モーゼスに手を引かれキャンプ地に戻った時には
既に皆は円を描くように座っていた。
一瞬、小さくだけど誰かに呼ばれた気がして顔を上げる。
声を発したセネルは私の姿を丸い瞳で見つめ、
前屈する腰を戻せず固まっていた。
私を見てと言うよりは、モーゼスに引かれている手を見て、のが視線的には正しい気もする。
「…」
名前を呼ばれたのは確かだけど
セネルは言葉を続けず、私から瞳を反らした。
ああ、そうだ。
何か言わなきゃいけないのは、謝らなきゃいけないのは、私の方なんだ。
「…もし大沈下が起きたら、大陸全部が海に消えちゃうのかな…」
自らの膝に顔を埋め、ノーマは弱々しく言葉を紡いだ。
それに答えるよう、皆も目を伏せ項垂れる。
「前回と同規模なら、確実にそうなりますね」
「滄我砲どころの騒ぎではないな…」
「今度は大陸全てが標的ですし」
静かな波音の中、皆の声はハッキリ聞こえた。
きっと、聞きたくないと耳を塞いでも聞こえてくるだろう。
でも、今は前より嫌じゃない。
「マウリッツの言う粛清とは、そう言う意味だったのか」
「あたし等、陸がなきゃ生きていけないよ…!」
「水の中なんて、そんなの無理!」、悲痛な声を上げるノーマの言葉に
クロエは一つだけ、遠慮がちに頷いた。
それはきっと私が持つ破壊の少女の力があっても止められる事は出来ない。
薄々感づいてはいる。
いくら攻撃魔法が強くたって、体が頑丈だって、あんな力には勝てないって。
「あの塔みたいなものが光跡翼か…」
「でしょうね…光跡翼こそ秘密兵器の正体でしょう」
「リッちゃん、本気なのかな…」
その質問に誰もが答えられないのは、気付いている。
平気で「大丈夫」と言えるような軽い質問でもない。
だけど平気だって信じたい。
そんな気持ちが入り混じってか、ノーマの声は語尾にいくにつれ、小さくなっていった。
「…ともかく、敵の目的がハッキリしたのは収穫です」
「……ちょっと待て」
ザッと、砂を蹴る音が聞こえる。
音が聞こえた方へ顔を上げれば、ジェイが服についた砂を掃い
またそれに向き合うよう、セネルが拳を握り立っていた。
抑えきれない怒りが、セネルの声に出ている。
「どうして水の民を敵呼ばわりするんだ…今までそんな言い方しなかっただろ」
「状況を正確に認識する為にはこの方が良いと思いまして」
ここに来てから二人の関係は一向に修復しない。
むしろ私が話をややこしくしているせいか、
何かをきっかけに千切れてしまいそうなくらい絆は脆くなっている。
お互いがお互いに、初めて会った時の冷ややかな瞳を向けて
相手の一言に噛み付くように、また一言を返す。
でも、そうやって本音でぶつかりあえるのをノーマは良い事だと言った。
…敵意であり何であり、本音でぶつかり合う二人の姿を見てほんの少し羨ましいと思う。
「皆、本当にシャーリィが大沈下を起こすと思ってるのか?」
「それは…」
「シャーリィがそんな事する訳ないだろ!」
「そう言われましても、僕達はシャーリィさんの事良く知りませんし」
「ッ…だったら教えてやる!」
「シャーリィは虫一匹殺せない、優しい子だ!」
「大陸を沈めて人類を滅ぼすなんて、そんな大それた事出来るはずない!!」
そうだよ。
私の知ってるシャーリィも、セネルの中のシャーリィと一緒。
でも、私はメルネスであるシャーリィを殺す為にこの世界に呼ばれた。
「おい、どうしたんだよ…俺が信用出来ないのか!?」
…そんなの、この世界に来た理由でしかない。
私がやりたい事って、違う。
「大丈夫だ、きっとなんとかなる!」
「良い加減にして下さいよ!」
怒声が響く海辺で、目を閉じる。
「どうして大丈夫何て言い切れるんです?シャーリィさんは貴方の何なんですか!」
「何って…!」
「今更妹なんて言わせませんよ…現にシャーリィさんは貴方に決別を宣言しているでしょう!!」
私がここに来てやりたかった事。
私はそれを、もう何回も口に出している。
「兄妹ごっこの時期はとっくに終わってるんですよ!」
「ワレ、物には言い方ってもんがあるじゃろうが!」
「言葉を選んでいる場合じゃないでしょう。大沈下が起こっても良いんですか!?」
過去の映像、決められていた未来。
それに惑わされて、怯えて、忘れてたんだ。
