「朝じゃぞー」
「…」
頭上から声が聞こえる。
私は閉じていた目をゆっくりと開け、膝に埋めていた顔を上げた。
もう、朝だ。
結局、一睡も出来なかった。
横にもならず一夜を明かしたのは初めてかもしれない。
「…おはよ」
「…」
「ん?」
「目、腫れちょるぞ」
モーゼスの指摘に、私はゆっくりと自らの頬に手を当てる。
彼の言葉通り、目の下は熱く、ぷっくりと腫れていた。
自分が気付かない内に、こんなに泣いていたなんて。
何だか少し、情けない。
「…ジェー坊か?」
「へ?」
「ジェー坊に何か言われたんか?」
「やだ、違うよ」
何言ってるの、と笑い強く目を擦る私を見て
モーゼスは複雑な表情を浮かべていた。
いつも能天気なモーゼスにそんな表情をさせる程
今の私の笑顔は酷いものだったのかもしれない。
「…もう皆集まっちょる。もはよう来い」
「うん、分かってる」
何故だろう。
今日に限って、足が、体が、頭が重い。
安らぎを与えてくれていた波の音すら
今じゃ私を責め立てるように動いているのではないかと、錯覚する。
「…もう、やめてよ」
こんな真実なら、知らない方が良かった。
こんな所にまで足を踏み込んだ私に、一体何をしろと言うのだろう。
でも。
「…これで、最後」
これを…これさえ見てしまえば。
もう知らない真実を知る事はない。
地のモニュメント。
今までの場所とは一味も二味も違う
どちらかと言えば平和的で、魔物が出てくる事すら疑わしい綺麗な場所だった。
それとは反対に、空気の重い私達。
「いや〜牧歌的ですな〜」
暑くもなく寒くもなく、蒸している訳でもない。
軽く鼻歌を歌い、クルリとターンをするノーマは
誰が見ても上機嫌だと言う事が分かった。
「まるでピクニックに来たみたい!セネセネもそう思うっしょ?」
「…思わない」
「…そ、そ〜だ!ここでお弁当食べようよ!」
「そんな事してる場合じゃないでしょう」
「ノーマ、中で食べようよ!きっと中も綺麗だしさ!」
「それ良いね〜!さっすが、頭の回転が―――…」
「シャボン娘、さっさと扉開けんかい!」
「…っはいはい分かりました!!」
ギスギスした空気を元に戻そうとノーマは明るい話題を持ち出す。
その健闘は虚しい結果に終わったけど。
八つ当たりの如くいつものように石碑を蹴って
「さっさと行けば!?」と踏ん反り返るノーマの気持ちは良く分かる。
だけど一緒になって騒ぎ、皆を励ます事は、今の私には出来なかった。
「これは…温帯の気候を再現してるのか…?」
「暑くもなく寒くもなく!丁度いいね〜!」
地のモニュメントに入るや否や
ノーマは再戦と言わんばかりに明るさを振り向いた。
だけど周りの空気は変わらない。
辺りを興味深そうに見渡すウィルに至ってはノーマの声すら届いていないようだ。
「…ノリ悪っ…」
「しょうがないよ、場所が場所だし」
「もだよ。ちょっと前の元気は何処いっちゃったの?」
「……どっか、いっちゃったのかな…」
図星をつかれ、言い返せない。
掴んで戻せるものならば、今手を伸ばし必死になって掴むのに。
元気と言うものが目に見えるなら、必死に追いかけたって良い。
でもそれは、結局叶わない願いだ。
気候のせいか温厚な魔物が多く、向こうから襲って来ようという物は少ない。
本当に何処でもお弁当が食べられそうな、穏やかな場所だ。
「…一個目の光ですね」
先頭を歩いていたジェイが止まる。
それに合わせて皆も止まった。
ジェイの肩を掴み、セネルは自分が前へと出る。
突然体を引かれたジェイは驚き目を見開き
それをすぐ横で見ていた私も少しビックリした。
誰の同意も待たずセネルは目の前の光に手を当てる。
光はいつものように強く輝き、私達を包んだ。
…―――煌髪人に恨まれ、陸の民からは罵声を浴びせられ…
…―――私の居場所は、何処にもない…元から、何処にもなかった…
悲痛な文面。
この文章を書くその人の気持ちが、嫌なくらい伝わってくる。
当たり前だ。
この文面は私を指していると言っても間違いないんだから。
「煌髪人が何をしようとしたのか…今見えたのが答えのようですね」
「あんな塔知らないよ…」
「僕達の知らない秘密兵器かもしれません」
「もう少し、調査を続けよう」
皆はまたその足を動かして奥へと進む。
「…?」
私の名を呼ぶその声に導かれるよう顔を上げた。
いつまで経っても動こうとしない私の姿を見て
セネルは不思議そうな顔をしている。
「具合でも悪いか?」
「う、ううん…平気」
「…本当か?」
「ほんと、」
「早く行こ」、なんて待たせた私が言うのもおかしかったけど。
逃げるようにセネルの横を通り過ぎた私は、前も向けず床ばかり見ている。
