「さっさと起きる〜!!」
「ん、お…」





辺りの騒がしさに声を上げながら目を擦る。

目の前には眉を吊り上げ文句言いたげなノーマの顔。
そしてその後ろには閉じた空。





「もしかして寝過ぎた…?」
「皆準備出来てるよ〜!も早く!」
「す、すぐ行く!」





ガバッと勢いよく起き上がり、すぐ横にある必要最低限の荷物を手に取った。
今日はあの重たい本を置いていく事にし、杖と短剣だけ。

潮風のせいで痛んでいる髪を軽く手で梳かし
すう、と大きく空気を吸い込み、そして吐く。

いつもなら起きて十分は眠い眠いと連呼する私だけど
今日に限って、寝起きだけは最高に良かった気がする。





「よっし!早速行きますか!」
「おぉー!」
「オォ〜!」





返事をしてくれたのはグリューネさんとノーマだけ。
でも、他の皆も軽くは頷いてくれた。

目指すは、雷のモニュメント。















黄色と黒でカラーリングされたその建物を目にした時
他の二つの場所と同様、何とも言えない空気の変化を感じた。

何故かその周りだけ、閉じた空が青ではなく暗雲に包まれている。

ゴロゴロと嫌な音がし、雲の間は不規則に光り
「あ、くるな」と思った矢先凄まじい雷鳴と眩しい程の雷がモニュメントの入口に落ちた。





「ぎゃひぃ!」
「キャアア!!」





雷が落ちた瞬間、聞こえてきたのは下品な声と可愛らしい叫び声。

雷を怖いと感じない私にとっては(落ちてくるって知ってたし)
二人の叫び声の方が心臓に悪かった。





「…モーゼスさん、子供じゃないんですから」
「もしも〜し、クー?」





ジェイが溜め息混じりに言葉を発し
ノーマは自分の腕に引っつくクロエを何とか離そうと、呆れながらも背中を摩っていた。





「す、すまない。いきなりだったものでつい…」
「どうもデカイ音は苦手でのう…」
「…クロエかわいそー…」
「?」
「モーゼスと同じなんて…」
!!」
「冗談冗談!」





本気で声を上げるモーゼスに私はアハハと笑う。
納得がいかないと言わんばかりにモーゼスは口を尖らせ、クロエは困ったように笑っていた。





「そう言うは雷平気なんだね〜」
「うん、全然平気!」
「じゃあ何がダメなんだ?」
「それは勿論、おば―――…」





プツンと、声が止まる。

それが故意的だったのか、はたまた無意識だったのかは自分にも分からない。
多分、自然と故意的に止めたんだ。

何故止めたかと言えば、これを暴露したところで得になった事が一度もないから。

「似合わない」と引かれるかからかわれるか、
その二択ばかりを体験してきた私だから、自然と口が止まったのだ。





「おば?」
「おばあちゃんの事か?」
「おばあちゃんが苦手だなんて、変わってるな」





あ、いっそその勘違いを利用してしまおう。
「頑固で厳しいおばあちゃんだったの」と言ってしまえばそのまま何事もなく会話が終わる。





「そ、そう!頑固で厳し―――…」
「本当に、驚きました」
「、い」
「まさかさんが、この世に存在しないお化けが怖いだなんて…」
わあああッ!!!





すぐ隣にいたセネルが驚き目を瞑る程の大きな声は、間違いなく私の喉から出たもの。

飛びつくようにその口を塞ぎ、有り余った力はそのまま少年の体を仲間の輪から押し出す。

突然奇妙な行動を取った私に仲間の皆は目を丸くしてたけど
私の苦手な物をサラリと言い当てた奴…ジェイだけはいつも通りの表情を浮かべていた。

口を塞がれ、体を無理に引っ張られてもこれっぽっちも動じていない。





「ジェイイィ…!」
「何ですかそんな声出して」
「出すよ、出るよ!何でってアンタのせいだよ…!」
「すみません、知らなかった情報だったのでつい」
「じ、情報って…人の苦手なものをなんだと思って…!」
「でもさん、そう言う類のものが苦手なら気をつけた方が良いですよ」





