光跡翼の中、長い長い道のりを進む。

私達を襲う魔物は水の民が配置したものなのか、それとも元々いたものなのか。

とにかく見た事もない生物や亜種がこれでもかと言う程襲いかかってくる。
いくら力を手に入れたと言っても、苦戦は続いた。





「キュア!」
「サンキュ!」





酷使した拳の痛みが少しでも緩和出来れば、と治癒術を使えば
セネルは私に短く礼を言い、そして前線へと戻っていく。





「うわ…やっぱこれだけはどうにもならないんだ…」

…―――…。





私の手には既に治癒術による傷が出来ていた。
ジワジワと出てくる血を服で乱暴に拭き取り、痛みを飛ばすように強く拳を握る。





「ッリザレクション!!」





私が痛みを感じている時、皆だって痛みと戦ってる。
痛がっている暇があるなら、治癒術をかけ続けないと。





「よし…進むぞ」





空気を揺らす程の断末魔上げ、魔物は音を立て崩れ落ちた。
ピクリとも動かなくなった魔物の息を確認し仲間達は一度武器を下ろす。

血のついた手をぱっと後ろに隠し、私も皆の後を追いかけた。















「……」





更に奥へと進んだ時、先頭を歩くジェイがピタリと足を止めた。

目の前には大きな扉。

その扉は私が見る限り何の仕掛けもない。
皆の爪術を使えば今まで通り普通に開ける事が出来るだろう。

なのにジェイはその手を扉に翳す事なく、ただじっと扉を、扉の奥を睨んでいた。





「ジェイ、どうし…」
「ッ…これは…!」





セネルの声が不自然に途切れた。
代わりに聞こえたのはクロエの声。

手で鼻を覆い目の前の扉を睨みつけるクロエの姿に
私は何かと前へ出て、すう、と息を吸う。

埃に混ざった、強い強い鉄の匂い。





「っう…!」
「大量の魔物の血ですね…獣臭い…」





説明が遅い、と心の中で突っ込みながらも
一度吸ってしまった空気を吐き出して、鼻を覆った。

強烈な血の匂いが脳にこびり付いたようだ。
どれだけ強く鼻を摘んでも中々忘れられない、離れてくれない。

気持ちが、悪い…。





「魔物の仲間割れか…?」
「都合が良すぎませんか…?ここに来るまでこんな事はなかったですよ」
「ではやはり、魔物を倒した何かが…」
「ええ、恐らく…匂いからすると余り時間が経っていませんね」





どうしてそんなに平然と会話が出来るのだろうか。

噎せ返る程の匂いに体が傾く。
鼻を塞いでも消えない、頼んでもいないのに隙間から入り込んでくる。

辛くて、足がもつれかけたけど倒れまいと力を入れた。
こんなとこで倒れてたら、シャーリィの元まで行けない。





「…さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫…!」
「…」
「き、気持ち悪いけど…!」
「そっちが本心でしょう…」





「何で隠すんですか」、と言いたげなジェイに私は仕切りに首を横へと振った。

扉を睨む視界が霞んでる。
それでも、前に行くしかないんだ。





「…皆さん、少し離れていて下さい。中の様子を見てきます」
「私達が苦戦した魔物を倒した者がいるんだぞ?ジェイ一人では危険だ!」
「いざとなったら逃げます。様子を見るだけなら単独行動の方が良いでしょう」





