大丈夫!」
「そうは見えないけどな…無理はするなよ?」
「心配してくれるのは嬉しいけど、私が大丈夫って言ったら深追い禁止!」





まるでお兄ちゃんみたい。
あ、セネルはお兄ちゃんか。

等と納得しながらも、私はその横を腰を屈めて歩く。





「…心配するなって言う方が無理あるだろ」
「何で?」
「何でって…折れてるんだろ?骨」
「ああ、それなんですけど」





「思い出した」、と言わんばかりに声を上げたジェイに私達は二人して視線を移す。





「僕、それに些かな疑問を感じるんですよね」
「…なにそれ」
「折れてるなら足を着いて歩く事なんて出来ないですよ、普通は」





私は自らの足を擦りながらジェイの言った言葉に小さく頷く。





「今まで骨折った事ないから本当に折れてるのかって言われたら分からないけど…」
「……」
「でも、こんなに痛いの初めてだか…ら…」





屈んだ体に、フッと影が落ちる。
擦る手を止めもう一度顔を上げれば、思った以上にジェイの体が近い所にあった。

ジッと私を見るその瞳は影が掛かっているせいか少し暗い。

でもそれが気のせいだとか、影のせいだとかじゃない事が
次の瞬間、ハッキリ分かった。





「いっ…!?」





バキ、だったかゴキ、だったか。
それとも音なんてしなかったか。

軽く払われたジェイの足が、何処に当たったかは分からない。

だけど足から腰、腰から全てにかけて激痛が走り
一瞬宙へ浮いた体が、地面に強く叩きつけられた。





「いったあああ!」





地面へ落ちた腰か、払われた足か
もう、何処が痛いのかも分からないくらい、痛かった。

ドッと音を立て倒れた体は反転し、目を開ければ青い空とお日様を背負って私を見るジェイがいる。





「い、痛いよ!何、もう!!」
「本当ですか?」
「はあ…!?」
「逆に痛み、ひいてません?」
「何言って…」





そんな訳あるか!、と声を上げ抗議してやろうかと思った口が自然に止まった。

地面に衝突した腰は痛むけど、払われた足は不思議とそんなに痛くない。
ベッドで寝ていた時に比べれば、遥かに今の方がマシだ。

マシと言うか、違和感も痛みも、何も感じない。
望海の祭壇へ行く前の、普通の状態に戻っている。





「…嘘…」





打った腰を擦りながら、ゆっくりと立ち上がり自らの両足を地に付ける。

…気のせいじゃない。
間違いなく治っている。





「力を加減すれば、“一時的”に体の自由を奪う事が出来る」
「……」
「放っておいても治るものですが、逆に力を加えれば案外すぐ治るんですよ」





面倒な事は抜きにして、ジェイは私にでも分かるくらい簡単に説明をしてくれた。





「武術を専門とする人なら誰でも知っているでしょうね」

「…認めたくはないですが、ワルターさん程の人が知らないはずがありません」





ゆっくりと、足を摩る手が止まった。

ジェイの言葉に無条件で反応した頭はフルに動き出し
望海の祭壇での事を鮮明に思い出す。

私を殴り、蹴り飛ばしていたのはワルターだけ。

ワルターしか私に攻撃していない。
その体が今、すんなり元に戻ってる。

それってつまり、ワルターが私を助けてくれたって事だ。





「…なるほど」
「良かったね〜!元に戻って!」
「うん!」





自分の事のように喜んでくれるノーマに、私は大きく頷くと共に返事をした。





「よし!ワルター会ったら一発ぶん殴る!」
「は?」
「私に力加減した事、後悔させてあげなきゃ!」





そう言って拳を作り笑う私に、ノーマは呆れた表情を浮かべクロエは困ったように笑う。





らしいな」
「ふふふー」





祭壇での出来事に責任を感じているであろうクロエの控えめな笑みに
私は歯を見せ笑い返した。





「クロエも祖国に帰ったら殴りなよ!」
「?」
「あの場にいた兵士全員!」