私がここに来てやりたかった事は“皆の役に立つ事”だって事を。
静まり返った空間で、私はゆっくりと立ち上がる。
モニュメントを出た時の疲労感はまだ残っているものの
だるくて体が動かない、と言う程ではなかった。
服についた細かい砂を叩き落して、何度か手を握り、開き、深呼吸をした。
「…うん」
突然立ち上がり奇怪な行動を取る私を皆はぽかんと口を開けて見つめている。
視線に耐え切れず目を閉じれば、海は穏やかな波を立てて私に“大丈夫”と言っていた。
まだ怖いけど、きっと今じゃなきゃ駄目になる。
今が、本音を言う時なんだ。
「大沈下なら、セネルが止められる」
「…」
「説得すれば良いんだよ。想った事全部言うだけで、シャーリィはきっと戻ってくれる」
「……」
「セネルにとってシャーリィがどんな存在なのか、本人が一番良く分かってるんだから」
「今更兄妹ごっことか言われても、傷付かないんじゃない?」、と言って笑った。
セネルはゆっくりと頷いて、ジェイは不機嫌そうに私を睨んで
周りの皆はただ行く末を見守るだけ。
「では、さんに問いますけど」
「?」
「貴女はセネルさんにとってシャーリィさんは何だと思っているんですか?」
「想い人」
「………は?」
気の抜けた返事はジェイからではなくセネルから聞こえる。
思いもしない反応に「え?」と同じよう疑問符をつけて返事をすれば
セネルもまた「え、は?」と更なる混乱を私に見せた。
「今更隠さなくたって良いんだよ?」
「…」
「好きなんだよね、シャーリィが」
「いや、待―――…」
「好きな人を助ける為に必死になるのって、そんなにダメな事?」
セネルを責めていたジェイを、私は真っ直ぐ見つめた。
ジェイの目を見るのはまだ怖い。
だけど私が向けた瞳を、肯定の意であれ否定の意であれ
真っ直ぐに見つめ返してくれるジェイに僅かな期待を抱いていた。
…本音で話すってこう言う事だ。
「っ…く」
「…?」
「ぶ!ははは!!」
反応を見せたのはジェイではない。
我慢出来ないと言わんばかりに噴き出したノーマだった。
「あはははは!!ひゃ、ははは!」
「ちょっ…何で笑うの!」
「違ッ…ぶは!マジで言ってんのそれ!?」
「マジでって…セネルに失礼だよそれ!」
「謝れ!」と声を上げる私と違い
ノーマは「ひ〜」と苦しそうにお腹を抱えてゴロゴロ転がる。
人が誰を好きになるのも勝手だ。
そこに意外性があっても絶対に笑ってはいけないと私は思う。
「ノーマ!!」ともう一度大きな声を上げると
緩む口元から大きな溜め息を吐き出して、ノーマは瞳に溜まった涙を指で掬う。
それでもまだ落ち着かないのかニヤニヤと気持ち悪いくらいに顔を弛ませて
セネルを指差す姿に、私はむっと眉を顰めた。
「あ〜ほんと馬鹿!大馬鹿!!」
「んなっ…!?」
「ジェージェー、もうこんなのが破壊の少女な訳ないよ〜」
「…それでも、全ての事柄は一致していますから」
「有り得ない!ぜ〜ったい有り得ない!こんな馬鹿娘と破壊の少女が一緒な訳ないよ!」
「馬鹿娘って誰の事!!」
って、こんな事で言い争ってる場合じゃない。
目を閉じ、静かに波の声を聞く。
場の空気が大きく変わった気がした。
あんなに五月蝿かったノーマの声も、皆の溜め息も聞こえない。
私が波の音を聞こうとすれば
波は快くそれを受け入れてくれている、そんな気がした。
「もう、こんな話し合いは充分」
ゆっくりと目を開け、私は蒼い海を見る。
視界の半分を占めるその色に何故か懐かしさと憎らしさを感じた。
こんな綺麗な海、見た事ないはずなのに
以前、それもとても昔に見た事があるような気がする。
そう思う裏腹、私は鋭く“彼”を睨んだ。
「…こんなのもう良いから、早く呼んで」
「滄我」
私は彼の名前を呼んだ。
彼は私の名前を呼ぶ代わりに大きな波を立てた。
瞬間、私達のいる場所からほぼ反対に位置する砂浜が強く光る。
遠すぎて砂浜の様子は分からないものの
私達を誘うよう、七色に光り自らを主張していた。
小さくガッツポーズをし、私は光の方向へと歩く。
ぽかんと口を開け動かない皆を手招きしながら。
「皆も早く!」
「あ、あぁ…」
一向に足を動かさない皆に声を掛ければ
驚きに満ちた返事だけが聞こえ、私は先を目指した。
「の声に滄我が反応したのか…?」
「ええ…僕にもそう見えました」
