フッと、光に導かれるように顔を上げる。
そして今日、初めて自分を見下ろす物の存在に気が付いた。

今晩の月はとても温かく、綺麗だと言う事に。





と別れた後、俺は墓地に行った。

久しぶりにステラの墓石を見ると長旅を終えたような疲労感に襲われる。
いや、きっと安心しているんだ。

過去、彼女が俺にくれたぬくもりが今もこうして、時折力をくれる。


…でも、やっぱり違うとも感じた。


今こうして墓石に手を当て笑う俺も本当の俺。
だけどそれは、一番自分らしい自分ではない気がする。





「…俺らしく、だよな」





そう口にすれば、暖かい風が頬を掠める。
それがまるで答えだと言うように。

そして、そこまで分かってれば行く場所はここじゃないだろと言うように。





「…行ってくるよ、ステラ」





「今度はシャーリィと、三人で来る」、
そう伝えて、俺は墓地から背を向けた。

俺が今行かなきゃいけない場所はただ一つ。
噴水広場に行かないと。















「……は…?」





噴水広場に辿り着いた俺を迎えた異様な光景に
人生で一番間抜けと言っても過言ではない声が漏れた。

噴水広場には用意された席もなければ、宴会をする準備をした形跡もない。

言い出しっぺとは言え、ノーマが先に来て準備をしてるなんて期待はしていなかった。
どうせ俺が最初だろうとも予測はしていた。

だけど目の前に広がる光景は予測していない。
むしろこんな物、言い当てられる方がおかしいはずだ。





「あ、セネルー」





噴水広場の真ん中でしゃがみ込む少女は呑気な声で俺の名前を呼んだ。
目の前で轟々と燃える、炎を見ながら。





「早いね!皆まだ来てないよ?」
「……」
「あ、来るまで隣座る?」
「なっ…え…?」
「狭いとこですがお構いなくー」
「あ、ああ…いや、そうじゃなくて」





混乱する俺を余所に は上機嫌に笑顔を浮かべていた。
つい流されかけた体をピタリと止め俺はを見つめる。

炎を吸い込み赤くなる瞳と噴水のイルミネーションに照らされた黒くて青い髪。
二つの色に囲まれた少女をただ呆然と見続ける俺に、は不思議そうに小首を傾げた。





「…何してんだよ、こんなとこで」
「焚火!」
「だから、そうじゃなくて…」





木の枝で火を突きながら
はご丁寧にも見れば分かるような事を口にし教えてくれる。

いつも通り、先程そう言ったばかりなのに
早速少女のペースに巻き込まれている俺をステラが見たら、きっと笑うだろう。





「…捨ててるの」





パチパチと燃える炎の音に紛れて
の弱々しくも力強い、そんな声が聞こえた。





「過去を、捨ててるんだ」





はそう言ってゆったりと笑った。

「別に頼まれた訳じゃないんだけどね」、と言う彼女は
何か大きめの物を木の枝で突いている。

炎の中で燃えるそれは、多分、本だと思う。
それもとても分厚い本だ。





「…これ、破壊の少女の最後に書いた日記なんだ」
「破壊の少女の…?」
「うん」





そう言ってもう一度、火の中にある本を見れば
焦げるページに文字らしき物が書いてあるのが見えた。

と言っても、もう読めたものじゃない。
紙は既に真っ黒で、厚みのある表紙だけが何とか原型を留めている程度だ。





「こんな悲しくて、復讐塗れの本は捨てるの」
「…」
「誰だって黒歴史は痛々しくて見せたくないじゃん?」





ふざけて笑うの言葉には、所々俺には分からない単語が混ざってる。
だけどもそれが自分の為に、そして破壊の少女の為にしている行為と言うのが良く分かった。





「…良いんじゃないか?」
「ん?」
らしいよ」
「だろー!」





不思議だ。

さっきまで破壊の少女をあんなに煩わしく感じていたはずなのに
は今、自分の中にいるもう一人を想って笑っている。

灯台前で別れてからたった数十分、一体の中で何が変わったのだろうか。

