目を開ければ、また暗闇。

私の世界は前に見た光景とほとんど変わらない。
一つ違うのは灯りが照らす範囲だ。

前は紙の上を走るペンを見るのも精一杯だったのに
今はそのペンを握る腕が見える。





「ッ…!」





そして、その腕が無数の傷を持っている事も分かった。

早く治さないと、と走り出せば景色はすうっと遠くへ行ってしまう。
どんなに走ってもその距離は縮まる事も、そして離れる事もなかった。

…あの傷を癒す方法は、ないんだ。





「もう、痛みすら感じない…」

「…痛いって、何だったかも思い出せない……」





「ただ、ただ役に立てれば良かったのに」

「今…あるのは、憎しみだけ…」





「水の民への、陸の民への…人類への、憎しみだけ」





「に…し、み…ダケ…」















「気をつけろ!ゲートだ!!」





聞き覚えのある声に現実へと連れ戻される。
今度はセネルじゃなくてウィルの声。

冷気を放つゲートは私達に向かい氷のブレスを吐き出し威嚇をする。





「弱点は火だな!」
「うん!」





私の返事を合図に、ウィルとノーマは一斉に詠唱を始めた。

前衛はゲートの放つ冷気に苦戦しつつも
私達がブレスを撃つ事で出来た隙を突き、着実にゲートへダメージを与えた。

この調子なら恐らく苦戦する事もなく勝てるだろう。
そう思っていたその時。





「あらあ、これは効かないのねえ」





すぐ隣からのほほーんとした声が聞こえ、つい詠唱を紡ぐ口を止めてしまう。

水や氷に耐性のあるゲートに向かい海属性のブレスを放ったグリューネさんは
「どうしてかしら」と言わんばかりに小首を傾げていた。

「グリューネさん、火だよ!」と注意する私の声も届いていないのか
困ったと眉を下げるグリューネさんは、今度はパッと明るい笑顔を見せる。

何となく嫌な予感はしたけど、それが見事に的中。





「そんな子には、やっぱりこれよねえ」
「ッはあ!?」





よいしょ、と手に持つ壺を肩まで持ち上げると
グリューネさんは前衛のいる方…つまりゲートへと近寄って行った。

前衛としての訓練を積んでいないグリューネさんがあのゲートに触れれば
間違いなく凍結してしまう。

何か手はないかと道具袋を漁り、何もないと気付き思考を巡らせている間に
グリューネさんはもうゲートの傍で、高々と壺を振り上げていた。





「ッシールド!!」





間に合え、と半ば乱暴に唱えたブレスは
グリューネさんの周りに見えない盾を作る。

壺を叩き付けた時に、見えないソレがガラスのように粉々に割れる音が聞こえた。

グリューネさんはニコニコと笑い首を傾げ
大した怪我もなくホッと安堵の息を漏らした仲間達はガクッと項垂れる。





「あらあ、ゲートちゃんお休みのようねえ」
「って、グー姉さんがトドメかい!」
「な、何でも良いけど間に合って良かった」





氷のモニュメントに入ってから寒い寒いとは言っていたけど
正直、グリューネさんには一番ひやっとさせられた。

もうこんな思いはしたくないと、額の汗をすっと拭えば
何処からともなく現れた光に、また意識が奪われる。















…―――何をしている!早く殺せ!煌髪人共を殺せ!

…―――化け物を海へ追い落とせ!


…―――陸の民どもめ…よくも!貴様達さえ来なければ!

…―――メルネスだけは何としてもお守りしろ!





…―――何をしている!傷付く痛みを忘れろ!お前はメルネスを殺すために生まれたのだぞ!

…―――少しは役に立ってみろ!!この―――…





…―――…水の民よ、今こそ皆を箱舟に乗せて送り出そう。

…―――幾万の同胞の血を吸った忌まわしき大地と決別するのだ。





…―――陸の民のくびきを逃がれ、今こそ新たなる始まりを…!















