「…いくぞ」





いつもより低いセネルの声。
四つ目の光を目の前にし、伸ばす手も微かに震えてる。

こんな時、「大丈夫だよ」って言ってあげる事も、今の私には出来ないんだ。















目を開ければ、ただただ暗闇。
だけどいつもとは様子が違う。

小さな灯りも、少女が座っていた椅子も、机も、本もペンもない。




「…―――なので私はこの命を絶つ」





ポツポツと雨粒のように光が点々と広がって行く。
初めて目にした、暗い世界に埋もれていた本当の過去。

白い壁に飛び散る赤い血と茶色いオイル跡。
何十もの機械が何百ものコードを繋ぎ、またそれを何個ものカメラが監視する。

部屋の中央にはベッドがあり、
その横には他と比べてもどれだけ重要かが一目で分かる大きな機械があった。

どんなに高い所から落としても、燃やしても、落雷を落としても壊れそうにないそれを
見つめる人らしきモノが、口に当たる部分をギチギチと動かし、言葉に似た音を発した。





「…―――破壊の少女よ、どうかメルネスの命を」





彼女はそう呟くと自らの近くに置かれた頑丈な機械に、鉄製の手を伸ばす。





「私の家族、姿、心…全てを奪ったメルネスに粛清を…」





そう言うと女の子はその機械をめいっぱい叩いた。

あんなに頑丈そうだった機械は、
自分の数十分の一にも満たない小さな女の子にいとも簡単に破壊される。

同時に首、手首、心臓、腹、全てに繋がる太いコードを
少女はもう片方の銃器のような手に絡め、ひきちぎり。

私の瞳には血とオイルを大量に流し倒れる少女の
閉じる事の出来ないガラスの瞳がくっきりと映った。

意識を失い、自らの命を絶ち倒れた女の子の後ろには二つに割けたあの機械。
電流を流しエラー音を仕切に鳴らすソレにはこう、書かれていた。





life-support equipment





“生命維持装置”と書かれた、その文字がハッキリと。















「ゲート…!」





遠のいた意識を呼び戻してくれたのはセネルの声。

決して私の身を案じての物ではなく、ただ驚いて声を上げただけの事。
それでも私を現実に連れ戻すには充分だった。

一匹の大きなゲートがこちらに近付いて来ている。
硬い鱗には木の根が絡まっていて、僅かな隙間さえも作らない。

凄まじい叫び声と共にビリビリと空気が揺れて
木の根のようなゲートの尾が私を狙う。


見えてた、ちゃんと避けれる距離もあった。


なのに足が地面とくっついたみたく離れなくて
真横から迫りくる尾に、私は受け身も取らず無防備な状態で払われる。

痛い、と思ったけど
宙に浮く感覚が、何処か心地良くて。





!!」





私の名前を呼ぶ誰かの声も
耳に届く時には、夢の中で聞いているようなふわふわとしたものになっていた。

いや、きっと夢だ。
だってこれが現実なら、私を心配して名前を呼んでくれる人はいない。

でも、横腹から体中に広がるズキズキとした痛みは本物で
何か、肺が潰れたみたいに苦しい。

一体どれだけの高さ、私は吹き飛んだんだろう。
ただ何となく、こんなに飛んだら生きていられないって思った。

何処が床か分からない不思議な空間だけど、
何となく、落ちたら死ぬんだって感じた。

どんなに私がこの世界で理不尽で未確定な存在でも
それだけは逃れられない、普通の人間としての宿命だと思ったんだ。


生きたい、って思った。
まだ死にたくない、って思った。


だけど心の端っこでは、もうツライって
私が、私自身が悲鳴を上げてる。

…もう死にたいって、思ってしまった。










!!」





でも、何でか現実は私が望まない事ばかり叶える。

体が地に着いた、その感覚はあるものの痛くも痒くもない。
皆も立っているはずの地が私の周りだけクッションみたいに柔らかくうねったのだ。

グニャリと曲がったそれは私の体を頼んでもいないのにしっかりと受け止める。

ゲートに傷付けられた脇腹も痛くない。

歩き続けた結果の浮腫んだ足さえ元通りで
何処もかしこも、ここへ来る前より健康体になっている。

そんな異変に驚く皆はぽかんと口を開け私を見ている。
正直、私の方が驚いてるけど。





…―――まだ死なせない。

…―――粛清を、メルネスに粛清を。





「…」





頭の中から聞こえる言葉は、何度も何度もその言葉を繰り返した。

怨念の篭る声に頭痛がし、顔を歪める。
皆の戦う姿が遠くなり、頭の中に響く声に支配されそうになる。


でも、何だろう。
今の一言で死ぬ気が失せた。


死んでやるもんか、って思った。





、大丈夫か!?」





目の前にはゲートを倒し荒い息を吐きながら私に駆け寄るセネルの姿。

肩に触れ腹部を確認し、俯く私の顔を上げる。
視界に映るセネルは、いつものセネルだった。





「セネルさん」
「…、あ」





ジェイの凜とした声にセネルは小さく声を漏らす。

説明のないジェイの忠告にセネルの瞳は見る見る内に恐怖の色へと変わった。
だけど私を少しばかり気遣うセネルは逃げたりしない。

ただ流れる気まずい空気の中
私はセネルよりも、先程から頭の中で鳴り響く声に意識を奪われていた。





…―――私を殺したメルネスに粛清を。

私を…





「殺した…?」
「、え?」





セネルはゆっくりと、私との距離を取る。

私も、そうした方が良いって思った。
自分でもどうなるか分からないくらい、混乱してるから。

いや、きっと混乱なんかじゃない。
これは、彼女に対するイラつきだ。





…―――私を殺したメルネスに―――…。

誰を、誰が殺したって?
メルネスが、アンタを?





