「ありゃ?消えちゃった…」





あんなにも強く輝いていた光は
私達が海岸に着いたのを確認してゆっくりと消えた。

光が消えると、皆の注目は砂浜の上にある石碑の絵に集まった。





「絵が描いてある…」
「欠けている所はわざとかな…一、二、三…四…」





不自然に空いた穴の数を数え、ジェイは目を見開き驚いた。
ウィルもその事実に気付いたのか、眼鏡をクッと上げる。





「セネルさん、今まで拾った碑版って…」
「ああ、丁度四つだ」





セネルは大きな石碑の前に今まで拾った碑版を拾った順に並べた。
色、欠けている形、全てが目の前の石碑に条件が一致している。





「あたし等が拾ったのって、ここにある一部分っぽいね」
「滄我に試されていると言う訳だな」
「正しい位置に当てはめろ、と言う事ですね」





顎に手を当て、口に指を当て、各々その碑版の意味を、順番を考える。
私はその間をすり抜け、重たい碑版を一つ手に持った。

軽く力を入れただけでは微動だにしないそれを、歯を食い縛り持ち上げた。
持ち上げたと言っても、私の腕力では地面からたった十センチ浮かせるのが限界だ。





「…お、も…」
「落とさないで下さいよ。割れたら意味がないんですから」
「わ、分かってるよ…!」





皮肉の混じるジェイの言葉に上手く反論する事が出来ない程
体力的にも精神的にもいっぱいいっぱいだった。

一つ目を配置し、二つ目も配置する。
三つ目は持ち上げる事すら困難で、そのまま砂浜の上をズリズリと引き摺った。

引き摺る度足が砂に埋もれて、それを蹴飛ばすように歩く。
手の力だけじゃなく、足の力さえ持ってかれそうだ。





「…へえ」





四つ目の碑版を持ち上げようとしたその時、後方から感心の声が聞こえた。
深みを持った、厭らしい声だ。





「迷わず碑版を埋める事が出来るなんて…やはり、貴女が破壊の少女なんですか?」
「…どうだか」





今は何も考えちゃダメだ。
考えるのはこの先、ゆっくりで良い。

それだけを何度も考えて、ジェイの言葉にある棘を見て見ぬふりをする。





「…貴女の行動には驚きっぱなしです…それが予知夢なんて信じられませんよ」





ピク、と無意識に体が跳ねたと同時
ジェイも眉を顰め私に鋭い眼光を向けた。





「…信じた事なんてないくせに」





ああ、もうまた。
こんな事言いたくないのに。

逃げるように足を動かし、最後の一つをゆっくりと窪みにはめた。

ゴト、と重たい音がし、ゆっくりと息を吐く。
額に滲む汗を拭って、私は海へと目を向けた。





「時系列に沿って並べたのか…」
「滄我の意図は俺達に歴史の真実を伝えたかったようだな」





並べられた碑版を見、皆は深く頷いた。





「白くて四角い船が降りて来た時全てが始まり、煌髪人と出会う。
 そしてその二つの種族は戦いの道を歩む」

「勝ったのは人類…僕達の先祖。
 敗れた煌髪人は船の上に新天地を求めた」

「そして生まれたのが源創王国。
 しかし人類に対する恨みをずっと保ち続けていた煌髪人」

「そして大沈下を引き起こした…と」





私の並べた碑版通りにジェイが歴史を読み解く。
瞬間、目の前にある海は再び光を放ち、私達を眩い色で照らした。





…―――各々、ここに決意を示せ。





ふと、頭の中で声が聞こえた。

それはいつも悩まされていた破壊の少女の声ではなく
私が知っている仲間達の声でもない。

でも、何処か懐かしく、温かい。
その声の主は考えなくてもすぐに分かった。





「…各々、ここに決意を示せ」





頭に響いてきた言葉をそっくりそのまま口に出す。
驚きの視線が背中に熱い程集まっているのを感じた。





、今なんて…」
「…どうやら推測は当たりのようですね」
「レイナード、爪が光っているぞ!」





ゆっくりと振り向けば、ウィルの爪がオレンジ色に光ってる。
ウィルらしい、温かい綺麗な色だ。





「…ウィル、ここに来て」
「あ…ああ」





波打ち際を指差す私を見て、ウィルは恐る恐る歩を進めた。





「思ってる事、言えばいいの」
「俺が、思っている事…?」
「うん」





ウィルには似合わない、不安そうな瞳。
私はそれに強く頷いた。

本当は背中を押したかったけど、
その瞳が恐怖に変わるのが怖かったから、しなかった。





「俺は大陸を追放された身だ。
 今となってはそれほど思い入れはない…ハリエットも遺跡船にいる事だしな」

「だからと言って、大沈下が起こる事は見逃せない。
 平穏な人々の暮らしを一方的に奪うなど許される事はない。