「…入り口に戻されたようですね」
「ああ、そのようだ」
「……」





何でだろう。

心が痛い。
体が痛い。

まるでさっきの言葉、自分に言われているようだった。





「…腕、が」
「どうした?」





暗闇で見た無数の傷が忘れられない。
見ているだけでこっちが痛くなる程の生々しい傷跡が。

だけど不思議だ。

まるでその傷が本当に私の腕にも出来たみたいに痛い。
切り傷、擦り傷、火傷、痺れ、何て表して良いかも分からない。





「痛い…」
「見せてみろ、ブレスを使う」





ウィルは腕の関節を押さえる私の手をどけ袖を捲る。
そこには勿論傷一つなく、ウィルは顔を顰め私とその腕を交互に見た。





「大丈夫か?」
「あ…ご、ごめん…もう治っちゃった!」





笑顔を向ければウィルは「そうか」と言って私から離れる。

きっと、あの光景と自分が重なってしまっただけ。
それかきっと、疲れてるだけなんだ。

そう、疲れてるだけ…。





…―――少しは役に立ってみろ!!この―――…





…痛い。















「…?」





背後から聞こえるセネルの声に
ジェイは内心「ああ、またあの人が問題を起こしたのか」と愚痴を零す。





「セネルさん、さんなら大丈夫と言っているんですから放っておいても―――…」





振り返り、の姿を見るとジェイの声は消えた。

うつ伏せに倒れる少女。
黒い髪が砂の上に散らばって、その手は砂を握ったのを最後に意識を手放している。





「…疲労からですね」
「ジェイ…?」





近付き髪についた砂を掃い、ジェイはの体をゆっくりと抱き上げる。

ダラリと垂れた手から砂が零れ
規則的に聞こえる呼吸の音に生きている事を確認し、皆はホッとした。





「行きますよ」
「…ああ」





歩き始め、体が揺れようともは起きる事はなかった。

でも、それで良かったと少年は思う。
ここで起きられたら、最悪だ…とも。










「ジェージェー自分で気付いてんのかな〜」
「…何がだ?」
への お も い だよ」
「…ノーマはどう思うんだ?」
「あたしは今の状況が楽しいから何でも良いけどさ?」





