誰か、助けて。
それが私の叫びだったのか少女の最期の言葉だったのか、定かではない。

顔の真横から飛んで来た足は私に馬乗りになる老体を吹き飛ばす。
鈍い音と悲鳴が聞こえたと同時、壁が崩れる音が耳に届いた。

パラパラと壁が崩れる中マウリッツは「う…」と小さく唸る。

隙を望んでいたジェイがマウリッツに素早く近寄り、
顔の横に苦無をピタリと付け冷たい瞳を彼に向けた。





「ワルター…貴様…!」
「触るな!!」
「ッ…!?」





一言、マウリッツに向かって吠えるように言葉を投げるとワルターは私の体を揺すった。
手首に手を当て心拍の確認をし、熱を確かめるように額を触る。





「おい」
「……」
「オイ!」
「ッあ…」





ビクリ、と体が大袈裟に跳ねた。
そんな私の様子を見てワルターは目を見開き驚いている。

やけに五月蝿い心臓の音。
閉じると言う行為自体を忘れてしまった、瞬き出来ない瞳。





「…どうした」





ワルターは怒鳴るとは違う、とても優しい声で言葉を紡いだ。
汗でビッタリと額に張り付く私の髪をゆっくりと払いながら。





「あ…」
「?」
「や、だ」





自分の小刻みに震える唇が無意識に動く。





「ワル、タ」
「何だ」





我慢出来ず、彼の腕をギュッと掴んだ。





「い、らない…」
…?」
「私…いらなかった…?」





私、何言ってるんだろう。
こんな事言ってる場合じゃないのに。





「…いる」
「…」
「いるに、決まっている」





彼の力強い言葉が、手を握り締めるぬくもりが徐々に私を現実へと引き戻す。

私には、いる。
こうやって必要としてくれる人が。

…じゃあ、あの子には?

あの子には、身内すら仲間と呼べる人がいなかった。





「…ごめん、ぼーっとしてた…」
「…余り心配をさせるな」
「…ありがとう」





絞められていた首に何だか違和感を覚える。

生死をさ迷う程力が強かったのだ。
呼吸が出来る事すら今の私にとっては違和感だ。





「…」





彼女が、死んだ。





機械だらけで、どんなに丈夫な体であってもたった一言が心臓を突き刺し、抉り
忘れていた記憶がドロリと溢れて、気持ちが死んだ。





「っ…」





知っていたら、もっと強く手を掴んでいたのに。
知っていたら、アンタをその言葉から守っていたのに。

知っていたら…知ってなくても。





「私が、アンタはいる子って…言ったのに…」





手遅れに嘆く私の言葉に、少女の返事はなかった。

記憶がない、過去を思い出せないと言っていた彼女は、
きっと、彼女にとって最も残酷な過去を思い出した。

励まそうにも、何をしようにも返事がなければ意味はない。

怒り、苦しみ、恨み。
その全てが悲しみに変わった一瞬。

彼女は私の体と言う檻の中、奥底まで堕ちていった。





「…折角、一緒にいれるようになったのに」





吐息すら、泣き声すらも聞こえない。

頭の中で声が聞こえていたのが昔はどれ程嫌だったか。

なのに今はその逆で、声が聞こえないと言う事は
一人の女の子の気持ちが死んだと言う事が嫌ってくらいに分かって苦しかった。





「グハァアッ!!」





鼓膜が張り裂けそうな程の大きな叫び声にハッと意識が現実へと戻った。

声がした方へと視線を移せば、そこには壁に寄りかかりグッタリとしているマウリッツと
彼の腹部に刺さる苦無に足を掛けているジェイ。

ギリ、とジェイが足を半回転させ苦無を奥へと押し込めば、痛々しい声が広間に響く。





「セネルさん、早くシャーリィさんの元へ」
「あ、ああ」





容赦ないジェイの行動に驚きながらも
セネルはシャーリィがいる場所へと駆けていく。

ジェイはマウリッツに殺す寸前の痛みを与え続けた。

…だけど、破壊の少女は死んでしまった。
今更そんな姿を見ても喜べる訳がない。





「っ!!」





バタバタと騒がしく駆ける音に振り返れば
走るノーマは速度を落とす事なく私に飛び付く。

「うっ」と声を漏らす私なんてお構いなしに
ノーマは勢いを緩める事なく、言葉を並べた。





「何でいつもみたいに抵抗しないのよ〜!!」
「いや、抵抗してたんだけど、思った以上に強くて…!」
「どんだけ心配したと思ってるわけ!?」
「ノーマ心配してくれたんだ!嬉しいー!」
「何呑気な事言ってんの!最後の最後で死ぬ何て、許さないんだからねっ…!」