「、違うじゃん…!」





プツリ、と何かが切れる音。
何かが弾けたような感覚。

震える拳を抑える片手が、力の入れすぎで白く変色している。





「ふざけないでよ…!」





この場に声の主がいたら、有無を言わさず殴ってた。

急に声を荒げた私に驚いたのか、セネルはビクリと体を跳ねらす。
後ろにいた皆も各々武器を、私に向かって構えた。

きっと、狂ったと思われているんだろう。
でも、もう我慢の限界だった。





「勝手に呼んどいて殺せ殺せって…!良い加減にしてよ!」

…―――全てを説明した今も尚、お前は私を否定するのか。

「否定?するよ…だってアンタ」





「アンタが一番初めに自分を否定したんじゃん…!!」





しつこいくらいに私を襲った頭の痛みがみるみる内に引いていく。

いや、徐々にと言うよりはピタリと、余韻を残さず消えたんだ。
まるで私の言葉に反応したかのように。





「勝手に呼んどいて、散々大変な目に合わせといて
 良く肯定して欲しいなんて言えるよ…!」

…―――。

「辛いのも、苦しいのも分かる。痛かったのも、本当、痛くなるくらい伝わった」

…―――全ては破壊の少女の宿命。

「…じゃあ、何で私…?」





たまたまなんだって、分かってる。

たまたま私があの時ゲームをしていたから。
たまたま私が生まれていたから。

何でも運であり、それが彼女の言う宿命であるのは分かってる。
だけど私が言いたいのは、何で自分が“選ばれたのか”じゃない。





「アンタ、自殺したんじゃん…」





メルネスに殺されたんじゃない。

自分で自分の命を繋ぐものを絶ち
わざわざコードを引きちぎり、痛い思いをして
私に痛々しい姿を見せて、死んでいった。





「ッ死ぬ勇気があるなら、何でも出来たクセに!!」

「生きる事だって、恨む人間全部殺す事だって、何でも出来たクセに!」





「アンタ、しなかったんだよ!自分がやりたい事、全部出来たのに、やらなかっただけだよ!!」





それなのに、自分が何も出来なかったのを人のせいにして
私にあれやれ、これやれ、次はこうしろ、ああしろ、偉そうに説いて。





「人のせいにして自分の事棚に上げて…今度は何もしない私を責める訳…!?」





あんな映像を見せたのも、自分を理解してもらいたいからじゃない。
私に同情させて、これからやる事を正当化させようとしてただけ。

本当に、本当に可哀想だと思ったのに。
どうにかしてあげたいと、思ったのに。





「死ぬ勇気があったなら、あんなに痛い思いをしても生きてた勇気があったなら
 メルネスだって、水の民だって殺す事が出来たじゃん…!」





セネルの顔が、歪んでる。

驚き目を見開く姿も、震える拳を堪える姿も
私が言葉を紡ぐ度に酷くなっていった。

きっと、気が狂ったと思われているに違いない。
…気も、狂いたくなるよ。





「結局、人を殺すのが怖いんだよ、アンタは…だから、逃げて私にやらせようとしてるだけだ!」

…―――……。





