膝から崩れ落ちたシャーリィの前、セネルはゆっくりと身を屈め
シャーリィを嘲笑う事も、責める事もせずに手を差し出した。
「シャーリィ…の正体を知ってるだろう?」
「ッ…」
私達は顔を見合わせ小首を傾げる。
普通に聞こえていた声が、突然言葉ではなく音へと変わったのだ。
何かを言っているのは分かる、だけど何を言っているのかは分からない。
セネルの声はとても小さく、シャーリィに囁くように紡がれて
私達は話の流れも読めぬまま、ただその背中を見守る事しか出来ない。
それでも信じられた。
セネルなら、きっとシャーリィを救ってくれるって。
「アイツだって…たった一人の想いだけど、物凄く重い物を背負ってる」
「…」
「…さっきだって破壊の少女の憎しみはの心を食い荒らし、ワルターを殺そうとしたんだ」
「ッワルターさんを…?」
「ワルターだけじゃない…ジェイも運が悪ければ死んでたと思う」
「そんな…だって、さんはジェイさんの事、凄く大切に…」
「そうだよ。破壊の少女が殺そうとしたんだ…仲間を」
セネルの肩越しから見えるシャーリィの瞳が大きく見開かれて
溜まっていた涙がツゥ、と頬を伝い落ちていく。
「なあ、シャーリィ…アイツ、どうしたと思う?」
「…」
フッと、シャーリィの目が私を見た。
それはメルネスとしての憎しみや怒りの篭った瞳ではなく
ただ純粋に、シャーリィが私に何かを求めているような瞳だった。
「…腕、折れてるんだよ」
「えっ…?」
「折ったんだ…いや、折ってもらったんだ…俺達の仲間に」
「そんな…だって、そんな事したら…」
「痛いさ。痛いに決まってる」
「…」
「それでも、自分がどんだけ傷付いても守りたいんだよ」
「ワルターと…シャーリィを」
フワリとセネルの髪が揺れ、シャーリィは大きな瞳をより大きくする。
そして次にはグッと唇を噛み締めて慌てて私から目を反らした。
「…どうして…だって、破壊の少女は水の民の敵なのに…」
「曰く、破壊の少女だけど破壊の少女じゃないんだってさ」
「変だろ」、と言って困ったように笑うセネルの声に
私達は顔を見合わせヒッソリ話す。
「誰か馬鹿にされてない?」と私がノーマの耳に声を寄せれば
「どう考えてもあんたでしょ〜が」とつれない言葉が返ってきた。
それってどう言う事だと言わんばかりの瞳を見せれば
ノーマは盛大な溜め息を吐いて「後で説明するから」と会話を流し手をヒラヒラと横へ振る。
「今の時代の破壊の少女は自分なんだってさ」
「…」
「新世代の破壊の少女は自分だから、自分の好きなようにするんだって言ってた」
「…私は…!」
シャーリィの声が、一瞬だけ大きくなる。
だけどそれ以上の言葉は紡がれず
再び私達の間には何とも言えない沈黙が流れた。
だけどこれだけは分かる。
シャーリィは今自分自身と戦っていて
それにはセネルの力が大きく関わっているんだと。
「…静の大地で、初めて見たんだ」
「…何を…?」
「が何もかも投げ出して、ぐちゃぐちゃになるまで泣いた所を」
「死にたいって思ったと思う…“何で自分が破壊の少女なのか”って、喚いたりもしてた…」
「自分じゃなければ良かった、こんな事になるんだったら来るんじゃなかったって…」
「…俺は、そんな事言って欲しくなかったのに、その時何も言えなかった」
「…だから、シャーリィには言う」
シャーリィの金色の髪を、セネルの褐色の手が優しく撫でる。
「メルネスで良い…水の民で良いんだ」
「…」
「でも俺にとってシャーリィはシャーリィだから…また、昔みたいに笑い合いたい」
「…お兄ちゃん…」
「そして、誰に罵られようが煙たがられようが、笑っていてほしい」
「今のみたいに」、と言いセネルは彼女の涙を拭いた。
「シャーリィも好きな事をすれば良い」
「…私、…」
「アイツは今自分が破壊の少女だって事を凄く誇ってるよ」
「……嘘だよ…破壊の少女は、誇れる物じゃない…」
「嘘じゃないさ。さっきまで水の民脅して笑ってたんだぞ?」
「なあ、?」
そう言って私に笑顔を向けたセネルに
目を丸くし「は?」と間抜けな声で返事をする私。
先程の優しい笑顔とは違う、少年のような意地悪な笑み。
会話の前後を知らない私にとって、「なあ?」と言われても返事なんか出来る訳がない。
その笑顔を見る限り適当に「うん」って言うのも間違いな気がする。
「そんな事より話終わったの?」
「ほぼ…な」
「…」
「じゃ、私も!」
ピッと手を上げ笑顔を浮かべながら
俯くシャーリィの名前を思いっきり叫んだ。
シャーリィはビクリと肩を跳ねらせて、丸くなった瞳で私を見る。
「私達、揃ったら最強だと思わない?」
「っ…え?」
「だって水の民と陸の民のトップクラスが“友達”なんだよ?それ以上に良い事ってないじゃん!」
笑う私に口を開け呆けるシャーリィ。
