「シャーリィ!」
部屋の奥にいる少女の名前を呼ぶ。
少女はまるで遥か昔からここにいたかのように
ゆったりと玉座に座り、私達を見下していた。
冷たい瞳。
深海のように深く、光の当たらない場所まで沈み込んだ感情を良く表している。
「まさか再び会うとはな…」
「戦う為に来たんじゃない!俺達は話をする為に来たんだ」
「…ワルターめ、足止めにもならんのか」
捨て駒のようにワルターを扱うメルネスの姿にギリ、と拳を握り締める。
「ぜ〜んぶ滄我ちんが教えてくれたんだから!今更隠し事はなしだよ!」
「打ち捨てられた地の忌まわしき者め…余計な事をしてくれる…」
「やはり貴様とは決着をつけないといけないらしいな…」
そう言うと、シャーリィはゆっくりと立ち上がり私を見下ろす。
静かな瞳から感じる殺気に私は体を震わせた。
怯えていた彼女が、煽られ出てこようとしているのだろう。
今はダメ、と何度も何度も頭の中で繰り返し、
押し寄せる熱から逃れようと自らに痛みを与え、歯を食い縛った。
「静の滄我は色々な事を教えてくれた…源創王国が生まれた経緯も、大沈下が起こった事もだ!」
「…」
「確かに俺等人類は悲惨な種族戦争を重ねてきた…だけど俺達は今を生きているんだ!」
「…」
「過去に拘る必要なんてないだろ!?」
セネルの力強い声がフッと体の熱を冷ましてくれる。
それと同時、私の頭の中を流れる声は予想もしていなかったものだった。
…―――怖い…。
「…え…?」
「殺す」だとか「憎い」じゃない。
少女は何かに怯え、覇気のない言葉を吐き出した。
…―――寂しい…。
「遺跡船を煌髪人の領土にするよう各国にかけあっても良い!」
「レイナードの言う通りだ!水の民の住む土地は私達が必ず確保する!」
…―――嫌、止めて。
…―――そうしたら、わたしは何処に行けば良い…。
彼女が頑なに人類を否定し、怯える理由が分かった気がした。
…―――わたしだけ、置いてかないで…。
彼女が過去、兵器になる前、どんな生活をしていたのかは私には分からない。
だけども元は、心は、私達と変わりがないのだ。
独りになるのが怖いんだ。
メルネスを殺すと言う使命だけがいつの間にか彼女の存在理由となっていて
この戦いが終われば自分が孤独になる事を知っていたから。
だからこんなにも、世界の平和を頑なに否定するんだ。
「ここまで来て何を言うかと思えば…下らない」
フッと嘲笑を浮かべるとシャーリィは私達を蔑むように見下した。
驚き目を見開く仲間達を余所にゆっくりとその手を上げる。
「待ってくれ、シャーリィ…!」
「動くな…近付いたら光跡翼を発動させる」
深い蒼の瞳が私達を睨む。
たったそれだけで体がビクリと跳ねて、手に持っていた杖を落としそうになる。
「シャーリィ…俺だけで良い。もう少し…せめて、目が見える位置まで行かせてくれ」
…―――何処へ、行く。
…―――わたしを、置いてかないで…。
…―――もっと、ちゃんと、強くなるから。
…―――そんな、煌髪人の元に…行かないで。
セネルが一歩シャーリィに近付く度、少女は嫌だ嫌だと首を振った。
だけど少女がどんなに辛いと嘆いても、私は一歩も動く事が出来なかった。
ただただ、セネルの頼もしい背中を見て何故か涙を流してる。
…きっとこれは、私のものじゃなくて彼女のものだ。
「それ以上は近付くな」
距離にして数メートル。
不意を突けば触れられる距離まで近付いたセネルは
一度深呼吸をし、真っ直ぐとシャーリィを見つめた。
「話せば分かる等と思うな…」
「…」
「以前も言った。もはやお前の妹演じていた私ではない」
「それは分かってる」
静まり返った空間にシャーリィとセネルの声だけがクリアに響いた。
反響し聞こえる声に私達はただ耳を澄ませ事の成り行きを見守る。
「だから、話をしに来たんだ」