ぽん、と肩を叩かれ、ジェイの口が私の耳にスッと寄る。

思いがけない至近距離に驚き、耳に掛かる吐息に目を細めれば
心臓は思った以上に強く脈打った。

そしてジェイは間違いなく、面白そうに目を細め
クスリと一つ笑みを零しこう言ったのだ。





「この地下空間、いかにも出そうですから…」





私は誓った。
いつかジェイの弱点を見つけたら真っ先に復讐してやると。















「むしあつっ!」





モニュメント内に入り、始めに声を上げたのはノーマだった。
扉から漏れ出すむわっとした空気に、私も同じ事を口にしようとしていたけど。





「この湿度…雷雨の発生する条件をわざと作っているのかもしれんな…」
「いい迷惑…」
「そう言う問題でもないだろ」





つい零れた私の本音にセネルが軽く突っ込みを入れた時
ゴロゴロと、また不穏な音が聞こえる。

「落ちるかも」、そう思ったと同時に私達の周囲には数本の雷が降ってきた。





「ヒョォオオ!!」
「うおっ!?」





ドンッ、と真横から衝撃を受け、品の無い声が口から飛び出す。
その真横からぶつかってきた犯人は、またまた品の無い声を上げたモーゼスだ。





「あつ!べたつく!」
「な、なんじゃあここは…!」
「良いから離れて…!」
「む、無理じゃ…」
「って…本気で怖がってる?」





私の体にへばりつく大きな体は
心無しかカタカタと小刻みに震えている気がする。

勿論、寒くて震えていると言うわけではない。

体を剥がそうとするとその数倍の力で離れまいと締め付けてくる。
何だか、夜に怯える子供みたい。





「…しょうがないなあ」
「?」
「出来れば私クロエの方が良かったんだけど…」
「何の話じゃ」
「良いから、手」





否定的でない言葉を紡げば、モーゼスは体を離す。
そして、おずおずと湿った手を私の手に絡めぎゅうっと強く握った。





「手繋いであげるから、もう抱きつくのは禁止だよ」
「オ、オウ…」
「モーすけ男のくせにカッコ悪〜」
「うっさいわ!」





ノーマの言う通りだ、と心の中で呟き笑みを零す。

こんなに大きくて、いつもは怖いもの知らずなのに
今は誰かに手を握ってもらわなきゃ歩けないなんて本当意外。





「雷くらい克服しなきゃ誰もお嫁さんに来てくれないよ?」
が来てくれればええ」
「私は雷平気なモーゼスでも行く気ないかもよ?」
「サラリと凹ますな!!」





「ド畜生…!」と悔しそうに唇を噛むその横顔に耐え切れず噴き出した。
その後モーゼスが「笑うな!」と拗ねた子供のように叫んだのは言うまでもない。















雷のモニュメント。

直接痺れる訳ではないが、床には電流が走っている。
定期的に光る地面ばかりを見てると目が悪くなりそうだ。

でも、そんなのハッキリ言って些細な事。

私が感じている不快感は、建物のせいではない。
今正に間違いなく、この手を通って、隣の男から感じているんだ。





「…モーゼス、手汗が酷い」
「いつ雷が落ちてくるかと思うと、ヒヤヒヤしてしまってのう…」
「…服引っ張ってくれた方が良いかも」
「おう、分かっ―――…」
「あーでも待って!服が濡れるのは嫌!っていうかモーゼスの汗が嫌!!」
「なんじゃあそれ!」
「…もう、光の前なんだが」





不機嫌なウィルの声に導かれるよう、私は慌てて前を向く。
そこには私達が探していた例の光があり、お喋りな口もピタリと止まった。





「何が見えるにしろ楽しい物ではないのは確かだ」
「セネルさん、本当に大丈夫ですか?」
「どうしてそんなに念押しする」
「セネルさんは他の人に比べ煌髪人に対する思い入れが強いですから」





ジェイの冷たい言葉に返事もせず、セネルは光に近寄る。
まるでこの行動こそが自らの意思だと言うように。





…―――大沈下という言葉、破壊の少女なら知っているだろう。





初めての問いかけかもしれない。





「…知ってるけど」





素直に答えてみせた私の声は、轟く雷鳴に掻き消された。
どうやら次の光が返答をくれるらしい。





「今のは…流れ星か」
「なんであげなもんが見えたんじゃ…」
「分かりませんよ、そんな事」





とりあえず次を見なければ分からない。
それは私にとっても皆にとっても同じだった。

早く知りたい。

そんな気持ちが体を急かし、誰よりも先に前へと出た。
だけどもその行動は、またしても隣にいる男に邪魔される。





!」
「…何?」
「もうちょいゆっくり進んでくれ!雷が落ちてきた時の対処が出来ん!」
「別に私じゃなくても他の人に―――…」
「頼むわ!じゃないと足がすくんで一歩も動けん!」
「…分かった」





そんな泣きそうな顔で言われたら断る事も出来ない。
「弱虫」とか「チキン」とかその場で言いたい事は山程あった。

けどモーゼスの「すまんの」と言ってホッとする顔を見ると悪い気はしない。
むしろこんな私でも頼ってくれる人がいた事に、こっちが安堵した。










二つ目の光。





「モーゼス遅い…!」
「すまんのう」





私達が着く頃には既に皆の準備は整っている。
皆の元に辿り着いたと同時に軽く頷けば、皆も一度だけ頷き光を見た。

その手が光と触れ合った瞬間、再び声が聞こえる。





…―――大沈下…私の力を用いても、大陸の半分しか残せなかった。





大陸の半分…。

『大陸の半分も残ってしまった…』と言う言葉なら聞いた事がある。
でも、『大陸の半分“しか”残せなかった』と言う今聞いた言葉。

それは私の知っているテイルズオブレジェンディアではない。

この人が、大沈下の被害を小さくした…?





