辿り着いた先は、キャンプ地から少し離れた砂浜の岩の裏。
私達二人の身長ならすっぽりと納まる程の大きな岩で
皆からは決して見えない場所を私が選んだ。
「じゃ、ジェイから先!」
「…では」
向かい合い手を出して先行を譲る私を見て
ジェイは小さく頷くと、軽く咳払いをした。
「色々聞きたい事はあるんですけど、何から話して良いのやら」
「何でも来い!」
「元々、そのつもりですよ」
からっとした元気を見せる私にジェイは小さな舌打ちと溜め息を漏らした。
やれやれ、と下げた顔は数秒の間を置いてゆっくりと上がる。
私を真っ直ぐ見つめたと同時、真剣な面持ちへと変化した。
「何故、シリンダーの装置について知っていたんですか?」
「だから、夢だって」
「…どの場所も仕掛けが違うのに?」
ピクリ、と無意識に指先が動く。
他の皆ならきっと、私が解いた装置をそこまで深く観察していなかった。
だけどジェイは違う。
きっと私が解いた装置を一箇所一箇所、あの短い時間で見ていたんだ。
私が何処を押し、何処を動かしたのか、まるで逆算するように。
「…艦橋の時もそうです。貴女の夢はおかしい」
「夢を見れるのは肯定するとしても、
貴女は本当なら覚えていられない部分をしっかりと覚えている」
「“僕達が何処で何をしているか”ではなく
“僕達がそこへ行く為の術”まで、事細かにです」
顔を上げろ、と言わんばかりにジェイは私の肩をグッと掴む。
軽く後ろへと押されると、私の顔はアッサリと上がった。
ジェイの目に映る私の顔は、何だか酷く滑稽だった。
嘘と真実の間でグラグラと瞳が揺れていて
唇だけは笑顔を作ろうと必死だった。
「さん」
「、ジェイ」
「夢の記憶って、短時間で仕掛けを解いてしまう程明確に覚えられるものですか?」
「それは、」
やっぱり、ジェイの聞きたい事はそれだった。
何となく予想はしていたし、聞かれた瞬間は驚きもしなかったけど
返す言葉が見つけられない。
「…私、記憶力だけは良いから」
「そんな訳ないじゃないですか」
「何でそこ断定かなあ…」
冗談で言ったつもりなのに、声色は自分が思った以上に暗かった。
夜のせいか、疲れが溜まっているせいか、
重苦しい雰囲気を吹き飛ばす元気はない。
「…どうしても、話していただけないようで」
「…うん」
「別に僕は構いませんけど、」
「貴女を信じてくれている人達は、その嘘をどう思うんでしょうね」
チクリ、と良心を刺された。
スカートを握る自らの手に爪が食い込み、痛む。
黙り続ける事がどれだけ辛いかなんて
この世界に来てから嫌と言う程教えられた。
でも喋ったら嫌われる、世界が変わる。
生き残る人もいれば、代わりに死ぬ人が増えるかもしれない。
未知の不安や代償を何個も考えていれば
私の良心が痛む事なんて軽く、どうでも良い事だった。
だから言わない。
もう、言えない。
「…ごめん」
例えそれが、大事な仲間を裏切るとしても。
「…ならもう一つ、答えて下さい」
「え…まだあるの?」
「別に一つとは言っていないでしょう」
ズルズルと嫌な空気を引き摺る私とは別に
ジェイはもう新しい話題へと移ろうとしている。
頭を強く振り、磯の香りを体いっぱいに吸い込む。
気分を入れ替え、ジェイの言葉をじっと待った。
「僕達が各地で、最後の光に触れた時の話ですが」
「う、うん」
「貴女、その時何処で何をしているんです?」
「……へ?」
正直、何故仕掛けが解けたのか、何故未来が分かるのか
その手の質問はいつかされるだろうと覚悟は出来ていた。
(実質、ジェイから私への質問はそればかりだ)
だけど、さすがにこれは予想していない。
そんな動揺が素直に口から漏れて、ジェイはピクリと微かに眉を動かした。
「うそ…」
「…」
「私って、いないの…?」
「……」
黙るのは、肯定の証。
私が見ている映像と、皆が見ている映像が違うのは知っていた。
