地震が止まった。
パラパラと、建物の崩壊が弱まった頃私達の体も解放される。


シン、と静まり返る空間は妙な緊張感に包まれていた。


だけどその沈黙を破ったのは
可愛らしい少女の、少女として発した声だった。





「い、たた…」





苦痛を訴えるシャーリィの声にセネルは大きく目を見開く。

慌ててシャーリィの体を放すセネルの顔は
安堵、不安、どっちつかずで少しだけ変だった。





「ご、ごめん…!」
「…ううん」





体が離れても、ギュッと繋がれた二人の手。

兄の姿を見て、シャーリィは笑う。
穏やかで力強い、彼女らしい笑顔で。





「ありがとう、お兄ちゃん」
「…」
「声、ハッキリ聞こえたよ…本当にありがとう」
「…ああ」





優しく微笑むシャーリィに口を開けていたセネルも微笑を返す。
幸せそうな二人の姿は私が望んでいた物そのものだった。





「んで、あたしらはいつまで黙ってればいいわけ?」
「あ…」





ノーマの皮肉混じりの言葉に
セネルとシャーリィはビクリと体を跳ねらす。

引き攣った表情でセネルは「忘れてた」と一言言った。
ノーマは呆れたように溜め息を吐いた後、二人にニッと笑みを向ける。

でも、私は笑う事が出来ない。

穏やかな空気が流れる中、私だけがキョロキョロと仕切りに首を動かしていた。





「ねえ…マウリッツは…?」
「どうせもうジジィは動けないっしょ!」
「そうじゃのう!そげな事より祝勝会じゃ!」
「……」





喜びに満ち溢れる皆は戦いが終わったのだと笑顔を浮かべ灯台の街へと戻る準備をしていた。

シャーリィの手をセネルが取る。
シャーリィは柔らかく笑い、そしてゆっくりと階段を降りた。


シャーリィの髪が靡く。


綺麗な金色だ、そう思い見つめていれば
髪の隙間からは、見えてはいけない物が見えた。





「ッ後ろ!!」





そこには、先程までシャーリィがいた高台の上で
両手を高々と上げるマウリッツの姿があった。

振り返り小さく悲鳴を漏らすシャーリィを庇うようにセネルは拳を構え
皆も一瞬にして気持ちを切り替え武器を取る。

でも気付いた時には遅かった。
蒼い、不気味な光が再び私達のいる空間を包み始める。





「シャーリィ、これは…!?」
「わ、私がやってるんじゃ…あぐッ!?」
「シャーリィ!?」





小さな悲鳴と共にシャーリィはセネルの後ろから姿を消した。





「シャーリィ…裏切り者め…!」





ドロドロとした嫌な声。
歯を剥き出す男の自我の崩壊が始まった。

力無く項垂れるシャーリィは、まるで生贄に捧げられる巫女のようだった。





「シャーリィ…もはや貴様にメルネスを名乗る資格はない」





高々と上げられたその両手に蒼白い光が集まっていく。
冷たく力強い光は力が開放されるその時を待つよう、緩急をつけ光っていた。

驚き目を見開く仲間達。
私も落とした杖を素早く拾い相手をキツく睨む。





「ちょっと、何が出てきたっての!?」
「あれが滄我なのか…!?」
「マウリッツの周りに滄我の力が、物凄い力で集まっているぞ…!」





バッと、顔を上げたマウリッツの表情は既に狂っていた。
そして歪んだ口元をゆっくりと動かす。





「く ら え」





マウリッツに集まる蒼白い光が私達目掛けて飛んでくる。

巨大な塊は、迷いなく真っ直ぐと飛んできた。
それは破壊の少女である、私を中心に。





「ッシールド!!」





恐れる事なんて、ない。

私は皆の前へ駆け出し、慣れていない援護系のブレスを唱える。

少しでも、ダメージを減らせれば。
少しでも、皆を守れれば。

ただそれだけを考え、腕から流れる血の存在すらお構いなしにブレスを唱え続けた。





、無茶をするな!」
「ッんでよ…!」





仲間からの制止の声に私はギリ、と歯を食い縛り声を漏らす。





「今無茶しなきゃ、アンタ等は何処で無茶すんだよ!!」