私は心臓の辺りに違和感を覚えながら、酷い頭痛を我慢する。
大丈夫。
破壊の少女も、私も、シャーリィも、きっと上手く生きていける。
私が、私達が新しい時代を築けば良いのだ。
二つの種族が手を取り合い、生きていける時代を。
「私、いても良いのかな…?」
雨音のような小さな声でポツリと言葉を吐き出して
シャーリィは瞳から大粒の涙を落とす。
セネルはゆったりと笑みを浮かべ、その涙を丁寧に掬い
きゅっと自分のスカートを掴むシャーリィの手に自らの手を伸ばした。
「当たり前だろ…」
「ッ…ぅ…」
「…帰ろう、シャーリィ」
拭っても拭っても溢れてくる涙は、とても綺麗だった。
震える唇で笑みを作るシャーリィの姿はもうメルネスじゃない、普通の女の子。
これで全てが元通りになる。
…そう安心するには、まだ少し早かったのかもしれない。
「待て」
二人の手が互いを求め繋がろうとしたその時
低く篭った声がそれを制止した。
「気を許してはならん、メルネスよ」
触れそうな指と指が跳ね、微かな距離が生まれる。
セネルとシャーリィ、そして皆はゆっくりと声が聞こえる方へと瞳を向けた。
恐らく、仲間の中で一番に行動を起こしたのは私だろう。
決して破壊の少女に操られていた訳じゃない。
私は私の意思で腰に下がる筒に手を掛け、言葉よりも先に短剣を投げ捨てる。
刃は男の頬を掠め、遠くの壁へと突き刺さる。
薄く切れた頬がクッと上がり、その唇が嫌な笑みを浮かべた。
「マウリッツ…!」
まるで自分の声じゃないようだった。
ガラガラで、餓えている獣のような声だ。
「メルネスよ、お前はずっと騙されていたのだ!」
高々と笑う男目掛けてもう一度短剣を投げれば、今度は服の袖で絡め払われる。
「ッやめ…!!」
攻撃で制止出来ないなら、体で止めてやる。
このまま飛びつき、噛みついてでもこの男にこれ以上喋らせてはいけない。
止めなきゃいけなかった。
全てを知っていた私が。
なのに、また間に合わなかった。
「セネルはヴァーツラフの手下だったのだ…!
三年前のあの事件も、セネルが引き起こした!!」
両手を広げ言葉を吐き出したマウリッツの声は広い玉座に良く響く。
近くにいる私にも、遠くにいる仲間達にも、驚き目を見開くシャーリィにも。
伸ばした手が、ピタリと止まった。
「止めろ…!」
「ステラを誑かし、ヴァーツラフに引き渡したんだ…こいつはな!」
「ッステラは関係ない!!あいつの事を悪く言うな!」
声を荒げるセネルの横でシャーリィは体を震わせる。
「…お兄ちゃん」
冷え切った声に、セネルの肩が大きく跳ねる。
「今の話、本当なの…?」
震える声に弁解するよう、セネルはシャーリィに手を伸ばす。
だけどシャーリィはそれから逃れるように自分から距離を取った。
「シャーリィ…」
「答えて…お兄ちゃん」
「……本当だ」
力強く握られたセネルの拳が、震えている。
シャーリィはそんなセネルを見て、瞳の色をガラリと変えた。
「…お姉ちゃんは知ってたの?」
「…ああ」
「……そっか」
そう言って、シャーリィはただ悲しい笑みを作った。
「知らなかったのは、私だけなんだね」
「シャーリィ、これには訳が…!」
「お兄ちゃん、私に黙ってるの…辛かったでしょ…?」
「っ違う…!それも今言いに…!」
「言い訳は良いよ」
また戻ってる。
昔の弱いシャーリィに。
ついさっきまで、信じあえていたのに。
ついさっきまで、通い合えていたのに。
どうしてまた、自分から絆を壊すような事をするんだ。
「私、お兄ちゃんとは心が通じ合ってると思ってた」
思ってた…?ううん違う。
本当に通じ合ってたじゃん。
「でも、それって幻想だったんだね」
鉛のように重たい言葉がその口から紡がれると
セネルは酷く顔を歪ませて、音にならない声でシャーリィの名前を呼んだ。
「待って」、と私達が口を挟む事さえ許されない空気に
クツクツと楽しそうに男が後ろで笑ってる。
「私は水の民。お兄ちゃんは陸の民」
「…シャーリィ」
「どうして、捩れてしまうんだろう…」
静かに目を閉じ。
「どうして、水の民と陸の民はこうなってしまったんだろう…」
歌うように嘆き。
何処からともなく吹く風が髪をふわりと上げて、毛先を蒼に染めていく。
「どうして私達は、出会ってしまったんだろう……」
髪全体が光り出した頃、その背中からは大きくて蒼い、鮮やかなテルクェスが生える。
そして、光に包まれたシャーリィの蒼白い顔に笑みが浮かぶと共に
最後の言葉がゆっくりと紡がれた。
「さようなら」
一粒の涙が頬を伝い、地に落ちる。
「…さようなら、お兄ちゃん」
瞬間、私達の耳に届いたのは、大地が激しく揺れる音だった。
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修正:11/12/14