 どんな理由があっても大沈下は止めてみせる」

「これは義務だ…真実を知った俺の義務だ!」





「…その決意、我と一つにならん」





ウィルの爪が輝きを増し、眩しさに目を細めた。

蒼白い光がウィルの爪に集まり、そして手の中、胸の中に入っていく。
光が治まった時、ウィルは自らの掌を見つめ、口を開け呆然と立ち尽くしていた。





「全身に、とてつもない力が…」
「おめでとう、ウィル!」
「あ、ああ…」
「…次の者」





ウィルは未だ自分に起きた事が信じられないと言わんばかりだったが
滄我はまるで急かすように言葉を紡ぐ。

私がその声を代弁したと同時に、今度はモーゼスの爪が光っていた。
赤く、炎のように熱い色。





「ワイはマウリッツとワの字を倒しゃあ嬢ちゃんが元に戻ると信じちょる」
誰を倒すって?
「あ、いや!あれじゃ、ワの字は多少殴るくらいで構わん!」





横でドスのきいた声を出せば、モーゼスの体は大袈裟な程に跳ねた。

私の言葉の真意に気付いたモーゼスは慌てて自らの言葉を修正し
うんうんとこちらが頷くとホッと胸を撫で下ろし咳払いをする。





「…とりあえず、大沈下なんぞ絶対に起こさん!ワレは安心して眠っちょれ!」
「その心構え、気に入った」





海に向けたその手がウィルと同じく輝きを増す。
眩い光から目を反らす事もなく、モーゼスはずっと自らの爪を見つめていた。





「…これで虹色に輝きゃ完璧に言い伝え通りなんじゃがのう…細かい事は抜きじゃな」
「爪術ゲット、おめでと!」
「オウ!のおかげじゃな!」





クカカ、と笑いながらモーゼスは私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

髪から離したその手で拳を作ると言葉にならない声を漏らす。
今にも叫びまわりたい気持ちをグッと堪えているようだった。





「次の者」
「う、え…あ、あたし〜?」





自分の爪が意思に反して光っている事に、ノーマは戸惑いわたわたと声を出す。

焦りながらもパタパタと足早に海の前へと出て、
腕を組み唸りながら何を言うか考えているみたいだ。





「参ったな〜…あたしはほら、エバーライト見つけたいだけなんだけど。
 大それた事も言えないし…ガラでもないしね」

「でも大沈下が起こるのは困るんだよね…家出中とは言え向こうには親いるし、
 このまま死なれたんじゃ後味悪すぎ」

「あたしは楽しくエバーライト探しを続けたい!
 それのために止めなきゃってんなら、仕方ない!やるかって感じ!」





「夢を追いかける者、その道を歩む為にも我の力を」





キラキラと光る爪を見るノーマの瞳もキラキラと輝いていた。
自分の手と海を交互に見、数回それを繰り返すと照れたように笑う。





「滄我と距離が縮まった感じ…選ばれた戦士ってやつ?」





「ガラじゃね〜」と頭を掻くノーマは
もう一度自らの手を見つめへらりと笑い仲間の元へと戻って行った。

ノーマが仲間の輪の中に戻ったと同時、ジェイの爪が光り、滄我の言葉が聞こえる。





「…次、ジェイだよ」





ジェイは私の言葉にピクリと光る指先を動かし
ゆっくりと息を吸い、吐くと海を睨むように見つめ歩を進める。

波打ち際に立つジェイの横顔はいつになく真剣で
爪の光が白い肌に反射し、何だかとても神秘的なものに見えた。





「僕が遺跡船に来てから大分経ちます。遺跡船こそが僕の故郷と言ってもいいでしょう」

「大沈下を起こした煌髪人は遺跡船をこのままにするとは思えません。
 だから僕は大沈下を止めて見せます」

「僕にとって大切な遺跡船を守るために!」





「我と同じ意思を持つ者…今ここに力を与えん」





ジェイの爪の色は白く変わり、大きく輝き出した。
ジェイはその眩しさに目を細め、光が治まると感嘆の声を漏らす。





「これが、滄我の力…」





内に湧き上がる力を感じる事が出来ているのだろう。
爪に集まる熱を確かめるよう、ジェイは両手を握り、目を伏せる。

そしてそんな様子を窺う私を鋭い瞳で見つめた。

「言いたい事があるならはっきり言ってよ」、そう言ってみせたかったのに
滄我は次へ急くように波音を大きくし私に語りかけてくる。





「次、グリューネさんだよ」





視線をズラしグリューネさんを呼ぶと
ジェイは何か言いたげな視線だけを残し、私の元から離れていく。

ニコニコ笑いながらこっちに向かってくるグリューネさんは
何事にも動じず、ただ今までの流れに習い何となくこちらに来た、と言う感じだった。