「何…?」
「妹なんか、演じて欲しくない」
「ッ…」
「シャーリィには俺の気持ちを知って欲しい。妹としてじゃなくて、大切な仲間として」
「なか、ま…?」
「ああ」
「大切な…大切な仲間なんだ。ここにいる誰よりも大切な」
ハッキリと聞こえたセネルの声に私達もゆっくりと頷いた。
仲間。
その言葉はシャーリィの心に深く突き刺さる。
“誰よりも”、と言う言葉に喜びを覚え
そして“仲間”と言う言葉に胸を痛くする。
小さく息を漏らして目を瞑り、自らの胸を押さえるシャーリィの髪は
蒼色から金色へと、ゆっくり変化していった。
「…お兄ちゃん」
か細い声でセネルを呼び、シャーリィは再び顔を上げる。
深く沈んでいた蒼の瞳に光が戻る。
それはセネルを見つめユラユラと大きく揺れていた。
「凄く嬉しい…ありがとう」
「シャーリィ…」
「でも、私は…メルネスだから」
消えそうな笑顔を浮かべたシャーリィが真実を告げると
セネルの伸ばしかけていた手が行き場を失い、虚しく宙に浮く。
「妹だと思われるのが、一番苦しかった…」
「…」
「だから仲間って言ってくれただけでも、凄く嬉しいんだ…」
「シャーリィ…」
「恋人だなんて、私達には似合わないもんね」
茶化すように笑うシャーリィにセネルは戸惑ってばかりだ。
「別にお兄ちゃんの恋を邪魔したい訳じゃないの…」
「…」
「ただ、私はメルネスである事を選んだ」
シャーリィは再び消えそうな笑みを浮かべ、セネルと一歩距離を置く。
私はそんな笑顔が許せなかった。
私の中にいるもう一人の少女も
そんな笑顔を許そうとはしていなかった。
「恵まれた環境に生まれたお前が、苦しそうな顔をするな」とでも言わんばかりに。
「メルネスである事は、私の存在理由だから」
「…」
「どれだけの責任と期待を背負っているか、滄我の声を聞いたなら分かるでしょ?」
「分かんないよ」
シャーリィの言葉に返事をしたのは私だった。
乱暴に発した私の声は離れているシャーリィにも良く聞こえただろう。
突如聞こえた私の声にセネルは目を丸くし、シャーリィもハッとした顔でこっちを見ている。
そして目が合ったと同時、互いが互いの中にいる存在に操られるかのように強く睨んだ。
最も私は操られている訳ではなく、ただ単に腹が立ってシャーリィを睨んでいるのだ。
「さっきから聞いてれば愚痴愚痴愚痴愚痴…女々しくてウザったいんだよ」
「なっ…」
「責任と期待…?随分良い物背負ってここまで来たんだね?」
「ッ…何が言いたいの?さん」
「シャーリィには分からないよ」
遠くから見ても分かる。
スカートを握る手が白くなり、その柔らかな唇が噛まれ
操られているからではなく、本心で私を睨んでいる事が。
「弱いままのシャーリィに、何が分かる訳?」
「…!」
「分からないよ…分かって欲しくないよ」
「自分が一番可哀想だと思ってるシャーリィは、分かりたくもないんでしょ?」
「私の方が可哀想だって、認めたくないんでしょ?」
空気がどんどんと重くなる。
自分の言葉のせいだと理解はしていた。
それでも私は目の前の少女を許す事が出来なかった。
シャーリィは強かった。
初めて会った時でさえ、私に対しあんなにも素直に感情をぶけてきた。
なのにどうして、こんなにも弱くなってしまっているのだろう。
「汚名?侮辱?羞恥?…私が背負ってるもの、そんなものじゃないよ」
「…」
「存在理由?それがあるだけで幸せって?バッカみたい」
「ッ…さん…!」
「存在理由があるなら、やってみせてよ。メルネスなら、やるべき事ちゃんとやんなよ」
私の言葉に、震える彼女の体が大きく跳ねた。
怒りに歯を剥き出していた表情が一瞬強張り、拳が解ける。
「光跡翼発動の為に、まずは邪魔者の排除でしょ?手始めに目の前のセネルから殺してみれば?」
「なっ…!」