「おい」と慌てて呼びかけられた声すら聞こえているのに無視をした。
セネルの優しさが、辛かった。
いつもならその優しさにたくさんの安心をもらっているのに
どうしても“もしも”が消えなくて。
セネルは、もしも…もしも私が破壊の少女だったら
その瞳を、私を心配する為じゃなくて殺す為に向けるんじゃないかって。
…―――物凄く、怖いんだ。
…―――私の力を恐れ、その爪を光らせる者だっていた。
…―――私の力を恐れ、その髪を光らせる者だっていた。
…―――わたしは、孤独だった。
気が付けば二つ目の光。
ジェイが言う通り、彼女は一人。
その悲痛な文面からは怨みにも似た強い感情が溢れてる。
これが私の未来になるかもなんて、考えたくない。
「遺跡船の周囲の海が光っているように見えたが…」
「秘密兵器の発動する瞬間かもしれません」
「可能性は高いな…次へ行こう」
「おっ……」
自然と口が開いた。
まるで自分の意思ではないかのように。
再び奥へと進もうとしていた仲間達の視線が一気に私へと集まる。
振り返り、ただ首を傾げきょとんとした瞳ですら
耐え切れない恐怖へと変わった。
「お…?」
「あの、その…」
「どうした?」
「おっ…お弁当、食べない…?」
「……はあ?」
お腹なんて減ってない。
むしろ食べたら戻しそうな気分だ。
それなのに、何でこんな言葉が自然と口から零れたのだろう。
…ああ、そうだ。
私はただ、ここにいる時間を延ばしたいだけ。
次の光に触れるのが、怖いんだ。
「何言ってるんだ?…」
「お、お腹が減っちゃって…」
「バスケットに何か入っているはずだ。今はそれで我慢してくれ」
「……うん」
ウィルから手渡されたバスケットの中には
人数分のサンドイッチが入っていた。
大して重たくもないのに、受け取った瞬間錘が乗ったようだ。
パンに挟んである中身も確認せずに、はむ、と小さく一口齧り
数回噛んだだけで、グ、と喉が絞まる感覚に違和感を覚える。
「…モーゼス、あげる」
「何じゃ?腹減っとったんじゃなかったんか?」
「お腹、いっぱい…」
モーゼスの手に食べかけのサンドイッチを乗せ
フラフラと、重たい足を動かす。
胃に物が入ったせいで、余計気分が悪くなった。
いつもは幸せに感じるこの味も、ほんの些細な事でここまで崩れてしまうのか。
「間接キスじゃー!!」
後ろから聞こえる歓喜の声に突っ込んでいる余裕もなく
重たい溜め息を一つ吐き、私はただただ何となく足を動かした。
三つ目。
…―――人の命を奪う兵器を開発しても尚、更なる高みを目指した傲慢な陸の民。
…―――海と言う広大なものの恩恵を受けながらにして、更なる自由を求めた水の民。
…―――何故人は、争う事しか出来ないのだろう。
…―――何故私は、争いに加担する事しか出来ないのだろう。
…―――酷く悲しい、何も残らないこの世界に、存在していた意味は何もなかった。
違うよ。
アンタがいたから、世界が、陸の民の住処が半分も残ったんだ。
例えアンタが世界を半分消したと謳われていても、隠された真実が生きた証。
存在していた意味は、ちゃんとある。
でも、たったこれっぽっちの勘違いが生んだ歪にとても胸が痛んだ。
「今のは津波か…?」
「遺跡船の力であがあなでっかい波を起こしたっちゅうんか…」
「だとすれば莫大なエネルギーが放出された事になりますね」
「秘密兵器の威力は滄我砲を遥かに上回るという事か…」
「…ここまで来たんだ。最後まで見届けてやる」
意地なのか、セネルは決してその足を止めようとはしなかった。
真実を知る事がどんなに怖いと感じても
今のセネルは、ただ真っ直ぐ前だけを向いている。
私はそんなセネルの背中を押してあげる事も出来なくて
ただ呆然と見つめる事しか出来なかった。
「ど〜も〜!」
中間地点に辿り着き、いつものよう僅かな休息を取る私達の輪の中を
元気いっぱいの声が包んだ。
声を上げたのはノーマ。
その隣にいるのはニコニコ笑うグリューネさん。
「あたし等、ヘラヘラ同盟で〜す!」
「は…?」
「ふざけてる場合かよ」
「い〜から、黙って見る!!」
不満たらたらのセネルの声に、頭が痛くなるくらい大きなノーマの声。
この状況でどっちの言い分が正しいかは、深く考えなくてもセネルだっただろう。
ノーマは逆ギレの如くセネルを一喝し、再びニッコリと笑顔を見せる。
「あ、あれが始まる」、と心の中で呟き
ヘラヘラ同盟、もといノーマとグリューネさんをぼうっと見ていれば
不意に肩をぽん、と軽く叩かれた。
肩を叩いたのは、ジェイ。
その整った口を私の耳に近付け、極力小さな声で言葉を呟く。
「上手く間をすり抜けて扉を開けておいてもらえませんか?」
「扉…?」
「ええ、最後の光がある奥の扉ですよ」