俺にはそれが何となくだけど分かった気がした。





「セネルも」
「ん?」
「セネルも、捨てない?」





フッと笑う少女に俺は「は?」ともう一度疑問符を付けて返事をする。
は「何で分からないの」と言わんばかりに一度ムッとした顔を見せた。

だがすぐにその表情は笑顔へと変わり、そして何かを催促するよう手を動かす。





「“メルネス捕獲作戦報告書”」





そして、その言葉を聞いた瞬間
自分の体が嫌なくらい大きく跳ねたのが分かった。

ドクン、と心臓が脈打って脳がグラリと揺れ、瞳が驚きで見開かれる。

勝手に拳に力が入って
「どうして」とか「何で」とか、そんな言葉ばかりが脳裏に浮かんだ。





「持ってるでしょ?」
「い、や…」
「持ってないの?」
「ある、けど…」
「じゃあ、一緒に燃やそ!」





は驚く俺を置いて楽しそうに笑っていた。





「いらない過去は、ここで燃やしちゃおうよ」

「忘れる訳じゃないよ?でも、囚われるのは嫌じゃん」





いや、楽しそうと言うのは少し違うかもしれない。

全てを見透かしていながらも
俺を貶す事なく優しく微笑んでくれている。

それはやっぱり、昔見たステラの笑顔に似ている気がした。





「…そう、だな」





そう言って俺は、隠し砦で見つけてからずっと
誰にも見せられないでいた本をゆっくりと取り出した。

はそんな俺を見上げて笑っている。





「忘れる訳じゃない…だけど、もう囚われない」





そう言って、目の前で勢いよく燃え上がる火の中に自らの過去を沈めた。
火はすぐに俺の過去を取り囲み四方からジワジワと燃やし、灰にしていく。





「未来を向いて、歩かなきゃな」





またいつものように、は俺の行く道を示してくれる。

そして俺が前を向くととても嬉しそうに笑うんだ。

が未来を望めば、俺も未来が見たくなる。
が過去を振り返りたければ、俺も一緒に振り返る。

そしてまた、真っ直ぐ前を見て笑う。
それがとても幸せだと、改めて実感したんだ。















「…有り得ない」





仲間の姿がチラチラと見え始め
意気揚々と噴水広場に来たノーマが一番初めに零した言葉がこれだった。





「何がだ?」
「この状態だよ!何これ!何でここ水浸しなの!?」
がブレスで火点けて、が水で消した跡だ」
「うっ…言われてみればそこはかとなく焦げ臭い匂い…」
「公共の場を何だと思ってるんだこいつは…」





そう言いながらも、ウィルがを殴れないのには訳がある。





「ってゆ〜か、あたしが言いたいのはそこじゃなくて…」





ノーマはわなわなと震え、まるで吠えるように言い放った。





「何では皆が集まる前に寝てるのよ〜!!」





ぐう、ぐう、と規則的な寝息を立て噴水の縁に寄りかかる
ノーマの声が響くと同時、五月蝿そうに寝返りをするとまた規則的な寝息を立てる。

まるで赤ん坊のようだとモーゼスは愉快に笑った。





「宴会するって言ったのに〜!」
「眠いんだろ…仕方がない事だ」





睡魔がどれだけ恐ろしく、また魅力的なものかを理解しているからか
セネルはノーマのように声を荒げる事はなかった。

それでも友と一緒に騒げない事が余程悔しいのだろう。
ノーマは地団駄を踏み、やり場のない怒りを放つよう頭を掻き毟っている。





「ギート、ワレの体貸しちゃれ」





モーゼスの言葉にクゥン、と控え目に返事をしたギートは
冷えた噴水の縁に体を預けるに遠慮しながらも自らの体を寄せる。

すると何かに導かれるよう、は縁から体を離し
ギートの首に腕を絡め、遠慮もなしにその赤い毛へ自らの体を埋めた。





「ほ〜ら男子〜普段見れない好きな子の寝顔でもじっくり見とけよ〜」
「あら、そう言えばジェイちゃんがいないわねえ」
「あ、そか…検証中なんだよね…ちょっとくらい顔出せないかな〜」
「わたくし、呼んでくるわね〜」
「よろしくグー姉さん!」





