長い道のりを進んだ奥。

見えたのは蒼く、気味が悪いくらいに澄んだ光。
綺麗なのに、怖くて、何だか気分が悪くなる。

それでも、扉を開けなくちゃ。
シャーリィが待つ、その場所へと行く為に。















「シャーリィ!!」





扉を開けると同時、セネルが大きな声で少女の名前を呼ぶ。

私もすぐにシャーリィの名前を呼んで駆けつけたかったのに
自然と足が止まってしまった。

扉を開けた瞬間、漏れ出す殺気。
それは間違いなく、高台から私達を見下ろすシャーリィから放たれていた。





「シャーリィ、俺の声が聞こえるか!」





遠くにいるシャーリィにセネルは何度も言葉を投げた。
だけどシャーリィはセネルに返事をする事もなければその瞳をこちらに向ける事もない。

目に光がないのだ。
何かに操られているように。





「貴様等…よくも抜け抜けと…」
「マウリッツ…」
「ワルター…お前はあの憎しみを忘れたのか」





静かに私達を睨むマウリッツは、同士であったワルターに怒りの矛先を向けた。





「忘れた訳ではない」
「なら何故、お前は忌々しい陸の民と共にいる」
「貴様等のやり方についていけなくなっただけだ…老いぼれの元に就く気はない」
「何だと…?」
「…まだメルネスの命令なら聞く気はあるがな」