ノーマの大きな瞳には大粒の涙が溜まっている。

「ごめんねー」と一言付け加え、その頭をよしよしと撫でてみれば
ノーマはズ、と鼻を啜り、「騙されるか〜!」と両手を上げ何か抗議していた。





「…」





「最後の最後で死ぬ何て、許さないんだからねっ…!」





ああ。

私がもっと早く、彼女にそう言って説教してたら
未来は変わっていたのかな。





「…本当、最後の最後で死んじゃうなんてね…」
「へ…?」
「いや、体は私な訳だから…まだ生きてるって言えば生きてるけどさ…」
何言ってんの…?」





怒りもすっかり治まったのか、ノーマはきょとんと眼を丸くする。
私はそんなノーマに笑みを返す事すら出来なかった。





…?」





ノーマが私の肩に手を乗せようとしたその時。





「わっ…!?」
「ッ…ノーマ…!?」





弾け飛ぶ、と言う表現が一番合っていただろう。

私の肩を叩くはずだったノーマの手は何か別の物に触れている。
そしてノーマに駆け付けようとした私の周りも見えない何かで覆われていた。





「シャーリィのテルクェス…!」
「…っシャーリィ!何をするんだ!!」





薄い膜に拳を叩き付け、声を荒げているセネルの姿が目に入る。

セネルだけじゃない。
皆がテルクェスに動きを封じられてる。

そして次に襲いかかるは建物全体を揺らす大きな地震。
それは自然現象でも何でもない。





「…始まる…」





そう、これは。





「いよいよ大沈下が始まる…世界があるべき姿に戻る瞬間だ!!」





笑い狂うソイツの言葉通り、海が揺れ地が奪われる予兆だった。

マウリッツの言葉を合図にしたかのように、建物の一部が崩れ瓦礫が落ちる。

余り時間がない、そう認識するには充分だった。
充分過ぎて心臓がドクドク五月蝿く鳴ってる。





「ッ皆、セネルのテルクェスを壊して!」





咄嗟に出た言葉、私にしては上出来だったと思う。
こんな時に折角の未来を知っている力を無駄にしてたら、それこそ意味がない。





「セネルが動ければ大丈夫!」
「大丈夫って、一体どうやって…!」
「ありったけの力をぶつければ良いだけだよ!」





「簡単だろ!?」と乱暴に言葉を投げて、私は誰よりも先に杖を手に取った。

簡単な事だと思ってた。

いつもみたいに“魔法を撃ちたい”、そう思いながら
ブレスを出すイメージを膨らます、たったそれだけ。





「ッ…」





でも、違った。





「い、…!!」
!」





地響きの中、カランと杖が落ちる音がクリアに聞こえた。
プシ、と腕から溢れ出る血は薄い膜にベタリと飛び散る。

目の前に、赤い斑点。

誰の、血だろう。
そう思うと同時に、腕に生暖かい水が伝った。





「っ何してるんですか!?」
「……上級……爪術…」
「っは…?」
「…んでっ…さっきは出来たのに…!!」





出来ない訳ない。

だって、今まで普通に使えてた。
体に傷が出来るのは治癒術の時だけだった。

私は無償で使えてたはずなんだ。
攻撃のブレスだけは。

じゃあ、この銀色の床に散らばる汚い色は何。





「ッなら、これで…!」





そう言って、私は腰の筒から一本の短剣を取り出す。
それを勢いよく仲間に向かって投げつけた。

短剣はセネルを阻むテルクェスに刺さるとパァンと音を立て弾け飛ぶ。
いや、正確には弾け飛んだのは短剣ではなく、テルクェスだった。





「助かる…!」





ハア、と荒い息を零しセネルは苦痛に顔を歪めながらもゆっくりと立ち上がる。

足はふらつき、今にも倒れそう。
それでも確実に、一歩ずつ、力強く。

テルクェスを広げ、目を閉じ、ただただ海の意志に従うシャーリィに
セネルはゆっくりと手を伸ばす。

そしてその体を自らに引き寄せ
蒼く染まる髪に手を絡ませて、迷いのない言葉を紡いだ。










「…信じてるよ、シャーリィ」










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修正:11/12/20