「……今日は良い」
彼の提案を、私は不自然なまでに拒絶をする。
私ってこんなに素っ気ない態度が取れたんだ、と自分自身驚いたけど
私の様子に一番驚いていたのはジェイだった。
「…貴女、昨日からおかしいですよ?」
「…」
「ここに来てから急に立ち止まったり…今まで先陣を切ってたじゃないですか」
「…らしくないかな」
「…まあ、今までも充分おかしかったですけど」
周りに聞こえないよう声を潜め話すジェイに比べ
私は今、返事をするのにも精一杯。
ジェイの皮肉に反論する余裕もなく、またどう返事をすれば良いかも分からず
とりあえず話の繋がりは無視し、小さく一つ頷いた。
「滄我ちんにしつも〜ん!」
何となく重たい空気が流れる私とジェイの間に
ノーマの元気な声がぐぐっと割り込んでくる。
「グー姉さんの今日の下着は何色〜!?」
シン、と静まり返る仲間の輪。
風の音も、人の息遣いすら聞こえない。
そんな不自然なまでの静けさを一番最初に破ったのはクロエだった。
「なっ…ノーマ!何を聞いている!!」
「クー、ナイス突っ込み!」
「…ギャップ的に、黒かなあ…」
「言ってる事はナイスだけど元気なさすぎ〜!」
ああ、折角ノッてあげたのにこのダメ出し。
「ちゃんが黒が良いなら、今日は黒にしとくわあ」
「しとくって…もう履いてるよ、グリューネさん」
「あらあ…じゃあ、黒じゃなくても元気出してくれるかしら?」
「グリューネさんなら何色でも問題な―――…」
「何話してるんだよ!!」
ノーマの元気な声に負けないくらいの声量で言葉を発したのは、セネルだった。
ぜえぜえ荒い息を零して、額に嫌な汗が浮かんでる、耳も真っ赤。
どうやら先に進もうとしない私達への怒りではなく
ただこの会話に耐え切れなくなっただけみたいだ。
「そんな恥ずかしい会話、堂々とするな…!」
「クカカ!ええやないか、セの字!!」
「良くない!」
セネル一人が激しく突っ込みをするこの状況に、
ノーマは大満足なのかニコニコしている。
声を荒げるセネルの横に座るクロエも頬を朱に染めて、
またその横に座るウィルは大きな溜め息を吐いている。
そして私の横にはこの状況を見、むすっと顰めっ面を作っているジェイの姿があった。
「ジェイの身長なら、見れるかも」
「何がです」
「グリューネさんの下着」
「そんなに小さくないです。それに僕より背が低い人に言われたくありません」
「えー…同じくらいだよ」
反論してくるジェイの声は相変わらず不機嫌だったけど
冗談に付き合ってくれる所を見るとそこまで怒っている訳ではなさそうだ。
でも、一通りの会話が終われば重たい溜め息を一つ吐き
呆れた視線ではなく人の内を探るような、あの独特の目つきで私を見るんだ。
「ノーマさんも言ってましたけど、さん言っている事の割りに元気がないですよ」
「…そんな事」
「…?」
「…ないキュ?」
「やめて下さい気持ち悪い」
「…ああ、もう」
気持ち悪い、と言われた事へのショックなのか。
いや、きっと違う。
もう、我慢出来ないんだ。
私が、ここにいる事が。
「私、ここ早く出たいんだよね…」
張りのない声。
だけどこの空間にいる皆には、きっと聞こえてる。
「…なら、さっさと奥に進みましょう」
「いや…」
「?」
「早く出たいけど、もう奥に行きたくない…」
何か、意識が朦朧とする。
ああ、きっと寝てないからだ。
寝てないから、言っちゃいけない言葉もすぐそこまで来てる。
「…あーもう…出たら絶対滄我殴る…」
「何で滄我ちん…?」
何でって、私にこんな物を見せて、聞かせている本人だから。
それが私への嫌がらせでも、私を想っての事であっても、とにかく一発ぶん殴る。
別にこんなタイミングじゃなくたっていいだろ、と。
「海を殴る…水遊びがしたいっちゅう事か?」
「海だからってそれに直結するのはどうかと思いますが」
「むしろ、殴って滄我に痛みはあるのだろうか」
「クロエ…そこ突っ込むとこか?」
「…―――破壊の少女って」
わやわやと話していた皆が
ほぼ同時に、体をピクリと反応させて止まったのが分かった。
話していた者は声を止め、溜め息を吐こうとしていた者はその口を閉め。
ただ突然、決して口にしてはいけない言葉を零した私をじっと見てる。
静まり返るその空間に響くのは、弱く震えた、私の声。
誰かに助けを求めるように、または敢えて離れて欲しいと願うように。
鳥の囀りにも、風に音にも、雨粒の音にも負けそうな覇気のない声は
ただ感情と一緒に、表へと垂れ流された。
「…私かも、しれないんだよ……」
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修正:11/12/13