「出来ないの?ああそっか、大好きな“お兄ちゃん”だもんね」
「メルネスってそんなに弱いんだ…破壊の少女は、ワルターを本気で殺そうとしたのに」
ハッと鼻で笑った私の言葉に
シャーリィが強く反応したのは誰が見ても分かっただろう。
血が出ると思う程唇を強く噛み締め、怒りに任せバッと手を前に出すと
驚き目を見開くセネルを強く睨みつけ、なりふり構わず声を上げた。
「私だって、決着ぐらいつけられる!!」
「シャーリィ…!?」
「そんな事、貴女“なんか”に言われなくても分かってるわよ!!」
やっと本性出した。
結局は悲劇のヒロイン気取ってても
裏では人の事を下に見てるのがすぐに分かる。
別にシャーリィが悪い訳ではない。
だって今の私は、本当に全人類から見ても底辺であり、汚点なのだから。
力を集中させるシャーリィにセネルは半歩下がり身構える。
セネルはシャーリィを殺せない、だけどシャーリィはセネルを殺す。
明らかにシャーリィが有利なこの状況。
だけど彼女が見せた一瞬の表情に、もう決着は着いているようなものだった。
「…リッちゃんの表情…」
「なんちゅう顔しとんじゃ…」
「迷いのない人間があんな顔をする訳がない…!」
「嘘つくから、ああなるんだよ」
「…」
はあ、と溜め息を吐きながら私はポツリと声を零した。
周囲にいる仲間達にしか聞こえない程の声量は、独り言のようにも聞こえただろう。
「わざと煽ってたんですか?」
「ううん、本気だよ?」
「…」
「だって腹立つじゃん。幸せになれるのに不幸面するの」
「…本当、貴女って人は」
真顔で答える私にジェイは盛大に溜め息を零す。
そして私がニッコリと笑って見せれば肩を竦めて、その後は何も言わなかった。
(正確には呆れて物も言えない、の方が正しいかもしれない)
「、ハァ…!」
「…」
「どうして攻撃しないの!?」
「……」
「私本気なんだから!本気なんだから…冗談なんかじゃないんだから!!」
悲痛な声にズキ、と胸が痛む。
だけどこれで良い、良いはずなんだ。
シャーリィは知らなくちゃいけない。
自分を分かってるつもりで上げている声が、やろうとしてる事が
本当は自分のやりたい事じゃないって事を。
「俺には出来ない…シャーリィがメルネスだったら決着をつけるつもりだった」
「…っ…」
「だけどメルネスだろうがシャーリィはシャーリィだ」
「…っああぁあ!!」
手を思いっきり振る。
ノーマがシャーリィの名前を呼ぶ、悲鳴にも似た声が聞こえた。
だけど、何かが起こる訳ではない。
セネルの悲鳴も、血の流れる音も、何も。
ただただ沈黙の中、シャーリィの荒い息だけが不規則に聞こえるだけだった。
「何で、…どうして出ないの!?」
荒い息を吐き、髪を振り乱し、行き場のない怒りに唇を噛み締める。
「シャーリィ、よすんだ」
「黙って!…来たら、殺すわ!!」
優しく諭すセネルの声を振り払い、慈悲に満ちたその瞳を拒絶した。
セネルが一歩近付く度、シャーリィは一歩下がり
何度もその手を振り、テルクェスを出そうと足掻き続ける。
「ッ殺すって言ってるじゃない!!」
だけど、出るわけがない。
「どうして、どうして出ないのよ…!」
シャーリィが、それを望んでいないのだから。
「シャーリィ」
「私はメルネスなのに!水の民の数千年にも亘る想いを背負ってるのに!!」
「…シャーリィ」
「どうしてっ…」
「どうして攻撃出来ないのよおッ!!」
無力に嘆き、ガクと地に膝を着けシャーリィは両手で自らの顔を覆った。
隙間から見えた光は、きっと涙だっただろう。
震える喉から出る嗚咽。
シャーリィはそれすら何故溢れいるのか分からないと言わんばかりに
「どうして」と仕切りに繰り返した。
どうして、どうして、と。
声が枯れるまで。
Next→
...
修正:11/12/14