トコトコと子供のように歩くグリューネにノーマは大きく手を振った。

そして一息吐くとくるりと体の向きを戻し
ニヤニヤと、セネルとモーゼスに向けてやらしい笑みを見せる。





「ほらほら〜今ならスカートの中覗き放題だよ〜?」
「良い加減にしろ」
「あだっ!!」
「お前も覗こうとするな」
「グホォッ!」





ウィルの鉄槌による犠牲者が二名出た所でクロエは困ったように笑みを零す。
セネルはそんなやり取りを見て肩を竦めていた。

自分に迫っていた危機にも気付かず、幸せそうな寝顔を見せるを見て
クロエはそっと、自らの手を少女の髪に乗せた。

クロエが髪を撫でる度、少女は嬉しそうにむにゃむにゃと頬を緩める。
クロエはそんなの反応を優しく見つめながらも、何処か面白そうに髪を撫で続けていた。










「ジェイちゃん連れてきたわよぉ」
「検証が終わってないのでそんなに長くはいられませんよ」
「ま〜ま〜。とりあえずハイ、癒し」
「…?」





ささ、とノーマが指差す先には
ギートを枕にし、すうすうと寝息を立てる少女。

寒さに身が震える度、クロエが掛けたマントを自らの体に引っ張り
もぞもぞと体を動かすとまた幸せそうな笑みを浮かべる。

規則正しく呼吸をする体が上下に揺れて
彼女の黒い髪がパラパラとギートの赤い毛の間に散らばった。





「……」
「うわ、すっごい呆れ顔」
「危機感がないと言うか…幸せそうな顔に怒りすら覚えますね」
「ありゃ、癒されると思ったんだけどな〜」





失敗、と頭を掻くノーマをジェイはジトッとした瞳で見ていた。
まさかこんな事の為に呼んだのでは、と言いたそうに。





「ま〜、危機感がないのがってもんじゃん?」
「…そうですね」
「お、ジェージェーにしては素直!」
「呆れて物が言えないだけですよ」





肩を竦めると溜め息を吐き、少年はもう一度、彼女の顔を見つめる。

少女は自分が会話の中心になっている事も知らず
深い深い眠りの中から目を覚ます事はなかった。





「…こんな幸せそうな寝顔見せられたら意地でも頑張らなくちゃいけないじゃないですか」
「何?小さくて聞こえないって!」
「何でもないです」





意味深な態度を取るジェイに、ノーマは「気になる」「教えろ」と言い続ける。

何度も追及するノーマも頑固ではあるが
絶対に口を割ろうとしなかったジェイも相当頑固だ。

二人のいつも通りのやり取りを仲間は苦笑を浮かべながら見つめていた。





「…さて、そろそろ僕は戻りますよ」
「検証、頑張ってくれよ」
「ありがとうございます。…では」





そう言って少年は仲間達に背を向け
月の光を受けながら、広場を後にした。





「…ねえ」





いや、正確には“後にしようとした”、だ。





「幸せに、するから…」





呼吸に紛れ聞こえる、掠れた声。

寝言にしては大きい少女の言葉に
仲間達は物音を立てないようひっそりと耳を傾ける。





…―――…お前が、私の言う事を聞いてくれるとでも言うのか。

「…」

…―――…全人類を殺し、私を幸せにしてくれるのか。

「違う…」





眉を顰め、モゾ、と大きく動いた彼女の体から
クロエのマントがスルリと落ちる。





「そんなの、幸せじゃない…」

「私が、呼ばれたのは、きっと偶然じゃない…」

「私が、本当の幸せ…教えてあげるから」





「助けるよ、全部…アンタの事、好きだから」





その後、は言葉を発さなくなった。

取り残された仲間達はただ呆然と彼女を見る事しか出来ず
今の言葉を聞き、どんな顔をして良いのか分からないようだった。





「すっごい寝言…どんな夢見たんだろ」
