「線路が続いてるのはここまでか…」
「あそこから上に上がって周囲の様子を見てみましょう」





皆はジェイの指差している方向を見て一つ頷き、力強く歩を進めた。















「うわあ…」
「あれが、蜃気楼の宮殿…」
「決戦の舞台としちゃ悪くないの」





口をあんぐりと開け、気の抜けた声を出すノーマ。

こんな素晴らしい外観を見れば、声が出るのは当たり前だろう。
ノーマが出していなければ私が間抜けな声を上げていた所だ。





「皆、ここからは困難な道のりになるだろう」





皆が一斉に振り返り、ウィルを見る。

ウィルの瞳には宮殿が映りこみ
焦げ茶の色が闘志を表すようオレンジ色に染まっていた。





「俺は皆とここまで来れた事を誇りに思う。このまま、最後まで行くぞ!」
「それさっきもやったじゃん!ね、皆?」





ノーマはウィンクをし、そして笑った。
ノーマの笑顔につられ、顔が綻ぶ。

何処まで行っても、私達の気持ちは一つ。
高々を天へ掲げた拳が、何よりの証拠だ。















「アハハハハハハ!!」
「……」
「ほらほらあ!破壊の少女なめるなよー!さっさとかかってこいっつーの!」
「は、はか…ヒィイイ!!」





高らかに笑いながら目の前に倒れる魔物を蹴り飛ばす。

ペシ、と弱々しい音を立て、私は自らの脚力の低さを露呈した。
しかし私達を迎え撃とうとする水の民には効果抜群だったようだ。

私が“破壊の少女”だと胸を張れば張る程
水の民は何かを勘違いし、何かを勝手に想像し怯え逃げて行く。





、開き直りすぎでしょ」
「ああ…・超気持ちいい!!
「そりゃ良かったの」
「まあ、脅してるだけならまだマシだろ。殴りかかるよりはな」
「…今の人達があの魔物を操っていたのでしょうか」





そう言って辺りに伏せる魔物を見つめるジェイに習い
私も自分のすぐ近くに転がる魔物を恐る恐る覗き込む。





「操る者がいなくなった今、この魔物が動く事はないだろうな」
「そうなの?」
「もしそうじゃなければ今頃さんは頭から飲み込まれてるでしょうね」
「…う」
「ほら、先進みますよ」