ジェイはそう言うとポケットの中に手を入れる。
その中にある苦無を握ると、何の躊躇いもなく歩を進めた。





「い、や…皆で行こう…」
「良いから、後ろ向いて下さい」
「大丈夫…だから!」
「大丈夫って貴女、顔色悪いんですから―――…」





ジェイの言葉が途切れたと同時、目の前の扉が光り出す。

手を翳さない限りは開く事がないと思っていた扉が開いている。
誰も扉に手を翳していないのに、だ。

仕切りに機械音が聞こえ、何かと武器を構える仲間達。

ゆっくりと開いた扉の奥からは、先程よりも強い異臭。
扉の奥に広がるのは黒と赤の世界。

そしてその中央に立つ、見慣れた人影。





「遅い」
「ッ…」





白い肌に、魔物の血がついている。

清涼感溢れるその服にも赤や紫の血がつき、
その金色の髪もベッタリと汚れていた。

予想外の人物の登場に、皆は驚き目を見開いていた。
私は溢れ出す悪臭に言葉が詰まる。





「ワ、ルタ…血ッ…」
「…苦手か…隠し砦の時もお前はそんな顔をしていた」
「ってか、何で…ここ、に…!」





喋れば吐き気が襲ってくる。
苦しくなって、荒く呼吸をすれば余計にだ。





「掴まれ」
「ッ…」
「匂いのしない所に連れて行く。服に染み付いたのは我慢しろ」
「う、ん…!」





首を縦に動かせば、それを合図にフワリと体が浮いた。

大胆にも繊細に、私の体を抱き支えるワルターの首に
私は自らの腕を絡め、彼の服に顔を押し付けた。





「貴様等も来い。と違って、歩くぐらい出来るだろう?」
「…ああ」





呆気に取られているセネルの声。
体が揺れたと同時、皆の靴音が聞こえる。

そして、誰が発した物かは分からないけど小さな小さな舌打ちも。















「発作は平気なのか」
「ほ…っさ…?」
「破壊の少女のだ」
「うん、前よりは…ちょっと痛いくらい」





「今も近くにいるのに平気でしょ?」と付け加えてみせるとワルターは一つ頷いた。





「ワルター、余り急ぐな!魔物が出てきでもしたら…!」
「騒ぐな…魔物等もういない」
「なに…?」
「…先程の部屋に倒した魔物を掻き集めたんですね」
「…」
「ここら辺の物も全てですか…魔物なんて倒した場所に放置しておけば良いのに」





頬を切る風がいつもよりも早い。
私が走るよりもずっとだ。

私にとっては物凄いスピードで走っているように思えるのに、
皆にとってはそれ程の事でもないのかな。

移動しながらも淡々と話す仲間達に、私は心の内で「凄い」と呟いた。




「随分面倒な事しますね。こんな事をする程、奥に魔物を放置出来ない理由があったと?」
「…」
「…まあ、誰かに血の匂いを嗅がせたくないって所でしょうけど」





嘲るように笑うジェイに、ワルターはただ黙っている。

私を支える手に少しだけ力が入った。
チラリとその表情を窺えば、眉間に皺を寄せて何とも不機嫌そうな顔をしている。





「喚起も出来ませんしね。やはり何処かしら一点にまとめるしかなかったのでしょう?」
「…」
「なら最終決戦よりもずっと前にまとめた方が良い…だからあの部屋だったんじゃないですか?」
「……」
「…生憎、僕達の中で血の匂いに慣れていないのは一人しかいませんけどね」





ワルターはジェイの問いかけに答える事なく、ただただずっと黙っていた。

だけど見る見る内にムスッとしていく表情から
ジェイの推測はほぼ間違いがないのだろう。





「…あー」
「?」
「奥には…シャーリィがいるから?」
「…?」





ぽん、と小さく手を叩く私を見て、ワルターはきょとんと目を丸くした。





「だから…魔物を奥に置くと、シャーリィまで血の匂いが届いちゃうからだよね?」
「…お前…」
「シャーリィも血苦手だろうし…」





「ワルターがそこまで考えるなんて、シャーリィ愛されてるねー…」





へらり、と笑って見せればワルターは一度驚き目を見開いた。

きっと私が彼の意中の人を言い当てた事への驚きだろう、
その後すぐに不機嫌そうな顔をしたのは照れてる証拠。





「照れなくても良いんだよ?」
「…照れて等いない」
「うそつきー」





喋ると同時に息を吸えば、また気分が悪くなる。

これ以上喋ると本当に吐きそうだ、
そう思った私はワルターをからかう事を諦めてボフ、とその服に顔を埋めた。





「…、もうこの前の事忘れちゃってるよ…」
「ここまでヒントを上げたのに気付かないなんて、やっぱり馬鹿ですね…」
「とか言いつつ、気付かなくて嬉しかったんじゃないの〜?」
「いいえ。気付いた時の慌てた反応が見たかったんですけど」
「…ジェージェー、さり気なくサド…」
「ああ言う馬鹿の笑顔って嫌いなんですよ…困っている表情の方がまだマシです」
「じゃあ、あれはダメだね〜…前、見てみ」