「海…?」
「海だったわねぇ」
「流れ星の次は海かい」





私は今、私の知っている知識とは異なる事を教えられている。
私の知らない部分を、明確に、かつ迅速に―――…。





「……ふぅ…」
「…」
「セネルちゃん、ちゃん、落ち着いて。皆がついているわ」
「ああ…ありがとう、グリューネさん」
「……」
ちゃん、メロンするわよ〜」





良い香りが、フワリと鼻まで届く。
何かと思い顔を上げれば目の前にはグリューネさんの姿。

すっと腕を伸ばし、ぎゅっと私を抱き締めてくれる。
何で焦ってるって分かるんだろうって、不思議に思う私を置いて。





「大丈夫…落ち着いて」
「うん…ありがとう」





私の声を聞くとグリューネさんは満足そうに笑い、そして静かに離れる。
それにぎこちない笑顔を見せるとグリューネさんはまた優しく笑ってくれた。

知らなきゃ、全部を。

一度大きく深呼吸をして、前を見る。
そして大きな一歩を踏み出した。





「…」
「クカカ!すまんのう!」
「まだ怖い?」
「オウ、けどの手握っちょると安心出来るんじゃ」





そう言ってモーゼスは照れ臭そうに笑う。
だけど歩みを止められた私の被害を考えると、それだけでは明らかに不公平だ。





「ホレ、早う行くぞ!」
「いつか借り返してね!」
「分かっちょる分かっちょる!」





本当かなあ、なんて疑う私の目にも気付かないフリをして(または本当に気付いてないのかも)
モーゼスは前だけを見て、ニコニコ笑ってる。

…私は。





「……」





何か、上手く笑えない。










三つ目の光。
私達が着いた頃には既にセネルとクロエはその光に触れていた。

心の準備が、と駆ける私を余所に世界は白に包まれる。
その光は、今までよりも輝きを増し感情的に見えた。





…―――多くの陸の民の期待を裏切った。

…―――本当は嫌いでなかった水の民の希望を打ち砕いた。

…―――死んだ人、生きた人…皆が私を、嫌った。





「大きな水柱だったな…」
「お〜い!誰か〜!もっと分かりやすく説明してよ〜!」





ノーマの叫んでる声が聞こえる。
その声を聞いた時、私は全く逆の事を思っていた。

馬鹿な私には到底分かる事の出来ない説明だったら良かったのに、って。

ここまで説明されれば、私だって分かる。
陸の民の傲慢さを、それを知って尚、ソノ人を敵視した水の民の残酷さを。

大沈下のせいで犠牲になった人達の、何倍もの痛い思いをした人の存在も。





「もう少し調査をしましょう。このままでは判断がつきません」





ジェイの言葉に皆は一つ頷く。
私も頷きはしたが、その頷きは他の人には分からない程、浅い物だった。















道を抜け、拓けた場所に着いた私達を歓迎するよう、数歩先に雷が落ちる。





「ぎゃひぃい!!」





ドン、と横から来る衝撃。
それが何かは、考えずともアッサリと出てくる。





「モーゼス、約束破ってる…」
「す、すまんのう」
「…でも、怖いならしょうがないけどね」
は優しいのう!」
「良いから良いから」





ワンコみたいにパタパタと見えない尻尾を振るモーゼスを適当にあしらい、
私はクロエの方に目をやった。

何のハプニングがあったのか、クロエは誤ってウィルに抱きついていた。
セネルはそんな二人を見て多少の距離を置き困ったように笑っている。

「可哀想だなあ」と、酷く他人事のように考えていた。
少なくとも、いつもならもっと親身になって皆の気持ちを考えているのに。

いつも通りのはずなのに、何処かに行ってしまった感情。





「…私、先行くね」





仲間より優先するものなんて、これまでも、この先もないと思ってた。
だって、この人達と一緒にいたいっていつも思っていたから。





「ちょっ…待てい、…!」
「あ、この先雷落ちないから大丈夫!」
「…」
「信じて」





モーゼスから返事はない。
ただ、私に絡み付いていた腕がスッと離れる。

私はそれを無言の肯定と受け取り、目の前にある扉をくぐった。

知りたい。

たくさんの人の為に、体も、心も、全てを捧げ
こうして私達が生きていける場所を作ってくれたのは、誰なのか。















「モーすけやるじゃん」
「何がじゃ」
「あたし等にバレないとでも思った?まぁ、は気付いてなかったみたいだけど」





少女が去った道を呆然と見つめる青年は
いつものように笑い冗談を言う事もない。





「…デカイ音は本当に苦手じゃ」
「“がいなきゃ足がすくんで一歩も動けない”程?」
「…んなわけあるかい…あんなん、ただ止めとく為の口実じゃ」
「でもここまで来てそれも無意味、と」
「おしかったわねぇ、モーゼスちゃん」
「…何焦っとるんじゃ、…」
「さあ?それはちゃっちゃとここ出て本人に聞いてみないと」





「…休憩も終わりにしましょう。後を追いますよ」





ジェイの言葉を合図に皆が立ち上がる。

ノーマだけは「休憩が足りない」、と不満そうに口を尖らせていたものの
それもお構いなしにジェイは前へと進んだ。










Next→

...
修正:11/12/13