「そうすればスッキリするよ?」と力こぶを作るように腕を曲げた私に
クロエは一言「考えておこうかな」と言って笑った。

これで少しでも、祖国の人達がした事を忘れてくれれば。
言っている事が無茶苦茶でも、クロエが笑ってくれるならそれで良かった。





「あー嬉しすぎてスキップしちゃいそう!」
「しそうと言うか、してるぞ」
「ターンなんかもしてみたりして!」





ぴょんぴょん浮かれて跳び回る私を見て嫌悪感を抱いている人間が一人。

ウィルの冷静な突っ込みに紛れ「治さなきゃ良かった」と小さく零れたその声を、
私は敢えて聞かなかった事にした。

だけど案外、神様って言うのは私の言動を見ているもの。





「う、お…!」





くるくると、片足で回り灯台の中に入った途端
ほんの小さな出っ張りに引っ掛かりガク、と足首が曲がり痛みが走った。

後ろに倒れる体に、ぐるりと反回転した視界。

何か支えを求め伸ばした手の先に何があったかは分からない。
だけどカチ、と言う軽やかな音がハッキリと耳に届いた。





「…あいつ、今何を押した?」
「あたしの経験からすれば、スイッチね」
「…何のスイッチだ…?」
「それは、多分―――…」





何とか受け身を取り、ホッとしたのも束の間。

ペタリとお尻を着け座る灯台の中心部はガタンと音を立て
地響きを立てながら、徐々に下降している気がした。





「…あれ…?」





外の光が、なくなっていく。

左右に見えるのは、コンクリートの壁。
ゴウン、と重苦しい音を立てながらどんどんと地上から離れている気がする。

いや、きっと気のせいなんかじゃない。





「…どうやら、昇降機が起動したようですね」
「んな…!飛び降りるぞ!」
「ゲ!?マジで言ってんの!?」
「判断が遅れれば死に至りますよ」
「まだ飛び降りるには低い方じゃ!」
「ど〜してアンタ等は次のを待つって考えが出来ないのよ〜!?」





何やら上が騒がしい。
何かと顔を上げた時、フッと大きな大きな影が私の体に被った。





ー!!」
「わっ!」





体を大の字に広げ、モーゼスは重力を味方に勢いよく私へ飛びつく。

空から男の子が降ってきた、なんて普通は女の子だろ、と心の中で突っ込みつつ
自分の上に覆い被さるその男の胸をぐっと押した。





「ちょっと、当たり所悪かったら私死んでるよ…!」
「安心せえ!ワイはそげなヘマせん!」
「ヘマとかそう言うんじゃないよ!飛び降りるなんて馬鹿のする事…!」
「スイッチ押して勝手に下へ行くのも馬鹿のやる事ですよ」





ストン、と軽やかに着地したジェイは私の言葉を遮り小さく溜め息を吐く。

その呆れたような、怒っているような視線に
私はモーゼスの胸に隠れるよう顔を引っ込めた。





のせいで死にかけたよ〜」
「私だって、スイッチがあるって知ってたわけじゃ…」





…いや、知ってたけど何処にあるかまでは知らなかった、と言うのが正解。

思いっきり足払いされたかと思えば、体が自由に動くようになって。
調子に乗ってまた転んで、落ち着いたかと思えば
図体だけがデカい男に思いっきり体当たりされて。

この数分数秒のドタバタで忘れそうになったけど
下から吹く冷たい風と磯の香りに此処が何処かを思い出す。





「灯台の中に、何で昇降機があるんだ…?」
「それに…海の香りがする」





下に進むに連れて、皆の顔にも怪訝な色が浮かび上がった。

そんなの、当たり前だ。

いくら海の近くにある灯台だからと言って
灯台の中から海の香りがするのは不自然と言うか、不可解だ。

混乱する仲間達を乗せ動いていた昇降機は
ガタン、と大きな音を立て止まる。





「…行くぞ」





シンとした空気が漂う中、皆が皆互いの顔を見つめ
光の漏れる方へと足を進めた。










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修正:11/12/12