「でももし、あの二人がくっついちゃったら―――…」

「…―――最悪の組み合わせだと思う」





トーンが下がる。
いつも騒がしいノーマからは想像も出来ない程の低い声。

一緒に話しているセネルも戸惑いを隠せず彼女を見つめる。





「何でだよ」
「もち、相手の事しか考えてないから」
「良い事じゃん」
「自分を分かってない奴が人を幸せにする事なんか出来ないよ」










「……聞こえてるんですよ」





全く、と息を吐くジェイの胸の中では
すう、すう、と小さく音を立て眠りについている少女が一人。

何も知らない無垢なその寝顔にホッとしながらも
それ以上にこみ上げる悲しみにも似た感情は、一体何なのか。





「……自分を理解しすぎて困っているんですがね…」





自らを嘲るような言葉を零し、何度目か分からない溜め息を吐くジェイは
胸の中で眠る少女の温かさに目を細めた。





「ジェイ…」





はゆっくりと少年の名前を紡ぐ。

起きたのか、と体を跳ねらせたジェイの心配とは裏腹
はむにゃむにゃと口を動かし、再び寝息を立てた。

「ああ、寝言か」とホッとしたのも束の間。





「一人…メ…」
「?」
「一人になっちゃ…」





「皆、いるから…」





ピクリと反応した指先は、思った以上にの体を大きく揺らした。

「ん」、と小さな声が漏れた時には自分が動揺を露にしている事に気付き
ジェイの体はカアっと熱くなる。





「ッ…!?」





そんな自分を信じたくない、取り払いたいと言わんばかりに
ジェイの手は少女の体を支える事を放棄した。















「いったあ!!」





ヒリヒリでもない、どちらかと言えばズキズキに近い痛みに
涙目で辺りを見渡せば、私を見下すジェイの姿がすぐそこにあった。





「お目覚めですか?」
「もーさいっあくのね…!!」





ジェイの小馬鹿にするような態度にこっちも突っぱねた態度を取った後
私はある違和感を覚え、再び辺りを見渡した。





「ここ、どこ…?」
「もうすぐキャンプ地ですよ。ここからは自分で歩いて下さい」
「自分でって…運んでくれたの…?」





「私を落とした張本人が」、と内に思いながらも
ピクンと揺れた肩にそれが本当だと気付く。

悪態を取ってしまったからか、何とも言えない沈黙が続き
小さな掛け声と共に私は痛む体を起こした。





「陰で優しくされたら、お礼言えないじゃん」
さんは表で優しくするのやめて下さい」
「私、なんもしてないよ?」
「してるんですよ、ウザいくらいに」





「これ以上は、本当に止めて下さい」

「僕、気に入らない物は壊す性質なんで…それも忘れないように」





反論の隙も与えない程、ジェイは鋭く言葉を放つ。
言葉を詰まらせる私を置いて、ジェイはさっさとキャンプ地に行ってしまった。





「、訳分かんない…」





自分は優しくしといて、私には優しくするなって。
それって結局、仲間でもなんでもないじゃん。





「ジェージェーになんて言われた〜?」
「訳すと『お前これ以上余計な事したら殺す』、かな?」
「おお、怖い怖い…ジェージェーおっそろし〜」
「…そんな事、ないよ」





表向きは、いっつもそう。
嫌な役目ばっかり背負って、でも辛そうな顔は全然見せない。

今日だって寒いのを我慢して私に服を貸してくれた。
いつの間にか気を失ってた私を、ここまで運んでくれた。





「ジェイは、凄く優しいよ」





じゃなきゃ何にも役に立たない私と
ここまで一緒に来てくれてるはずがないんだから。





「ふ〜ん、へ〜、ほ〜」
「何その反応!ジェイは本当に…って、何でニヤけてんの」
「いや〜はジェージェーの事本当に好きなんだな〜って!」
「またまたー!ノーマだって好きなくせに!」





肘でノーマを突き、からかって見せる私に
ノーマは今までとはあからさまに違う反応を見せる。

その顔にはガッツリ「つまらない」と書いてあった。





「ちょっとその顔―――…」

「え、あ、何?」





いざノーマに文句を言ってやろうと口を開いた時
反対側から声が聞こえ咄嗟に振り返る。

セネルはこちらを覗き込むよう顔を傾げ
私は急に呼ばれた事に驚きながらも返事をした。





「痛くないか?」
「へ?何が?」
「体だよ。急に落とされたんだろ?」
「ああ!大丈夫だよ、これくらい!」





ジェイが気遣ってくれたからか、または地面が柔らかい砂の上だったからか
体はこれっぽっちも痛くない。

私はまた隠れたジェイの優しさに気付くと同時、ぴょんぴょんとその場に飛び跳ね笑顔を見せた。





「辛かったら倒れる前に言ってくれよ」
「そんなつもりはなかったんだけどなー」
「少しは頼れよ」
「勿論!」





へへ、と笑う私の横でセネルは「本当か?」と同じように笑みを零す。

セネルはきっと気付いていないんだろうな。
私にとって、仲間の笑顔がどれだけ救いになっているかを。





「あ〜ヤバイ!こりゃ本気で面白いや!」
「ノーマ、そのうちにばれるぞ」
「あれあれ?クーは参戦しなくていいの〜?」
「なっ…!?」
「…ま、でも多分は一生気付かないだろうからさ。ゆっくり頑張りなよ」
「ノーマ…!」
「お前ら、喋ってないで早く歩け」
「あ、あぁ…」










キャンプ地に着いた途端、もう目を開けている事すら無理だと感じた。
後から来たノーマ達もその疲労に抗う事が出来ず、深い眠りにつく。

そして目を覚ませば、いつも通りの暗い暗い、夜の空だった。










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修正:11/12/12