ワルターは相手を嘲るかのような笑った。
いや、もしかしたら自分を嘲笑っているのかもしれない。

仲間達は二人が会話する中武器を構え、いつでも戦いに挑めるようにと態勢を整える。


ワルターがいれば、相手を煽る事が出来る。
囮ではないが、時間を稼いでくれれば嬉しい。

そう、ワルターに言ったのはジェイだった。

ジェイの言葉にワルターがすんなり頷く訳がなかったけど
結果的に私達は万全の状態で待機する事が出来た。





「マウリッツ、そこをどけ!邪魔をするな!」
「何を言っている…間もなく大沈下が始まるのだ」





「メルネスには近付かせん…!!」





歯を剥き出したマウリッツの顔は陸の民に対する憎悪に満ちていた。
蒼く光る髪を靡かせて、海色に光る杖を構える。





「どうせロクに戦えもせんじゃろうが!」
「愚か者め…!すぐにその身を持って教えてくれるわ!!」





意外にもモーゼスの挑発にあっさりと乗ったマウリッツ。
いや、挑発に乗ったのは敢えてであり、私達を油断させる事が目的なのかもしれない。

“風のように”、とまではいかないものの
私の瞳では到底追いつけないスピードでマウリッツはモーゼスへと駆けていく。

慌てて槍を構えるものの一気に間合いを詰められたモーゼスは
槍の投げる方向も、力も定まっていなかった。

このままじゃモーゼスがやられてしまう。

せめて詠唱が間に合えば、と思い私は杖を取り出し詠唱を始めた。





「ッ…」





いや、正確には杖を取り出そうとした、だ。

何故か私は短剣を持っている。
そして持っていると認識した瞬間、その短剣を相手に向かって投げていた。

短剣が相手の持つ杖へと当たり、ギン!と鉄と鉄のぶつかる音が響く。
マウリッツの杖の軌道がズレ、それはモーゼスのすぐ横へと振り下ろされた。


鈍い音を立て地面に振り下ろされた杖と、役割を果たし落ちた短剣。


攻撃されると思い身構えていたモーゼスも
攻撃を繰り出したマウリッツも
はたまたそれを弾いた私も、驚いていた。





…―――…醜い水の民。

…―――どれだけ縋れば、気が済む。

…―――いつまで、縋り続ける…自分で為そうともせずに。





頭の中から聞こえてくる怒りの声。
その声を聞き、私の行動にも説明がついた。

自分の意思で行動するよりも先に彼女が動いたのだ。
そしてマウリッツのスピードに対応出来たのも彼女の力。

その声の主を私が聞き間違えるはずがない。





「それ、同感!」

…―――……。

「死なない程度に痛めつけたいんだけど、それで恨み晴れる!?」





彼女の言葉、少し変わった。

今までは頭ごなしに「殺す」、「滅べ」、と言っていたのに
人類をまとめて見る事をしなくなったのだ。

自分で何もしようとしない人間は嫌い、そう言う彼女の考えは嫌いじゃない。





「無光なる最果ての渦…」





まるで昔から知っている言葉みたいに、呪文がスラスラと口から零れる。
フッと体の力を抜き彼女へと預ければ、体全身から湧き出る何かを感じた。





「させぬ…!!」
「それは、こちらの台詞ですよ」
「ッ何…!?」





うっすらと目を開ければ皆がマウリッツに向かって武器を構え、陣形を組んでいた。

いつものように強く拳を叩き付けるセネル、剣を振るクロエ。
素早い動きで敵をかく乱するジェイ、援護するモーゼス。





「ッ…」





湧き出る力が、止まらない。

私の器が小さすぎるのか、彼女の力が大きいのか、
治癒術でもないのに体のアチコチに傷が出来た。

鋭い風に引き裂かれたみたいに痛い。





「キュア!」
「リザレクション!」





痛みに顔を歪ませると、暖かい光が体を覆った。
何事かと目を開ければすぐ隣にはノーマとウィルがいる。





「気にせず詠唱しろ!回復ならする!」
「ッ…ありがと!」





皆が一緒。
だから、出来る。





「永遠の安息へ導け…」





瞬間、ブワリと強い力が体の外へ溢れ出た。
高々と杖を上げた瞬間、またピシリと皮膚が裂ける。





「ブラックホール!!」





何処からともなく現れた闇の空間は私の髪と瞳の色に良く似ていた。

蒼い髪も、白い服も、全てを黒で埋めていく。
苦しみに悶えるマウリッツの顔すらも黒で覆い、彼の悲鳴が広間に響き渡った。

空気を圧縮し、マウリッツの姿を飲み込んだブレスは
力が抜けた私が膝を着いたと同時、パン!と強く弾け老体を吐き出す。

ドサリ、とマウリッツが倒れる音がする。
その体は傷だらけで、所々が焼けたように黒かった。





「ッ…よし…!」





何とか、体がもった。
そして、相手を倒す事が出来た。

でも、安堵の息を漏らしている場合ではない。

私がこうして長い詠唱を唱えていた間
マウリッツの足止めをしていた皆は傷だらけになっていた。





「リザレクション!」





私の痛みなんか大した事ない。
ただ、いつもと違うブレスにちょっと腰が抜けただけだ。

淡い光を皆の元に届けると、杖を握っていた手に大きな切り傷がまた一つ増える。

手が痺れて、杖を持つ手が震えてる。
どうにかしなきゃ、とグ、と力を入れて立ち上がろうとしたその時だった。





「貴様ァ…!!」





ハッと気付いた時には遅く、目の前には傷だらけのマウリッツの姿がある。

彼の動きを見えてはいた。

でも、結局は私の体。
私が弱ければ、破壊の少女の強さだけではどうにもならない。


慌てて防御しようと構えた杖を、手で弾き飛ばされる。


ビリビリと痺れる手の痛みに顔を歪め、「それでもまだ」と短剣を取り出そうとした瞬間
目の前から私の首に向かって、飛んできた手。





「ッツ…!?」





グ、と喉が押し潰される感覚から逃げようと体を引けば
それすらも追ってくるマウリッツの体は、私の体を地面へと叩き付ける。

傷だらけの体に更なる激痛が走り、喉から漏れる声を我慢する事が出来なかった。





「は、あ…!」
「貴様さえいなければ、この世界は何も変わらずにすんだのだ!」
「ウ…アアッ…!」
「貴様がいるから、滄我は怒っている!貴様がいるから、世界が元に戻れないのだ!!」
「い、た…ァ…」
「貴様がいなければ世界は平和になるのだ!!」





「破壊の少女よ、お前はこの世界にいるような“物”ではない!!」





狂ってる、笑い声。
必死に抵抗しても、相手の力には敵わない。

あんなに強いブレスを唱えたのに、マウリッツは更に更にと力を増し
口から血を吐きながら、私を殺す事を楽しんでいるように見えた。





「世界に不必要なゴミが!!私が消してくれようぞ!!」





喉を潰す手が、爪を立てる。

痛い、苦しい、と声に出す事も出来ず
瞬きをすると言う行為すら忘れ、指先がピクピクと痙攣し始めた。


お願い…!
ワルターと戦った時みたいに、何とかしてよ…!


そして私は自分の中にいる、もう一人の少女に声を掛ける。

だけど、返ってきた言葉は肯定でも否定でもない。
私が予想さえしていなかった言葉。





…―――イラナイ。

ッ…?

…―――イラナイ、“モノ”…。





苦しくて、無意識に涙が出る。

それは自分の物なのか少女の物なのか、
酸素の足りない脳では考える事も出来ない…分からない。





…―――イラナイ…捨てられる…。

…―――いつ…捨てられる…?昔…もっと昔…。





…何、を…考えてるの…?





…―――イラナイ、…。










ねえ、聞いて―――。貴女が人を助けられる日が来たのよ。

どうして選ばれたかって?お母さんにも良く分からないわ。

でも、やっと―――が役に立つ日が来たのよ。










無駄な事ばっか…水の民を助けてばっかで何もしていなかった―――…

…―――イラナイ人間が役に立つ日が。










…私、は。





「ハハハッ!苦しいか!?泣いて許しを請うてもお前だけは許さんぞ…!!」
「やだ…ッ誰か助けてよ!!」
「凄まじい殺気だ…これがマウリッツだと言うのか!?」
「無闇に近付いてはいけません!…クソ、隙があれば…!」





…―――ワタシハ。

「……ヤっ…だ…」





…―――私は、イラナイモノだった。

「イヤアッ…!」










…―――今も、昔も―――…










Next→

...
修正:11/12/20