「そんな卑怯者に、手なんか貸してあげるもんか…!」

「もう、私は私がしたい事しかしないんだから!!」





嫌な物を取り払うように空を手で払い、声を上げる。
溜まった感情を我慢する事も忘れ、体から外に放つ事しか出来なかった。





「滄我!早く入り口に戻して!!」





空に向かい声を上げれば倒れていたゲートの体が光に包まれる。
粒子となり飛び散ると同時、私たちの体にも徐々に光が帯び始めた。





「コイツじゃ話にならないんだよ!早く、私の質問に答えろ!!」





張り上げた声に答えるよう光は強くなり、辺り一面を白に変えた。
そして、聞こえるのはいつもの過去の声。















…―――我、今こそ光跡翼を用い滄我と一つにならん。

…―――忌まわしき大地をこの世から消し去ってくれる。


…―――無念だ…半分も残ってしまうとは…。

…―――溶ける…我の意識が溶けて消える…!


…―――覚えておれ…いつの日か必ず次なるメルネスの手で……。





…―――破壊の少女を、殺してやる…!!















目を開ければ、私が望んだ通りモニュメントの入り口にいた。

波の音がいつもよりも鮮明に聞こえる気がする。
まるで「早く来い」と呼んでいるよう。

今やその波の音で癒される事はない。





「見えたのは大沈下、でしたね…」
「…?」





ザッと音を立て、誰よりも先に歩き出す私の名前をセネルが呼ぶ。
控えめな声は波の音に掻き消される程小さかったから、聞こえない振りをした。

足を止めている余裕はなかった。





「おい、何処行くんだよ…!」
「ッ離して!!」





私の腕を掴む手を振り払い、セネルをこれでもかって睨んだ。

セネルは悪くない、心配してくれているだけだって分かってるのに
邪魔されているように錯覚して、一人で勝手に熱を上げてる。

だけどそれも、セネルの瞳を見て急激に冷めた気がした。

振り払われた手を下げる事もせず
セネルは私にその綺麗な碧色の瞳を見開き向けている。

恐怖に塗れた、見たくもなかった色で。





「…怖いなら、近寄らないでよ」
「え…?」
「ッ嫌なら、追いかけてこないでよ…!」
「何言って…」
「そんな顔されながら心配されたって、ちっとも嬉しくない!!」





私今、酷い事を言ってる。

心の端では理解してるのに回り始めた歯車は余計に言葉を加速させた。
ブレーキも、きっととっくに壊れてる。





「何で、何で私なんだよ…!」
「…」
「私だって、気味悪いよ!!」





誰を責めるのも不正解だと言うのに
私は顔を伏せる皆に向かって、とにかく言葉を吐き出す。

あんなに優しくしてくれてた人達にこんな事を言う程
自分が追い詰められ、汚くなっていたなんて知らなかった。





「こんな事知るなら、こんな世界には来たくなかった!」
「…」
「別に私じゃなくても良かったじゃん!素質があって選ばれた訳じゃないんだから!!」
「ッ…ですね…」
「どうして、私だけこの世界に来なきゃ行けなかったんだよ!!」
「五月蝿いですよ!!」