抵抗出来る力を持ったのは私だけではない。

皆滄我から力をもらい、心にゆとりが出来たのであろう。
戦いにも余裕が出て、互いが互いを信じ良い連携が取れている。

やっと、私達らしくなってきた。
そう確信し、更に一歩前へと進んで行く。















「……」
「どうしたジェイ。急に立ち止まって」





先頭を歩いていたジェイが止まる。
それが余りにも突然で、気にせず前へ進む事は出来なかった。

ジェイは返事もせず瞳だけを動かし、ポケットの中で何かを握る。





「…気を付けて下さい」





たった一言、ジェイがそう言えば
皆も空気の異変に気が付き武器へと手を寄せた。

私も自分の中に走る寒気にも似た嫌な予感に、腰にぶら下げた筒に手を掛ける。





「ッツ…!?」





途端、ギリ、と脳を締め付けられるような痛みに膝から落ちる。
耐え切れず声を漏らせば誰よりも近くにいたセネルが目を見開き、私を見た。

何かを、セネルが言っている。
だけど、私に聞こえるのは。





…―――殺せ。





「い、た…!」
、どうした!?」
「セの字、前見んかい!!」
「ッ!?」





途端、すぐ横から鈍い音が聞こえた。

痛みを堪え真横へと視線を向ける。
先程までそこにいたセネルがいない。

どうして、と思った時には遠くで壁に何かがぶつかる音が聞こえた。

そして、前には。





…―――殺せ。





ドクン、と。
自分の心臓の音が嫌に響き、喉から何かが出て来そうだ。

何、これ。
ッ…苦しい。





「う、は…あ…!」
どったの!?」
「呼吸を落ち着かせろ!」





ノーマの声、その次にはウィル。

安否を確認する為に声を掛けているのだけは分かったけど
何を言っているのかまでしっかりと聞き取れない。

さっきから聞こえるのは恨みと憎しみの篭った、音のない、声。





…―――殺せ。





ドクン、と心臓が痛いくらいに跳ねて
食い縛っていた歯が唇の柔らかい肉へ刺さった。

それでも頭痛は治まらない。
何かを求め、渇きを潤す事だけを求める感覚がひたすら続く。





「ッ痛!!」





腹部に衝撃が走る。
皆が私の名前を呼ぶ声が風に紛れ聞こえた。

飛び、壁に叩きつけられ、パラパラと落ちる小石と共に
バラバラになりそうな体も一緒に落ちる。

お腹に、背中に、あらゆる所に痛みを感じたその一瞬、頭痛が治まった。

そして、私は自らを蹴り飛ばした彼の名前を呼ぶ。





「ワ…ルター…」





名前を口にし、想う度
忘れていた激痛が、頭から全身に広がった。





「まさかここまで来れるとはな…意外だったぞセネル」
「ワルター…!」
「打ち捨てられた地から出てきた覚悟だけは褒めてやろう…」





…―――殺せ。

また…まただ。





「シャーリィは奥にいるのか?」
「だとしたらどうする」
「会って話す…その為に来たんだ」





…―――ころせ。





「無駄だ。メルネスはもはや貴様と何も関わりを持たない」
「それは俺が判断する事だ。…どけ!」
「……」





…―――コロセ。





「…もう一度だけ言う。そこをどけ」
「ほざけ…!」





殺せ。





「う、あ…」





殺せ殺せ。

殺せ殺せ殺せコロセコロセ殺せコロセ。





「あああああぁあああッ!!」





自分の腕を切り落とす勢いで、力強く短剣を振り下ろす。
短剣は狙い通り、私の腕に深く刺さった。

ジワリと、自分の腕から赤い何かがドクドクと流れ始める。
それと同時に私の頭の中に響いていた声が消えた。

シン、と静まり返るその場に私の荒い息だけが響き
そこにいた全員がただ呆然と立ち尽くし、こちらに視線を送っていた。





「…これで、良い…!」





滄我の言っていた事がやっと分かった。

きっと滄我は地上に出ればこうなると予測していたのだろう。
勿論私も忠告をされていたのだから知らなかった訳ではない。

ただ、こんなにもキツいだなんて想像すらしてなかったけど。





ッ!!」





セネルの声がハッキリと聞こえ、痛みを我慢し顔を上げる。
そして驚き目を見開く頃にはもう遅く。





「ッうあ…!!」





白くしなやかな手が伸びてきたと同時、
それは私の首を掴むと、既に抉れた壁へと再び体を叩きつける。

一体何が、と確認する間もなくギリ、と肉に何かが食い込んだ。

それが爪だと気付くのにそう長い時間はかからなかった。
そして、それが誰の爪かと言うのも。





「確認する。貴様が破壊の少女か」





涼しげな顔、冷たい声。
忘れる訳もない、彼との出会いが頭を掠める。





「…きさま、だって…」
「…」
「お前、って呼んでよ…!」





でも私は、知ってる。





「ねえ、…!」





その涼しげな顔は、崩れかける一歩手前の彼なりの強がりだって。





「ワ、ルタ…あ…ッ…!」





…―――何をしている。早く殺せ。





「もう一度確認する…破壊の少女か?」
「…そう、だけど…!?」





「だったら、何だって言うんだよ…!!」





ほら、またその顔だ。

覚悟出来てないのに、覚悟出来たフリ。
辛いのに、誰にも弱音を吐かず使命使命って、馬鹿みたいに頭の中で繰り返している。





「…なら」





「貴様の使命は、破壊の少女を殺す事だ」





「…俺は貴様を、殺す」

…―――殺せ。





声が重なった瞬間、嫌な予感が体を駆け巡った。

ドクン、と強く脈打ち目が見開かれ、自分の意思とは別に手が動く。

ガッと、私の手が真っ先に掴んだのはワルターの白い手。
こんなに伸びてたかな、と思う程鋭く尖った爪がワルターの皮膚に食い込み赤い点を作った。





「ッ…クソ…!」
「ワルタ、離して…!」
「離すものか…!」
「これじゃ、ダメ…ダメなんだよ…!!」





空いている片手が、無意識に短剣へと伸びた。
ダメだと分かっているのに、自分の手は意思に背き真っ直ぐそこへと向かっていく。





「やめ…」





止めろ。

必死に命令を送り続け、歯を食い縛り衝動を抑える。
すると武器を求めていた手は止まり、ワルターの手を掴む手は数センチ上へと浮いた。

その代わり腕の傷口からは血がドク、と溢れ
私の首を絞めるワルターの力は、チャンスだと言わんばかりに強くなる。





「八…ァ…」
「…」
「くる、し…!」
「ッ!?」





酸素がなくなり、気を失いかけたその時ワルターは私の首から手を離した。
離した、と言うよりは離れた、が正しい。

上半身を起こす事さえままならない私はその場に倒れ酸素を求める。

霞む視界の奥の方、ワルターが見える。
そして彼を囲うように床に突き刺さる数本の苦無も。





「…貴様…」
「手を出さない約束なんて、誰がしましたか?」
「…」
「貴方の敵は一人じゃないですよ」





カツ、カツ、と冷たく靴音が響く。
白い手が私の目の前に突き刺さる苦無を拾い、ポケットへと入れた。

ヒュー、と音を立て呼吸をする私を一度覗き込むと
ジェイは表情も変えずに再びワルターの方へと目を向ける。





さん、何も出来ないなら下がっていて下さい」
「…」
「邪魔です」





いや、私もそうしたかったんだけど。
何て口にする余裕もなく、微かに首を動かし頷いた。

散らばった私の黒い髪が揺れたのを見て
ジェイは早く皆の元へ戻れと言わんばかりに手を動かす。

私もそうしようとグ、と片腕に力を入れた時、また嫌な寒気が体を襲った。





…―――フザケルナ。





ドクン、と。
絞められていた喉から、何か異物が込み上げてくるような感覚に目を見開く。





…―――私を見捨てた陸の民が、偉そうに…。





何、これ。
滄我、話が違うじゃん。





「いつまでそこにいるんですか。早くあっちに行って下さいと―――…ッ!?」





ジェイの声が止まった。
白い頬に赤い線が一つ浮かび上がり、顎に向かって落ちていく。

ジェイの大きな目が更に大きく見開かれ、私を捉える。
彼の目に映った私は短剣を握り締め荒い息を吐いていた。

何で、私の手に持っている短剣には血がついているんだろう。





「…何、してるんですか」
「…ハ、ッ…ウゥ…!」





違う、私じゃない。

そう言葉にしたいのに、ハ、だのウ、だの
私の口からは言葉にならない声ばかりが溢れてくる。





「まさか貴女、寝返るつもりですか…?」
「ち、が…!」





…―――何故、私を助けなかった。





違う。
アンタを助けなかったのは、ジェイじゃない。





…―――何故私に、その爪を光らせる。





アンタに向けて爪を光らせている訳じゃない。
ジェイは、私を守る為に戦ったんだ。





…―――何故、邪魔ばかりする…。





「あ…」





…―――ねえ、何で…。










…―――何で、そんな目でわたしを見る…。

「…何で、そんな目でわたしを見る…」










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修正:11/12/14