だけど誰もその事に対し突っ込まないから
何となく、「皆の見ている映像の方にはもう一人の私が突っ立ってくれてるのかな」、等
甘い考えを巡らせていた所だ。
でも、あくまで私は一人。
私があの暗闇でペンの音を聞き、そのペンを走らせる人の声を聞き取ろうと必死な時
皆の所に、私はいないんだ。
「それ、ジェイしか気付かなかった…?」
「皆さん目の前の光景だけで必死ですから」
その言葉を聴いた瞬間、少しだけホッとする。
別にジェイにならバレても良いって訳じゃないけど
わざわざ私と二人きりの時にこの話題を持ち出しているのなら
皆に言いふらしている訳ではないのだろう。
「で、どうしているんです?」と仕切り直すジェイに対し
私はしばらくの沈黙を続けた後、ゆっくりと口を開いた。
自分自身、今まで見たものを整理するかのように、じっくりと。
「一人の、女の子…」
「女の子…?」
「た、多分だけど」
人か人ではないかを抜かしてもきっとあの子の性別は私と同じだ。
歳はさすがに分からないけど、それ程年上には見えない。
「その子が本を書いてて…」
「…」
「凄く暗い…真っ暗の中、その子の手元だけが照らされてて…」
「…その子は」
“多分、破壊の少女だと思う”。
その一言が、言えなかった。
何でかは分からない。
でも、喉の奥がグッと締まって、舌が動かなくなって。
苦痛に顔を歪ませる私を見て、ジェイは怪訝な顔をしている。
言葉を繋げる代わりに、すう、と息を吸い込めば
つっかえていた言葉はゆっくりと胸の内へと戻っていった。
「…ジェイ、次私良い?」
「今ので終わり、ですか?」
「嘘はついてない」
「物足りない」、そう言いたげなジェイの呆れた瞳を私は睨むように見つめ返した。
意地と意地のぶつかり合いと言うのは、きっとこう言う事を言うのだろう。
全てを聞き出したいと思うジェイと、全ては言いたくないと思う私。
どちらも譲ろうとせず、そこにはまた嫌な沈黙が生まれた。
そんな沈黙を先に破ったのはジェイの溜め息で
やれやれ、と肩を竦める姿に勝利を感じる。
「何だか納得いきませんが、とりあえずどうぞ」
「ありがと!」、と言い笑顔を見せれば
何なんだと言わんばかりに舌打ちをして。
ジェイはあからさまに不機嫌だったけど
私は次の言葉を舌の上で転がし、いつ吐き出そうか、そればかりを考えていた。
さっきは詰まって出てきてくれなかった言葉。
今度はちゃんと出てきて、と祈りながら唇を動かす。
「“破壊の少女”…って…知ってる?」
言えた。
始めの音さえ出してしまえば、後はすんなりと。
でも、返ってきたのは沈黙。
それは肯定を意味しているのか、それとも否定を意味しているのか
分からない程長い長いものだった気がする。
そしてジェイはフッと目を伏せると、硬く閉ざしていた唇を開いた。
「貴女の口からその言葉が出てくるとは、思ってもいませんでした」
「へ…?」
「一体何処まで知っているんですか…この世界の事を」
私を睨む、ジェイの瞳。
その瞳は私を殺すと言わんばかりの、冷たいものだった。
「し、知らないから…教えて欲しいんだけど…」
てっきり、ジェイも知らないと思ってたのに。
何でか嫌な汗が、頬を伝う。
私が知っているテイルズオブレジェンディアの世界に
“破壊の少女”と言う単語は一度も出てきていない。
出てきていたとしても、流し読みしてしまう程のサブイベントだっただろう。
だけどジェイは知っている。
それも、装置の仕掛けを知っていた私ですら
知っているのはおかしいと、その瞳で訴えるかのように。
「意味を知らなくても、その単語自体を知っている事がおかしいんです」
「そう、なの…?」
「…この数千年、ずっと伏せられてきた言葉ですから」
ジェイの声は波に掻き消されそうな程小さい。
それは私にしか聞こえない程度に、故意的に小さくしているように感じた。