怒りの矛先までブレ始めたのか。

マウリッツの力から皆を守らなきゃいけないのに
何で私、皆に声を荒げているんだろう。





「ッ迷惑掛けちゃった分、頑張らせてくれたっていいじゃッ…!」





喋る事に集中しすぎたからだろうか。

ハッと気付いた時には自分の中から溢れる力がフゥッと抜けて
張られていた薄い緑色のシェルターが砕け散った。

迷う事なく、滄我の力は私の体を打ち抜く。
それでもマウリッツの手にあった時に比べればいくらか光は弱まっていた。

これならきっと大丈夫。
“病は気から”ではないが、自分は死なない、そう思っていれば案外どうにかなるもんだ。

まるで抉られるような衝撃が腹部を襲い
足先から頭の天辺まで、捻られているみたいに痛い。

口に広がる、鉄の味。
それでも挑発的な笑みを絶やす事はない。

痺れる足を意地でも地面から離すものかと、グッと強く力を入れた。

足の着いている地面が削れてる。
その名残が滄我の力の凄さを物語っていた。





「フン…良く笑っていられるな」
「ッハ…っう…!」
「その様子じゃもう邪魔等出来まい…さあ、滄我よ」





喋ろうとすると余計口の中に血が広がって吐き気を催す。
それでも、ここで倒れちゃ意味がないんだ。





「今より私がメルネスの代わりと務めよう…大沈下は私が成し遂げてみせる!!」
「ダメです…!マウリッツさんでは滄我を支えきれません…!!」





意識を取り戻したシャーリィの、悲痛な声が聞こえた。





「自我が、崩壊してしまいます!」





あれだけ酷い事をされてもマウリッツの身を案じるシャーリィは、やっぱり優しい子だった。
だけどマウリッツはその優しさにも気付かず、ただただ滄我の声だけに耳を傾ける。





「滄我…滄我の声が聞こえるぞ…!!」
「マウリッツ…さん…」
「力が…!体の奥底から力が漲る!!」





高々と笑うマウリッツの姿を見て皆は武器を持つ手に更なる力を入れた。





「ほお…まだ立っていたか、破壊の少女よ…」
「っ…」
「滄我が、滄我が言っているぞ…まずはお前から殺せとな!!」
「嘘つけ…!」
「私がメルネスとなった手始めに、貴様を血祭りにしてくれようぞ!」





何とか抵抗しようと声を上げたけど、もう虚勢を張っているに等しい。

マウリッツが私に向かい手を出したと同時に、本当は杖を構えたかったのに
たったそれだけの力ももうない。





「ッ止めて下さい!!」





そんなボロボロの私の前で、両手を広げ立つ少女の背中はとても逞しく見えた。





「私を何と罵ろうと構いません!
 でも、ここにいる私の大切な人達を死なせはしません!」





一瞬、私へと瞳を向けたシャーリィは
とても優しい笑みを浮かべていた。





「私、分かりました」

「人を恨むも人、人を許すも人…強い意志さえあれば、全てを乗り越えられる」

「ならば私はどうすべきか…」





シャーリィはマウリッツから目を反らす事なく言葉を続ける。





「私は、この人達を信じます」

「差し伸べられた手を握る事…それは私の意志です!」




マウリッツの瞳には今のシャーリィがどのように映っていただろう。

それは分からなかったけど、私から見れば
今のシャーリィは凄くカッコ良く見えた。





「……こざかしい」





だけど、もう何を言っても意味がない。

話し合いで解決する事等端から考えていないのか
シャーリィの前へマウリッツは手を翳した。

それが攻撃の合図だと分かっていたのに、私の体は動かない。





「滄我の加護を失った貴様に、何が出来ると言うのだ」
「っつ…!」
「望みとあらば、貴様から殺してくれる…!!」





大事な仲間が、危険な目に晒されているのに
この体はこれっぽっちも動かない。

倒れる事も許されず、立ったまま殺されているようだった。










グアアァアアアァアッ!!