背を向けていたジェイは私の方を向き、そして荒っぽい声を上げた。

ビクリ、と突然の事に体が跳ねる。
その反動から、頬には暖かい何かが伝った。

吐き出す事に夢中で分からなかったけど
初めてその時「自分が泣いてる」って事を知った。





「僕だって、貴女なんかに会いたくなかった!」

「っ…」

「何でさんなんだ!何で選ばれたのが貴女なんだ!!」

「おい、ジェイ…」

「自分だけが被害者だなんて、思わないで下さいよ…!
 貴女が来た事でどれだけ僕達に負担があったと思ってるんですか!?」

「ジェージェー、止めなよ!」





止めに入ったノーマは、ジェイの肩を引っ張る。

ジェイはすぐさまその手を振り払い
ノーマに見せた瞳よりも何百倍も鋭い眼光を私に突きつけた。





「貴女がっ…目の前にいると不愉快なんですよ!」





現実が、胸に突き刺さる。

知らない振りをしていた現実を、こうも直接突き当てられると
「やっぱり」と言った淡白な感想しか浮かんでこない。

やっぱり、いらない奴なんだ、私って。





「どうして貴女なんだ…何でさんなんだ…」
「…」
「…他の人だったら、どれだけ楽だったか…」





シンと静まり返る大地に、ジェイのか細い声が波に紛れ耳に届く。
同時に堪えていた自らの嗚咽が溢れ出した。


最低だ。


散々酷い事して、現実を突きつけられて泣くなんて。
ジェイの言う通り、被害者ぶるのも甚だしい。

だけど、「ごめん」とは言えなかった。
自分の悪い事を認める事すら出来ないとこまで、堕ちたんだ、私は。





ジェイは沈黙を流した後、キャンプ地へと戻って行く。

私は疲労でか、それとも別の理由でか
いつものように柔らかい砂の上に崩れ落ちるよう膝をついた。

何の変哲もない、細かな砂粒すら私を馬鹿にしているような感覚に襲われる。





「ホレ」
「……」





頭上を覆う影、差し伸べられた手。

ゆっくりと顔を上げれば
いつもよりもずっと真剣な表情で、モーゼスが私を見ていた。

その手を掴む勇気は私にはなくて、瞳を反らす。
するとモーゼスは一瞬眉を顰め、無理に私の手を取った。





「っやめ…」
「ええから、ワイの目見ろ!」
「ッ…」





怒ってる声。
いつも私の名前を呼ぶ声と全然違う。





「ワイは、の事気持ち悪いなんぞ思っとらん」
「…」
「…家族じゃろ…何でそげな事も分からんのじゃ」





さっきまで怒ってたのに、急に寂しそうな声を出して
私の手を、痛いぐらいにぎゅっと握って。





「…ごめん…なさい」
「ま〜、あたしは良いと思うけどね〜」





私の体を労わるよう、モーゼスは優しく手を引っ張り、体を支えてくれる。
久しく感じていなかった気がする暖かいぬくもりに、涙が出そうになった。

涙を誤魔化すように謝罪の言葉を口にすれば
私の横に立つノーマは頭の後ろに手を回し、気怠そうな声を出す。





「ここに来てから、ずーっと我慢してたじゃん」
「…」
「言いたい事言う、良い機会だったんじゃない?ジェージェーにとってもさ」
「…意味、分からない…」
「お互い本音で話せたじゃん、って事。そ〜ゆ〜の、忘れちゃってたんじゃない?」





砂を蹴り、目を閉じて言うノーマの姿は
下から見上げているからか、凄く大人びて見えた気がした。

いや、きっと今の私が子供過ぎるんだ。
ノーマの言っている事は、全部当たってる。

色んな事が知りたくて、焦って、早く次の日が来ないかと待ち遠しくて。
キャンプ地でだってロクに話に参加せず、一人で勝手に突っ走って。





「あたし、今の嫌い」
「…」
「キャンプ地に戻ったら、考えた方がいいんじゃない?」





“嫌い”なんて言いながら、ノーマは私に歯を見せて笑ってる。

悪気もなく、屈託のないその笑顔が何を意味しているのか分かった時
堪えていたものが溢れてくるのを感じた。










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修正:11/12/13