「ま、も〜いいじゃん!そろそろ難しく考えるの止めたら?」
「……面白いですね…」
「って言ったそばから難しく考えてるし…」
顎に手を当てるジェイの横、ノーマは突っ込みを入れて溜め息を吐く。
「破壊の少女とメルネスの対立。人類と煌髪人の対立」
「…」
「そして、打ち捨てられた地の滄我ともう一つの滄我の対立」
「…まさか…」
「そのまさかでしょうね」
ジェイの言葉を理解出来た者は驚き目を見開く。
いまいち理解出来ていない者は首を傾げ険しい顔をした。
「セネルさんには悪いですけど、この二つを区別するのは敵か味方」
「…続けてくれ」
「…メルネスが敵なら、それに対抗するよう作られたものは味方なんです」
「つまり、破壊の少女は僕等人類の味方」
口角を上げるジェイの姿にぱあっと顔を明るくする者もいれば
未だ事を飲み込めない者もいる。
強制的に利用する訳ではないのだから、裏切り行為がある訳もない。
加えてには仲間を信頼する気持ちがある。
これまでのいざこざを含めなければの話だが
言葉を巧みに操ればそう言った状況を作るのは簡単だとジェイは感じたのだろう。
「あの兵器が僕達の味方をする…この意味は大きいですよ」
「兵器って…ワレ、ものには言い方っちゅうもんが…!」
「モーすけ、ストップ」
薄く笑みを浮かべ目を細めるジェイに
モーゼスは胸倉を掴もうと一歩前へ出る。
ノーマは二人の間に割り込み、モーゼスの耳にそっと口を寄せた。
「ジェージェー気付いてないけど、顔にやけてる」
ノーマは本人に聞こえない程度の小さな声で、そう言葉を紡いだ。
顔を上げたモーゼスの視線の先には
口元に指の腹をつけが行った先を見つめるジェイの姿がある。
指に押し付けられた柔らかい唇は
良く目を凝らせば、確かに笑っているようにも見えた。
「…なんちゅう分かりづらい」
「きっと嬉しいんだよ」
「引っ掛かってた問題が解けたからか?」
「“破壊の少女”を殺さなくて済むからでしょ」
ノーマは呆れながらも笑みを零し、そんなノーマを見てモーゼスも笑う。
たった一人の少女の言動でこうも場の空気が変わった事を、当の本人は知る由もない。
「いつまで喋ってるの!早く来てよー!」
「もう先に行ったのだと思ったが…」
「私一人じゃ魔物なんか倒せないよ!だから一緒に行かなきゃダメなの!!」
ウィルの言葉は、わざと彼女を突き放す冷たさを持っていた。
を試すように。
自分自身の戸惑いを隠すかのように。
そんな彼の言葉にかかる靄を取り払うくらい、の声は明るく、大きかった。
下らない理由で「早く早く!」と皆を手招きし、真っ直ぐに光の漏れる方を見つめる。
その瞳は光に反射し、色とりどりに輝いていた。
漆黒の中驚く程ハッキリと、まるで未来の行く先を知っているかのように。
「本当…あんなのに殺されたら恥さらしですよ」
「でも破壊の少女って生まれ持った者じゃないじゃん?滄我の声が聞けるって、何かおかしくない?」
「細かい事はこの際良いんじゃないですか?本人も気にしていないようですし」
「でも…は辛そうだ…」
溜め息を吐くジェイとは対照的に
セネルは拳を強く握り、小さく言葉を吐き出した。
「あんな無理な笑顔をさせてるのは俺達だ…」
「…なんちゅうか、空元気って感じじゃのう…」
「…良いんじゃないんですか?すぐ元に戻りますよ」
「すぐに忘れるのがさんの良い所じゃないですか」、と
嫌味ったらしく言うジェイの表情は
言葉とは裏腹に、曇っているようにも見えた。
少し離れた所から皆が近付いて来るのが分かる。
足並みを揃えて、やや早歩きで。
「早く」と急かしたのは私自身だしその言葉に応えてくれたのは嬉しい。
だけど、少し怖いって言うのも事実だった。
足並みを揃える皆の中に、私がいない、寂しい気持ちも本当だった。
でも、全部私が招いた結果。
皆を先に突き放したのは私、こうして共に歩く事を拒絶しているのも私。
だけど、もうすぐ。
もうすぐで、きっとこの靄も晴れて、本音も言える。
だから、後少しだけ。
後少しだけ、笑顔が壊れないようにと、何度も何度も繰り返し
私は光の方へと歩みを進めた。
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修正:11/12/13