「さあ?」
ちゃん、強くなったわねえ…」





そっと、グリューネはの頭を撫でる。
優しく、愛しそうに動くその指に はまた幸せそうな笑みを浮かべた。





「これなら、あの子も救われるわ…」
「グー姉さん…?」
ちゃんなら助けられる…絶対に…」





とても優しく、そして力強い声だった。

月光を受け、夜風にヴェールを揺らし
優しく微笑むグリューネの姿はとても神秘的だった。

一枚の絵画のようで、誰もがずっと見ていたいと思う程綺麗。
だがその意味深な言葉にはつい突っ込まずにはいられないのだろう。

ノーマは遠慮がちにグリューネへ近付くと、おずおずと言葉を発した。





「あの〜、グー姉さん…もしかしてなくても、何か知ってたり…?」
「…あら?」
「…?」
「何だったかしら?」
「ってオイ!!」





夜の静かな街にノーマの鋭い突っ込みが響く中
グリューネは自分が元凶だとも知らずにニコニコと頬に手を当て微笑んでいる。

その笑顔を見て突っ込む気すらなくなったのか
ノーマは肩をガクリと落とすと、思いっきり溜め息を吐きその場に座った。





「全く…とんだ足止めをくらいました。僕はもう戻りますよ」
「俺達もそろそろ帰るぞ」
「え〜全然騒いでないじゃ〜ん!」
「騒ぎたいなら一人で騒げ。明日寝坊しても知らないがな」
「オヤジのケチ〜……んじゃま、ここでお開きにしますか!」
「立ち直りが早いな…」





呆れるセネルを置いてノーマはさっさと立ち上がり、噴水広場の出口に向かって歩き出す。
仲間達もそれに釣られるかのようにゆっくりと立ち上がった。





はどうする」
「俺が運ぼう。どうせ泊まる場所もないだろうしな」
「さっすがオヤジ!安心して帰れるよ〜!」





「それじゃおやすみ〜」と大きく手を振って、誰よりも先に噴水広場から出て行くノーマ。
ジェイも「では」、と軽く挨拶すると灯台へと戻っていった。

ウィルがの体を浮かせるとギートもゆっくりと立ち上がる。
それを確認したモーゼスも挨拶を交わすと噴水広場から出て行った。





「お疲れ」
「ああ」





落ちたマントを腕に掛け、クロエは病院へと戻って行く。
残された二人と、そして眠る少女は同じ方向へと進んだ。















そして、誰もいなくなった噴水広場にポツリと声が落ちる。





「いよいよ、か…」





声が聞こえるのは木の上。
月の光を浴び蒼白く照らされた緑の葉が風もないのに不自然に揺れる。





「甘くなったな、俺も…」





今なら確実に殺せたのに、と
木の上にいる青年は嘆きながらも、笑っていた。

まるで自らを嘲笑するように、蔑むように。

彼の中には、もう“彼女を殺す”と言う感情はなくなっていた。
それは蜃気楼の宮殿からでも、望海の祭壇からでもない。

もっともっと、昔から。
きっと、初めの約束からそうだったのだ。





「あの約束、忘れたとは言わせないぞ」





「次会う時も、味方だよ?」

「あ、死んだりしてもダメだからね?」





まるでオマケのように言った彼女の言葉が
どれだけ彼の胸に深く突き刺さったか。





「一度破った俺が偉そうな事は言えないがな…」





そう言って、彼は自らの背から黒い翼を生やす。
彼が生やす漆黒の翼は彼女の髪の色、瞳の色にとても似ていた。





「明日は詫び入れといこうか…なあ、





そうして彼は優しい笑みを作り
金色の髪を光に輝かせながら、満月へと向かい空高く飛んでいった。










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修正:11/12/16