「数千年って、おかしいじゃん…じゃあ何でジェイは知ってるの?」
「遺跡船、大陸にいた者なら誰だって知っているんですよ」
「訳、分からな―――…」
「でも、表では絶対言わない」
「言ったら、殺される」
意味が、分からない。
だけどジェイの瞳は冗談を言っているようには見えなかった。
それはいつも以上に真剣で、冷たくて。
その目で殺されると思うくらい、視線が痛い。
「皆分かっているのに、その単語だけは決して口には出さないんですよ」
「どう、して」
「…だって」
「…―――誰だって、自分の失敗を堂々と言いたくないでしょう?」
ジェイの言っている事は、分からない。
どんなに思考を巡らせても、過去の記憶を辿っても
ジェイの言っている答えに私は辿り着けなかった。
唯一分かるのは、真実が綻び始めている…それだけ。
「失敗って…?」
「自分の、と言うよりも人類の…と言った方が分かりやすいですね」
「じん、るい…」
「ここからは、あくまで仮定です」
「僕も詳しくは知りませんが」、と付け加えジェイは一度息を吸う。
私は呼吸を忘れてしまったかのように息も出来ず
海から吹く冷たい風を浴びれば浴びる程、体が熱くなった。
やっと唇から吐き出せた息は荒く、鼓動も早く意識が飛んでしまいそう。
どうしてこんなに、混乱するの。
「“大沈下”…は、知っていますか?」
「うん…世界を半分にした災厄…だよ」
「ええ…何故起きたかは?」
「そ、それは」
メルネスの力によって。
だけど、まだその真実を皆は知らない。
私が言って良い事じゃない、そんな気がした。
言葉を繋ぐ事を忘れ押し黙る私に
ジェイは小さな溜め息を漏らすと、再び口を動かし始めた。
「その、“破壊の少女”のせいですよ」
…は?
「真実は誰も知らないわけですから、あくまで仮定ですけど」
意味が、分からない。
「人類がより良い兵器を持つ為に作られたのが、ソレです」
「…ソ、レ」
煌髪人を敵と呼ぶよりも、酷く辛い言葉。
「その為には勿論、芯からの改造が必要でしょう」
「…」
「元が人間だったのか、魔物だったのかも僕は知りません」
…―――作り出された後も改造を施される。
ジェイが言っている事は合っている。
それに一つ付け加えるとすれば、元は人間だった、と言う部分のみだ。
継ぎ接ぎだらけだったけど、私が見た箇所には人間の皮膚もあった。
誰かの子であったのは間違いない。
「まあ、人間であれ魔物であれです」
「…」
「さんは、そんな事されたらどう思います?」
「…いや」
「きっと、ソレもそう感じたでしょうね」
こくん、と一つ頷く。
嫌に、嫌に決まってる。
どんなに苦しい思いをしたか、どんなに悲しい思いをしたか。
その姿を見た私が、分からない訳がない。
「嫌だったら、どうします?」
「全人類に兵器を求められ、味方は誰もいない…なら、どうするべきだと思います?」
「僕だったら、きっとソレと同じ事をする」
まさか。
嘘だよ、そんな。
「自分が嫌な思いをしないように、消しますよ―――…世界を」
ドクン、と大きく心臓が鳴った。
脳がぐらりと揺れる感覚が気持ち悪くて
自分の鼓動の大きさはジェイの言葉を掻き消してしまう程うるさかった。
「兵器として作られたのなら、その力も相当なものでしょうね」
「…」
「大陸の半分くらい、いとも簡単に消せると思いませんか?」
「で、も…それはっ…」
「自分達の作った兵器に、自分達が殺される…人類最大の汚点ですよ」
溜め息混じりにそう言うジェイの顔を、見る事が出来ない。
「ち、が…」
声が、震える。
こんな声出したい訳じゃないのに。
私の様子を見て小首を傾げるジェイが視界の端に入り
何とか震えを止めようと、自らの首に手を当てる。
く、と力を入れれば、その力を入れた手さえもカタカタと震えた。
「…汗、凄いですよ。気分が優れないんですか?」
