目を開けば、そこは言葉の通り“闇”そのものだった。
「…皆?」
誰もいない。
声も聞こえないし、気配も感じない。
暗闇にいるのはどうやら私だけのようだ。
段々と暗闇に目が慣れる。
やっと自らの手を確認する事が出来た。
それでも色の認識やちゃんとした形を捉える事は出来ない。
ふと顔を上げれば、遠くに小さな灯りが見えた。
灯りは今にも消えそうなくらい弱々しい。
私は唯一の目印が消える前に、その灯りへと近付いた。
でも。
「…なんで…?」
ある一定の距離近付くと、その光は私を近付かせまいと遠ざかる。
不思議だと感じ止まれば、その光もそれ以上は離れようとはしない。
耳を澄ませばカリカリとペンが紙に引っ掛かる音が良く聞こえた。
目を凝らすと、灯りはある物に当たって水平に切れている。
恐らく机か何か、遮るものがあるのだろう。
更に更にと知りたがる私の目は気が付けばぎゅうっと細くなっていた。
そして確かな事実を見つけると大きく見開く。
「…その、本」
カリカリ、カリ、と一定のペースで聞こえる音に合わせ
誰かが紙の上でペンを動かしている。
紙に染みる黒いインクを色褪せた形で見た事がある。
つい最近、赤い表紙の古書を、私はそのペンと同じように指でなぞった。
「誰が、書いてるの…?」
僅かな範囲しか照らされていないそこに、誰がいるかは分からない。
ただそれが何をしているかは良く分かった。
ジェイに渡された英語だらけのあの本を
今目の前で、書いている人がいる。
「今度こそ、今度こそ役目を果たせるように」
声が響く。
「そして、全ての人への復讐の為に」
頭の中ではなく、この暗闇の中で。
「真実を、一つ残らずここに記そう」
でも、まだ遠い。
声も、景色も、真実も、まだ私が知りたいと願う事には到底辿り着いていない。
「役目って何?」
「…」
「…日本語で書いてよ…」
「……」
返事はない。
私の声はきっと、向こうにはこれっぽっちも聞こえていないんだ。
「願わくば、破壊の…に…を…」
声が、遠くなる。
「ま、待って!」
遠ざかる景色へと手を伸ばす私を余所に
人影を照らしていた光はフッ消えた。
「!!」
ハッと我に返る合図は、暗闇で響いていた声とは違う聞き覚えのある声だった。
「わっ…!」
飛び付くように私へ駆け寄り、強い力で抱き締めて。
香りや視界の端に映る髪色ですぐにセネルだって気付いた。
だけど何でこんな事になっているのかは分からず
混乱した状態でセネルと共に勢いよく床に倒れる。
そして、その肩越しに見えた光景に驚き目を見開くと同時
凄まじい雄叫びと地響きに、息を呑んだ。
「え、あ、私、いつここに戻って…!」
気が付けばそこは暗闇ではなく、私達が先程までいた火のモニュメントだ。
「ッ大丈夫か!?」
「う、うん…!」
「気を付けろ!ゲートだ!」
ウィルはゲートの目の前で初級術を放ち、相手を一瞬怯ませる。
その隙にセネルは私を抱えたまま駆け出し、安全な場所へと退避した後自分だけ前線へと戻って行った。
再び雄叫びを上げたゲートは尻尾に付いた火を私達の前で振り払い
飛び散る火の粉で後衛の詠唱さえも邪魔をする。
「!弱点分かってるよね!?」
「も、もちろん!」
今の目的、それは目の前にいるゲートを倒す事。
暑さで体力を奪われ続ける私達にとって、戦闘が長引けばそれだけ勝率が下がる。
一瞬でけりをつける為にも、私は詠唱を始めるノーマの横、
立ち上がり腰にぶら下げた筒へと手を伸ばした。
「弱点は…」
数本の短剣を握り、暴れるゲートの動きをじっと観察した。
「目!」
自分の体が浮くくらい勢いよく短剣を投げればスト、と敵の頬に刃が刺さった。
急所は外れたものの痛みに暴れるゲートは体を大きく傾ける。
状況が有利に傾き「よし」、とガッツポーズをする私の横で
何かがブチッと切れる音がした。
「だ〜も〜!の馬鹿!あほお!」
「んなっ…何でよ!!」
「ブレス系なら、真っ先にこっちを思い出してよ!」
「ブリザード!」
「フリーズランサー!」
「アクアレイザ〜」
吹雪がゲートを襲い、その分厚い皮膚をも引き裂く氷柱が刃となり飛んでいく。
怯む隙も与えず更なる追い討ちをかけるグリューネさんは
穏やかな声とは裏腹に、高圧の水流で敵の身を切り裂いた。
ズシン、と大きな音を立て倒れるゲートは
それ以上私達に危害を加えてくる事はない。
勝った、そう分かった瞬間ホッと気が抜けたのと同時、
ノーマが言っていた言葉の意味を理解した。
「あー…弱点ってそっち?」
「そっちもこっちもないっての!」
「でも、私の弱点も外れてた訳じゃないし」
「も〜…こんなお馬鹿さんよりグー姉さんのがよっぽど戦えるよ」
「もう見捨てたと言わんばかりに言わないでよ!」
「大体、ブレスならブレスって言って―――…!?」
ノーマにとっつくよう両手を上げ、大きな声を上げた時
カッと、今までよりも一層強い光が私達を包み込む。
小さな悲鳴が辺りから聞こえ、その眩しさに耐え切れず目を閉じた。
…―――メルネス様、どうしてご自分の命を…!
