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灯台の街ウェルテスを基点にし生活するようになってから、早数ヶ月が経つ。 何だか今日は騒がしい。 いつもない人だかりが気になり、ソワソワと体を揺らせば 隣にいるジェイはクスリと微笑み私の手を引いた。 「行きますか?」 「うん!」 目いっぱい頷く私を見てジェイは優しく微笑む。 この笑顔を見る為、私は相当な時間を費やした。 費やしたと言う言い方は悪いが、今ある“ジェイの彼女”と言う場に辿り着くまで 相当な努力をしたつもりだ。 手を引く彼の背中を見つめると頬が緩む。 ああ、これが彼女の特権なんだと私は幸せを噛み締めた。 「ここにいるはずだ!探せ!」 溢れんばかりの人だかりから男性の声が聞こえる。 私は声の主を確かめる為、人混みを泳ぐよう掻き分けた。 「ッ…」 ぎゅうぎゅう押されながらも最前列へと辿り着けば 声の主であろう男性の姿が目に入った。 たくさんの兵を引き連れ指示を出す男性が醸し出す雰囲気は明らかに他と違う。 細かな刺繍が施された衣服、宝石の付いた王冠。 威厳に満ちた態度、何者も恐れぬ姿勢、何もかもがこのウェルテスと言う街には場違いだ。 「何の騒ぎですか?」 「黙れ小娘」 この人苦手だ…生理的に受け付けない、と眉を顰める。 私が小娘なのは認めよう。 ただ何の騒ぎかと聞いただけで黙れと言う立場にいるつもりはない。 何処の誰だか知らない人間に貶され腹が立つ。 もう一度声を荒げようと口を開いた瞬間、誰かに強く肩を引かれた。 「さん、やっと見つけました!」 「あ、ジェイ」 「もう、すぐ前に出て…!」 心配してくれたのだろうか、ジェイの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。 本当はすぐに迷惑を掛けた事を謝らなければいけないのだろうけど 人混みの中私を見つけてくれた事への喜びが大きく、上手く言葉が出てこない。 先程まであんなに苛々していたのに、ジェイの言動一つでこんなにも温かくなれる。 ああ、私ってとことん幸せだ…本当、こんな幸せで良いのかってくらい。 「お前…!」 「…はい?」 ふへ、と笑う私の目の前で男が声を上げる。 何処か様子がおかしい…目を見開き何か焦っているようだ。 「ジェイと言うのか…?」 「はあ…?」 「いや、名等意味はない…私が間違えるはずがないのだ!」 「見つけたぞ!囲め!!」 興奮気味の男は手で空を切り、辺りの兵に指示を出す。 兵は男の命に従い、二重三重に私とジェイを囲んだ。 異様な空気に野次馬は消え、気が付けば騒がしかった広場が静寂に包まれる。 突然の事態に狼狽える私の横、ジェイは舌打ちをしてポケットから苦無を取り出した。 もう片方の手で、私の手をぎゅうっと握って。 「貴方は何者だ」 「お前を迎えに来た。大人しく国へついて来い」 男はジェイの質問を無視し、身勝手に言葉を紡ぐ。 それがジェイの逆鱗に触れる事も知らないで。 「何者かと聞いている」 いつもより低いジェイの声。 怒りの矛先が私に向いている訳じゃない。 だけど繋がる手から伝わってくる殺気は、身が震えるには充分だった。 「お前は我が国の王子だ」 男は冗談とは思えない口振りでとんでもない事を口にする。 …今、何て言った? 「鈴を持っているだろう」 「…」 「それは我が国の王子にのみ与えられた品」 「そして私は、我が国の王である」 事を理解しようとする前に、頭が嘘だと否定した。 だけどこれは嘘でもなければ夢でもない。 目の前の男の衣服に施された鈴の国章が何よりの証拠だ。 「貴方が僕の父とでも…?」 「そうだ。さあ、国へ帰るぞ」 ジェイの声、少し震えている。 声だけじゃない、繋がった手も上手く力の制御が出来ず爪が白くなっていた。 そんなの当たり前だ。 会う事すら諦めかけていた実の父親が、今目の前に姿を現したのだから。 「ジェッ…!?」 堪らなくなり声を掛けようとしたその時、背中に酷い激痛が走った。 前のめりになった体は重力に逆らう事なく地に落ち、体のあちこちが砂利と擦れる。 地に伏せる私の背後には剣を持つ兵が数人。 恐らく剣の柄で私の背中を突いたのだろう。 「さん!?」 「い、たた…」 「大丈夫ですか?」 「ッ…うん」 背中が熱い。 だけどこれ以上ジェイを不安にさせたくなくて、必死に笑顔を見せた。 ジェイはホッと安堵の息を漏らし、私の背を丁寧に擦りながら 殺気の篭る瞳を数人の兵に向ける。 「…その娘は何者だ」 ジェイは眉を顰める男と私の間に入り両手を広げる。 視界いっぱいに広がる彼の背中はとても逞しく見えた。 「僕の大切な人だ。手を出すな」 「…」 男は思った通りだと言わんばかりに溜め息を吐き目を伏せる。 そして静かに手を上げると、数秒の間も空けずに言葉を発したのだ。 「その娘を殺せ」 お偉いさんと言うのは飛躍した考えしか出来ないのだろうか。 