「違う…」
「…?」
「違う、の…」
本当は、違う。
ジェイの言うソレは、私達を守ろうとしてくれたのに。
誰がそんな風に真実を捻じ曲げ、伝えてしまったのだろう。
いつからそれを、この世界の人達は信じるようになってしまったのだろう。
本当は誰が大沈下を起こしたかも、次のモニュメントに行けば全てが分かる。
だけど、辛い。
私はそこまで待てる程、強いのか分からない。
「どうしたんですか、一体…」
「…、ジェイは」
「?」
「…ソレがいたら、どうする…わけ…」
数千年前の出来事を、あくまで仮定として質問する。
それが今正に、私の内で起きている問題だとは知らせずに。
「…怖いですよ」
答えは数秒の沈黙を置き、紡がれた。
至極明解な、否定的な言葉で。
「戦ったって、世界を半分にする奴には勝てない」
「…」
「誰か一人殺すのと、世界一つ滅ぼすのとは、訳が違うんですよ」
「……」
「なら、怯えて暮らすしかないでしょう」
「…―――昔と同じように」
ジェイの声は鋭く冷たい。
悲しみや憎しみ、辛かった過去、
色々な感情が交じり合い、顔が歪んでいる。
私はそれに何と声を掛ければ良かったんだろう。
いや、声なんて掛けれなかった。
だって、私がジェイに恐怖を与える存在なのかもしれないんだから。
「…さん」
弱々しく私の名前を呼んだジェイの瞳は
月光を吸い込みガラス玉のように光っている。
「さっきは、すみませんでした」
「え…?」
「得体が知れない、とか…怖い、だとか…」
ジェイはきっと、先程のキャンプ地での会話に対し謝罪をしてくれている。
「聞いていなかったなんて、嘘でしょう?」
「…まあ、聞いてはいたけど…」
「さんに言った訳じゃないんです…気に障ってしまったら、申し訳ありません…」
「もう良いよ!あれくらいハッキリ言ってくれる人が、一人はいなきゃ!」
手をブンブンと横へ振り、私はジェイに笑顔を見せた。
こんな時でも人って笑えるんだと内心冷めた事を考えながら。
私の笑みにホッと安堵の息を漏らすジェイは
目を細め、優しく笑ってくれている。
でも、ジェイのその笑顔は本当の私に向けてじゃない。
「少し冷えてきましたね…そろそろ戻りましょうか」
「あ、私もうちょっとここにいるよ」
「?」
「海が、落ち着くから」
「なるべく近くにいたい」、と適当な言葉を並べても
ジェイは「仕方ないですね」と笑みを零してくれる。
「明日、ちゃんと起きて下さいよ」
「分かってる!」
その場を去るジェイに私は大きく手を振り、笑った。
遠ざかる背中が視界から消え
キャンプ地の焚火の音さえ掻き消す波の音が聞こえた時
張り付いていた笑顔が、音も立てずに剥がれた気がした。
「…困った、な…」
自然と漏れた声は、小雨よりも弱く
発音出来ていたかも怪しい。
だけど、ジワリジワリと真実を噛み締めるには充分だった。
…―――怖いですよ。
ジェイの声が消えない。
私ではない、だけど私に向けたあの言葉が
耳に、脳に、胸に、体中に沁みる。
私の中にいる破壊の少女は、全人類の敵。
私がいたって、ジェイに恐怖しか与えない。
皆は私を、私としては見ない。
真実を言えば、音を立て崩れるであろう関係に
だけど、もしも、なんて甘い考えを浮かべながら目を閉じる。
…―――さんに言った訳じゃないんです…気に障ってしまったら、申し訳ありません…。
それはもし。
私が“破壊の少女”だったとしても。
もし、そうだったとしても。
「ジェイは、言ってくれるかな…」
カタカタ震える唇の横を暖かい何かが伝う。
だけど涙を流したって誰も同情なんかしてくれない。
だって、私は―――…
…―――破壊の少女。
「ッ…世界を守ったのに…!」
こんなのって、ない。
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修正:11/12/13