ノーマと話していたジェイがフッと前を向き
肩越しから覗く私の瞳と目が合った。

ジェイは私から目を離す事もないし、私からも離す事はない。
ジェイの顔がまじまじと見れるなんて、とその嬉しさから目を細めて小さく手を振る。

だけども一つの事をすれば一つの事を忘れてしまうのが私だ。

笑って手を振る、たったそれだけの行為をしただけで
私は息を止めると言う行為を忘れてしまった。

何度か咳き込み新鮮な空気を求めるようパクパクと口を動かす私に
ワルターはぽんぽん、とさり気なくだが背中を叩き、摩ってくれた。





「ああ、この上なくウザいですね…」
「困った顔が見たいなら、告白でもしてみれば?」
「……死んでも嫌です」
「あ、そ。あたし的にはそっちの方が楽しいんだけど〜」





一体どんな会話をしているのだろう、と思いながらも
涙の溜まった瞳に血の匂いが沁みて聞ける状況ではなかった。

沁みているなんて本当は錯覚だ、そろそろ私の体は限界を迎えそう。





「ワルター、服洗って…もしくは脱いで…」
「辛いか…情けないな」
「うっ…そう言われると言い返せなッ…!?」





ガク、と体が落ちて声が裏返る。
品性の欠片もない声が零れて、自然と絡めていた腕が離れた。

しっかりと捕まっていたはずなのに、何かに引っ張られた。

何事かと、恐る恐る目を開けてみると先程とは景色が違う。
私の体を支えているのはワルターではなく、セネルに変わっている。





「交代だ」
「…良い度胸だな」
「俺の服には血はついてないからな」
「…」
「好きな奴には無理させたくないだろう?俺も、お前も」
「…フン」





おお、この二人が拳を交える事なく会話している…!
なんて感心している私を見て、セネルは目を細め優しく微笑む。





「大丈夫?重くない?」
「ワルターにだって担げるんだから、俺だって担げるよ」
「ワルターには担いでもらった事あるけど、セネルは初めてだから…」
「なっ…!!」





「だから心配で」、と深い意味もなく零した言葉にセネルは驚き目を見開いていた。
ぽかんと開いた口からは言葉が出ず、パクパクしている。





「それ、いつだ…?」
「望海の祭壇で、セネル達置いて先に行っちゃった時」
「あの時か…!」
「クッ…!」





辛うじて出しました、と言わんばかりの掠れた声に返事をすれば
横にいたワルターが喉の奥で笑ってる。

普段、私の前でも皆の前でも余り笑わないあのワルターが、だ。





「ワルターがセネルの前で笑ってる!」
「ああ…案外面白い奴だ。単純だが見てて飽きない」
「…シャーリィを止めたらまずお前を一発殴る」
「上等だ…片手でやってやる」





ワルターが乗り気だ。

こんな楽しそうな笑みを浮かべるワルターを私は初めて見た気がする。
変に感心する私を見て、ワルターはまた愉快だと言いたげに笑っていた。





、気分はどうじゃ?」
「うん!皆のお陰で良くなったよー!」
「ワイの胸も貸すぞ!どうじゃ、めいっぱい飛び込んで―――…」
「…モーゼスは何だか痛そうだからいい…」
「アァ!?」





「だってその装飾品が…」と付け加えると
モーゼスは反論も出来ないのかぐぐ、と言葉を詰まらせる。

そんな素直な反応がこの緊迫した空気を解しているって事、
本人は気付いてなさそうだ。





「でも気持ちだけ受け取っとくよ。やっぱりモーゼスはお兄ちゃんだね」
「おにっ…!?」
「そう言う優しいとこ、私は大好きだよ」
「だっ…!!」





モーゼスが何かを言いかけ止まったかと思えば
今度はセネルが言いかけ止まる。

何なんだコイツ等はと突っ込みたくなる衝動を抑え
私はセネルの首に腕を絡め、自らの体を固定した。





「お兄ちゃん大好き〜だって〜複雑〜」
「…ま、らしいがの」





ノーマがからかって、モーゼスが何故かしょんぼりして
それをクロエが見て笑って、ウィルとジェイが呆れて溜め息を吐いている。

グリューネさんはどんなに走ってもニコニコしてるし
セネルは私を支えながらワルターを睨んでて、ワルターもそれに睨んでて。





「…良いね」
「?」
「早く、シャーリィとも一緒にこうして笑いたい…」





ポツリ、と呟いた言葉は皆に聞こえていたかな。





「安心しろ…魔物は全て倒している。大沈下までには間に合うだろう」
「うん…こんな時に、悪いんだけどさ」





笑って見せると、皆の視線が私へと集まった。
何となくそれが恥ずかしくて、照れながら言葉を繋げる。

その言葉に目を見開く者もいれば
「どうせそんな事だろう」と言いたげに溜め息を吐く者もいた。
勿論、はしゃいで賛同してくれる者も。

皆バラバラの反応、統一感のない仲間達。
だけど私は、皆が大好きだった。





「じゃ、の為にも頑張らないとね〜!あたしも楽しみになってきた!」
「ああ、急いでシャーリィの所まで行こう」





ノーマは息を切らしながらも明るい声で返事をくれて
ウィルはいつものように場をまとめてくれる。

そして他の皆も、強く強く頷いてくれた。

唯一ワルターだけは首を動かしていなかったけど、無理矢理にでも付き合ってもらう事にしよう。





「この戦いが終わったら、皆で集まってパーティーをしよう」




下らない発想だと思われるかもしれないし、ベタだなあとも思われたかも。

それでも、やりたいなって心の底から思えた。

皆で他愛もない会話をして、笑って、からかったりからかわれたり
呆れたり、怒ったり、たくさん騒いで、また笑って。

そんな風に皆と、そしてシャーリィと一緒にいれれば、きっと楽しんだろうなって。
心の底から、そう思ったんだ。










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修正:11/12/18