権力を翳し何でも出来ると思っているから性質が悪い。 「良いよ、早くかかって―――…」 「こいよ」、と紡ごうとする私の唇に、ジェイはソッと指を当てる。 怒りを露にする私の瞳に、あの優しい笑顔を映して。 「大丈夫です」 「…ジェイ」 「ここで大人しくしていてください」 「貴女には指一本触れさせません」、そう付け加えると ジェイはポケットの中から更に数本の苦無を取り出した。 ゆっくり頷く私を確認しジェイは「良い子です」と笑う。 その後鋭い瞳を光らせ、目には見えぬスピードで兵達へと攻撃を仕掛けた。 素早い動きについていける者は誰一人いない。 だけど余りにも兵の数が多すぎる。 殺すならまだしも相手を気絶させるだけで止めるジェイの動きには遠慮がある。 このまま戦いが長引けば私達の負けは確実だ。 「殺すのは娘の方だ!」 王の声を聞き、兵は猛攻を止め矛先を変える。 兵の輪の中、傷付いたジェイの姿を見たらカアッと体が熱くなった。 「ッ…」 ジェイは痛みに顔を歪め舌打ちをする。 赤く腫れた頬、髪の乱れ…全てが私の怒りを駆り立てた。 「ふざけんな…!」 言葉を合図に走り出し、怯む兵をどかして 震える程強く握った拳を王の頬へと繰り出した。 くぐもった声を上げ、王はアッサリと地面へ倒れる。 右頬を押さえ転がる姿は一国の王とは思えないくらい滑稽だった。 「どれだけジェイを傷付ければ気が済むんだよ…!」 「…貴様…!」 「何で実の父親が、息子を傷付けるんだよ!!」 冷静に動ける人間はこの場に誰一人としていなかった。 一般人が王を殴ると言う暴挙に出る等、誰も考えていなかったのだろう。 王も、兵も、ジェイも、殴った私でさえも。 「ジェイが王子だろうがアンタが王だろうが、もうそんな事どうでも良い!」 「私の大事な人傷付けて、タダで済むと思うなよ…!」 怒りを露にする私を前に男は両手を突き出す。 そして謝罪や言い訳の類ではない、どこまでも身勝手な言い分をその汚い口から吐き出した。 「何も分かっていないな!」 「貴様とジェイがどのような関係かは知らぬ!だがお前のような村娘が出る幕ではない!」 「ジェイには既にフィアンセがいるのだからな!!」 私がそんな言葉一つで動揺すると思っていたのだろうか。 だとしたらとことんこの男は無能だ。 王子と言う存在である以上、フィアンセがいる等馬鹿な私でも容易に想像出来る。 だからそれがどうしたと言うんだ。 「じゃあその女、連れてきなよ…!」 未だ力の抜けない拳を震わせながら言葉を続ける。 「どんなに綺麗な女でも、ジェイの事を愛している女でも 自分から探しに来ないお姫様なんて、全然怖くない!」 「ジェイがどれだけ苦しい想いをしたか知らないくせに、 今更迎えに来たとかふざけた事言うな!」 ジェイと会って一言目に「ごめん」と言わなかったこの男は、最早人間の屑だ。 こんな男じゃなければ「両親が見つかって良かったね」と言えていたのに。 「力ずくで連れて行くつもりならやってみなよ!」 「その時は、私が必ずジェイを迎えに行く!!」 「アンタ達を殺してでも、絶対にジェイだけは奪われない…! もう、ジェイにあんな想いはさせないッ…!」 「待つ事の寂しさを知らないアンタ達とは違う…ジェイを幸せに出来るのは私なんだから!」 ギリ、と音が鳴る程強く杖を握る。 体の中に留まる事の出来ない怒りは今すぐにでも具現化しそうだった。 ブレスを紡ごうと口を開いた、その瞬間。 「」 ジェイが優しい声で私を呼んだ。 振り返れば傷付いた彼の姿があり、更に怒りを増す私に ジェイはゆっくりと手を伸ばし身を引き寄せる。 「何処にも行きませんよ」 私の背中をぽんぽんと叩き、ジェイは全てを受け止めてくれる。 彼から香る花の匂いは、まるで良薬のように心が落ち着いた。 「だから泣かないでください」 言われて初めて気が付いた。 自身が涙を流している事に。 涙の跡が残る頬をゆっくりと擦り、ジェイは私の額に自らの額を付ける。 視界いっぱいに映る彼の表情はとても穏やかで、体に篭っていた熱がスウッと引いた。 「僕も貴女が良い」 「ッ…」 「誰よりも、貴女を愛しています」 「ジェイッ…!」 今すぐ大泣きし抱きつきたいのに、どうしても強がってしまう自分が嫌だった。 だけどジェイはたった一言、「分かっていますから」と言って優しく抱き締めてくれる。 こんな私でも愛していると言ってくれる。 私はこの人をどんな事があっても手放しては駄目だと確信した。 温かいぬくもりに身を預け、「ありがとう」と感謝の気持ちを口にしようとしたその時。 「ッ…!?」 彼のぬくもりとは違う、堪え切れぬ衝撃が首元を襲った。 ぐらり、と大きく揺れた視界の端に一人の兵が立っている。 ああ、そうか…感動のシーンを待ってくれる敵などいないんだ。 現実の非情さに唇を噛み締め、気を失う寸前に見たものは 私の名を必死に呼んでいるジェイの姿だった。 Next→ 06/01/06 修正:06/10/02 再修正:14/02/02 |