…―――全ては陸の民のせい…!
…―――光跡翼は忌まわしき存在。しかし今の私達にはどうしても必要なもの…。
…―――アイツを…メルネス様を殺したアイツを殺すためにも…!
…―――次世代のメルネスよ、どうか新たな光を…!
閉じた目をゆっくりと開く。
数度瞬きをした後、体を起こし辺りを見渡せば
先程まで私達がいた場所とは違う光景が広がっていた。
磯の香りを運ぶ風が汗を冷やし、肌寒さに身を寄せる。
「どうやら入り口に戻ったようですね…」
「何か、どっと疲れが押し寄せてきたんですけど…」
「私もだ…何だ、この感覚…」
ふる、と身震いをした途端頭がぐらりと大きく揺れる。
ノーマとクロエが言った通り、体が予想以上の疲労を訴えていた。
「…あの、会話…」
似ている。
ゲームをしていた時、火のモニュメントで聞いた最後の会話と。
でも、似ているけど何かが違う。
…アイツって…。
「誰…」
もしかして、私…?
まだ確定した訳じゃない。
そう、何度も繰り返し言い聞かせた。
でも私がいる事で過去の会話が変わっているんだ。
ならきっと、聞こえた声の中、話題になっていたのは…。
「皆さん!!」
瞬間、聞き覚えのある声にハッと思考が停止する。
声が聞こえた方へと振り返れば、小さなシルエットがこちらに近付いてくるのが分かった。
「キュッポにポッポにピッポ!?どうしてここに?」
初めに声を上げたのはジェイ。
だけども皆言いたい事は同じだろう。
「ジェイ達が灯台の中に入ったと聞いて来たんだキュ!」
「あちこち探したキュ〜」
「皆さん、疲れてるみたいだキュ!ピッポ達のキャンプに来るキュ!」
「キャンプなんていつの間に…」
疲れきった私達にこれ程良い話はない。
有り難くキュッポ達のキャンプを使わせてもらう事にし
「ありがとう」と笑顔を見せれば、キュッポ達は嬉しそうに体を動かした。
「早く行こ行こ〜疲れちゃった」
「あ、うん」
覚束ない足でキャンプ地を目指すノーマの背中を追うように足を一歩前に出す。
「うわっ…!」
瞬間、柔らかい砂に足を取られガクリと大きく体が傾いた。
砂地の上だと言うのに派手な音を立て転ぶ私に気付き
皆は進む足を止めて振り返る。
擦り傷の出来た手首がヒリヒリと痛み
乾ききっていない汗と砂がくっつき、胸元が何か気持ち悪い。
「…何してるんですか、もう」
「ご、ごめん…何か、足が思った以上に動かなくて…」
「建物内では先に行ったかと思えば、今度は遅れたり…」
愚痴愚痴と文句を言うジェイにむっとしながらも
ゆっくりと立ち上がり、服についた砂を掃う。
「あ…セネル、そこ」
「ん?」
視界の端、輝くそれを見つけ指差せば
私に呆れ返っていたジェイも、そちらへと視線を向けた。
「何だ…碑版か何か?」
「何かの手がかりになるかもしれませんし、一応持っていきましょう」
ジェイの提案に「そうだな」と頷くとセネルは碑版を持ち上げる。
重そうに見えるそれを軽々と上げてみせる姿に「おお」と声を上げれば
「出来て普通」と嫌味のない笑みで笑われた。
「、胸元にも砂がついちょる」
「え、ああ…さっき転んだ時についたんだ」
「ほれ」
「あ、ありがと……って…」
砂を掃う、と言うよりは一粒一粒摘むような手の動きに違和感を覚える。
モーゼスの優しさにお礼をして数秒
その真意は目の前の男の顔を見ればすぐに分かった。
「へ、変態!ナチュラルに触らないでよ…!!」
「減るもんじゃなかろう」
「増えるものでもないですよ」
「うるさいなあ!!よってたかってイジメやがって!」
「疲れてるのに元気だなあ…」
ギャーギャーワーワー騒ぐ私達(正確には私だけだったかもしれないけど)に
大きな大きな溜め息を吐くセネルの表情にも疲れの色が見えている。
ここで話していても仕方がない、と私達は再びキャンプ地へと向かう。
地を踏む度に微かな震動が脳に響いて、体がフラフラした。
火のモニュメントからキャンプ地に着いてすぐ
皆が取った行動はその場に突っ伏せて寝る、と言う事だった。
歩き回り、変な映像を見せられれば
自分たちが思う以上に疲れているのは当たり前だろう。
それは勿論、私だって例外ではない。
むしろキャンプ地に着き一番最初に倒れたのは私だ。
疲れていた、それだけで説明のつく事ではあったけど
何となくそんな気はしなくて。
何となく、本当に何となくだけど。
海に近付くと誰かに疲れを取るよう施されているような。
そんな気がした。
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修正:11/12/12