まるで魔物のような、不気味な声。
空気をビリビリと震わせ溶ける男の姿を、皆は目を見開いて見つめていた。





「取り込まれて、しまった…」





広げていた手を下ろし、震えた声でシャーリィは言う。

その間もマウリッツの…いや、マウリッツだった者の
苦しくも喜びに満ちた声は空気を揺らし続けていた。

蒼白い光が、どす黒く変わる。
原形が分からなくなる程変色したマウリッツの体は既に人の物ではなくなっていた。





「…“強い意志さえあれば、全てを乗り越えられる”」
「っえ…?」





何も出来なかった体が、何も発する事の出来なかった口が自然と動く。

へたりと腰を抜かしたシャーリィが驚き振り返る。
その瞳を見て、自分のやる事が分かった気がした。





「シャーリィが、言った言葉だよ」
さん…?」
「…大丈夫」





「私は、メルネスに対抗する為に作られたんだから」





綺麗な海色の瞳を守りたいと思った。
私を受け入れてくれた皆を守りたいと思った。





この綺麗な世界を、このまま残したいと思った。





無茶して良いんだ。
だから、もうちょっとだけ無茶しよう。

返事の返ってこない頭の中に、語りかけるよう私は言う。

手に持っていた杖を握り直し、私はゆっくりと前へ進んだ。
あんなにも動かなかった足がすんなりと動いたのだ。

自分が進んだ道には血の跡がポツポツと残り
後ろからはセネルの私を呼ぶ声が聞こえる。





もうちょっと?今更何言ってるんだか。
ここまで来たなら、もうちょっと何て言わずに。





…―――死ぬ気で頑張れば良いじゃない。





…そう、あの子なら言ってくれるかな。
ありもしない事を夢見ながら、静かに目を閉じる。

すう、と息を吸えば冷えた空気に体が軋んだ。

何を言えば、分からなかった。
どうすれば相手を倒せるか分からなかった。

だけどその言葉を、私は昔から知っている気がした。





「…闇は光…光は闇…」





ドクドクと、流れる血が止まらない。
だけど心はとても落ち着いていた。

静かな闇を、感じる。





「対なる存在…それ故に等しき存在…」





体が少しだけ楽になった気がする。

それはきっと、ウィルとノーマが私にブレスをかけてくれたからだろう。
だけど私の体はもうブレスでは治せない所まできていた。

それでも仲間が支えてくれている…それだけで気持ちが楽になる。





「我がいる所に闇はあり」





ビシ、と何処からともなく音が聞こえる。
瞬間、頬に伝う生温い血。

皮膚が裂け、痛みが襲う。
だけどこの唇だけは止めてはいけなかった。





「我がいる所に光あり」





目蓋の裏に映ったのは室内に座り込んだ女の子の姿だった。
生気は失われ、瞳には光もなく、ただ呆然とそこにいるだけの存在。





「…ならば、今だけは」





ビシビシと、体のあちこちから亀裂音が聞こえた。
言葉を紡ぐ口からも、液体が溢れ出ているのが分かる。

もしかして、私は自分が思っている以上に
破壊の少女のお陰で色々な事が出来ていたのかもしれない。

死んでしまった彼女から力が送られてくる事はない。
そう考えれば、今の状況にも充分な程説明がついた。





「ならば今だけはその存在を等しいものへと…」





もう、私には力がないんだ。
無理をすれば死んでしまう…それがきっと自然の摂理。

でも、これだけは成さなきゃいけない。
だからどんなに傷だらけになっても、私は止まる訳にはいかないんだ。





!!」





セネルが私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

セネルだけじゃない。
ウィルもクロエも、シャーリィも、皆もだ。





「俺達が支える!」





背中に、皆の力を感じる。
温かくて、強い、虹色の光。





「だから、遠慮なんてするなよ!」





その言葉に、いつもみたいに「オッケー」って返事がしたかった。
だけどそんな余裕すら今の私にはない。

だけど不思議と言葉を紡ぐ唇が弧を描き
ドクドクと五月蝿い心臓が、落ち着いた気がしたんだ。





「ッ全ての等しき存在を、虚空の世界へ!!」





杖を振ると、赤い血が辺りに飛び散る。
そして血の斑点は世界を飲み込み全てを暗闇へと変えていった。















黒く染まった世界は静寂に包まれていた。
ゆっくりと目を開けると、私の目の前にはネルフェスがいる。

マウリッツじゃない。
それは正真正銘の、欲のない滄我の化身だ。





「…猛りの滄我」





彼の名を呼んでみるがネルフェスは何の反応も見せなかった。
ただ、私と同等の立場でそこに在るだけ。





「早く、怒りを鎮めて」





睨むように見つめれば、また私達の間には沈黙が流れる。





「…アンタは、一人の女の子を殺した」

「人一人殺した罪は、どんなに偉くても許される事じゃないよ」





…あの子は、気付いてくれてるかな。
私が滄我に対して、抑え切れない程の怒りを感じているのを。

それはアンタが殺されたのが原因だって、気付いて欲しい。





「私は、アンタを許さない」

「昔だって、アンタなら破壊の少女を助ける事が出来た」





「自分が何をしたか、もう分かってるでしょ?」

「自分がどうするべきか、もう分かってるでしょ…?」





「多くの人を犠牲にしてまで、アンタがしたい事って
 本当は、人と人が歩み寄れば凄く簡単に出来る事なんだよ…?」





黒く染まっていた世界が、ポツリと一粒の光を浮かべた。

ポツポツと光の雨が降り注ぐように、黒いペンキを落としていくように
闇が徐々に光へと融けていく。

闇は消え、元の世界へと戻る寸前、私は声を聞いた。





…―――この世界、水の民の存在に気付いてくれるのであれば、我は我に従おう…。





私は小さく笑みを零し、光に身を任せる。





「気付くよ」

「気付いてるよ…滄我」





そして、私は静かに目を閉じた。















ゆっくりと目を開ければ辺りは闇でも光でもない。
先程いた場所と変わらない光跡翼の中だった。

気を失い倒れているマウリッツの姿を見て 「ああ、終わった」と小さく息を吐く。

体のあちこちが痛くて、ズキズキする。
だけど、頬に当たる風がとても気持ち良くて自然と笑みが零れた。










そして、外に広がる大きな海は、静かに蒼く輝いていた。










Next→

...
修正:11/12/21