「こんにちわあ」





そして、いつも通りの緩い挨拶。

相変わらずの空気にほわっとしたのは、私も滄我も同じだろう。
気難しい言葉を使う滄我の、微かに笑う声が何となく聞こえた気がする。





「そなたの力は大沈下を引き起こす物ではない。どうか我に力を貸してくれ」





さっきまであんなに偉そうだったのに
グリューネさんを前にすると少し控えめな言葉遣いになる滄我は
何だかとても、人間味に満ちていた。

「『そなた』だって」、と心の中で笑う私に
小さく「言うな」と聞こえた気がしてまたクスリと笑う。





「皆お揃いで嬉しいわあ」





光る手をうっとり見つめるグリューネさんに、私は「そうだね」と一言返し笑った。





「次は、私か…?」





軽やかに皆の元へと戻って行くグリューネさんと入れ替わりで
爪を光らせながら恐る恐るとクロエがこちらへと向かってくる。





「うん、クロエだよ」





たった一言、彼女にそう返し海を指差すと
クロエは一度、きゅっと唇を噤みゆっくりと言葉を紡いだ。





「私は…私は人類と煌髪人の和平を諦めるつもりはない。
 シャーリィを倒す為だけの力など欲しくない」

「甘い理想主義と言われるかもしれないが、
 私に言わせれば理想がなくてどうする、だ」

「大沈下を止める為の、和平の道を探る為の力…
 こんな私でも構わないと言うならば力を貸して欲しい!」





「今はそれで充分だ…有難い、強き騎士よ」





クロエは海に向けていた視線を、言葉を発した私へと向ける。

驚き見開いた瞳の中に、爪から放たれる強い光がキラキラと揺れていて
私はそんなクロエに柔らかな笑みを見せた。





「おめでとう、クロエ」
「あ、ああ…」





声を出す、と言う行為すら忘れてしまったのか、
クロエはたどたどしく言葉を紡ぐ。

それは相手が私だからか、それとも単に驚いているだけかは分からないけど
深く考えるよりも先に滄我が次の者をと脳に語りかけてきた。





「俺、か…」





セネルの爪が、光る。
綺麗な蒼色、海の色。





「…真実を、語れ」
…いや、滄我か…」
「さすらば道を与えん」





滄我がセネルを求める事に驚きながらも、私は頭に響く声を復唱する。

私が知っている物語では、セネルの意思は滄我に伝わらなかった。
でも滄我はセネルを求めている。

何がどう変化してそうなったのかは分からなかったけど
私はただ、二人の間を取り持つ者としてその場を見守った。





「…俺は…俺には、守りたい奴がいるんだ」





ゆっくりと言葉を述べるセネルに波の音が反響する。





「そいつは本当に、大沈下なんて起きて欲しくないって思ってる。
 それは俺だって同じだ。やっぱり大沈下は止めたい」

「そいつを悲しませない為にも、俺自身悔やまないよう、大沈下は絶対に止める」

「でも…それはシャーリィを殺さない方法じゃないと駄目なんだ。
 じゃなきゃそいつだって悲しむ…俺にも悔いが残る」





「だから、せめてシャーリィの下に行くまでの…その力を俺にくれ」





…―――その言葉、真実と受け取る。





滄我が、認めた。

ザアア、と波音が強くなり
私が滄我の言葉を代弁する前に、セネルの爪は白く光った。

誰よりも大きく、眩い、強くて温かい光。

その強い光から目を反らす事が出来ず、私はただ、セネルの横に立っていた。





「…おめでとう」





自分でも驚くくらい、穏やかな声が出た。





「…守るから」
「ん?」
「…今言った言葉」





グッと拳を作り、セネルは海に背を向けて元いた場所へと戻っていった。

今の言葉は滄我に言ったのか私に言ったのか
それは定かではなかったけど、嘘ではないと言うのはハッキリと伝わった気がする。





…―――…破壊の少女。





声に従い、振り返れば一面に広がる蒼い海。
私の声よりも大きい波の音。





…―――破壊の少女よ、前に出よ。





そして私を呼ぶ、凛とした声。





「…やってやろうじゃないの」





ニッと笑う私に対し、海は何を思ったか。
海と正面から向き合う私に、仲間達は何を思ったか。

広い大地に独り置いていかれたような不安もあれば
海に包まれ、仲間達に見守られ、心強くもあった。

滄我に聞けば私が抱いていた疑問は、きっと消える。
やっと、全てを知る事が出来るんだ。

私はゆっくりと息を吸い、最初の一言を口にした。










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修正:11/12/13