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草のクッションに足を着き、ゆっくりと辺りを見渡した。 見た事のない花や蝶、聞いた事のない小鳥の囀り。 色鮮やかな景色に感動する事も出来ず、「ああ、こんな所もあるんだ」と淡泊な感想を浮かべる。 「…もう、目の前」 塀の先、雲付近に掲げられた鈴の国章。 間違いない…あの男が治めているであろう国だ。 大丈夫、きっとジェイは待ってくれている。 呪文のように同じ言葉を繰り返し、心が「でも」と拒絶しても勢いよく首を振る。 私は重たい足を動かして敵地へと足を踏み入れた。 門番に捕まるかと思いきや、案外すんなりと中へ入る事が出来た。 仕事しろ、と悪態を吐き城下町を歩く。 私一人潜り込んだ所でどうにかなると思っているのか、 それとも来るはずがないと踏んでいたのか。 どちらにしろこれ以上好都合な事はない。 私はウェルテスとは比にならない人波を掻き分け、奥に見える城を目指した。 「待て!」 城の前まで辿り着き、しれっと中へ入ろうとすれば両脇に立つ兵がそれを阻止する。 城下町とは違い、城の警戒は厳重のようだ。 「貴様、何者だ!」 槍の矛先をこちらへ向ける門番を睨みながらゆっくりと手を開く。 手中にある鈴を見せつけると、門番二人は互いに顔を見合わせ眉を顰めた。 「この鈴をある人に返しにきました」 「…」 「助けてもらったお礼もあるので、直々にお話がしたいんです」 門番は槍を下ろし、互いに声を潜め会話を始める。 どうやら私が件の娘だと言う事はバレていないようだ。 恐らく一国の王子がこんな貧相な娘を好きになるとは思っていないのだろう。 …何だか自分で言っておきながら酷く虚しい気持ちになる。 「…よし、入れ」 納得したのかしていないのか、曖昧な表情を浮かべながら兵は言う。 私は「ありがとーございます」と適当な礼を言い中へと入った。 扉を押す私が舌を出している事に等、向こうは気付きもしなかっただろう。 城の中に入った途端、世界がガラリと大きく変わった。 豪華絢爛な城内、煌びやかなシャンデリア、ドレス姿でうろつく女性。 場違いな私の姿は明らかに浮いている。 このままここにいても、いつか怪しい奴だと言われ捕まるのは目に見えていた。 …なら、この状況を早く打開しなくちゃ。 「ゲームスタート」 乾いた唇を舌で濡らし、赤い絨毯を爪先で二度叩く。 大きく息を吸い込んだと同時、私は目の前の扉へと駆け出した。 「よそ見してると追いつけないよ!見てても追いつけないだろうけど!」 決して足は速くないが、絶対に捕まらないと言う自信はあった。 兵が武器を構え走り出したと同時、私は自らの杖を横へ振る。 「ライトニング!」 まさか私が城内でブレスを使うとは思ってもいなかったのだろう。 突然の閃光に兵は怯み、私はその隙を狙い階段を駆け上がる。 音を立て扉を開ければ、玉座でくつろぐ王の姿が目に入った。 ゆったりした姿も、私を見た途端動揺を隠せぬものへと変わる。 「き、貴様…!」 「どーも!お久しぶり!」 「一体何をしに…!」 「やだなー!そんなの聞かなくても分かってるくせに!」 「…アンタ達からジェイを奪いに来たんだよ!」 茶化した後に眉を吊り上げ、これでもかと怒声を上げる。 王は一瞬怯むものの、すぐに右手を上げ兵へと命令を下した。 「そこの無礼な娘を捕まえろ!」 城の中にいる全ての兵が謁見の間に集まり私を囲む。 「しまった」と思った時には既に遅い。 「ッ…!」 数えきれない程の兵を目の前にし、低級のブレスはほぼ意味を成さない。 かと言って上級のブレスを唱えれば死人が出る可能性だってある。 戸惑う私に無数の手が伸び、拘束されるのにそう時間は掛からなかった。 「さっさと牢に連れていけ!」 「ッ離せ…!」 自らの内から溢れ出る熱に身を委ねれば、何処からともなく風が吹く。 兵はそれをブレスの合図だと思ったのだろう、怯え私の手を離し武器を構えた。 それこそが私の作戦だとも気付かずに。 「こんなとこで使う訳ないじゃん!」 べっと舌を出し私は再び走り出す。 ジェイがいないのであれば、こんな所長居は無用だ。 城の構造を理解していない私は、手当たり次第扉を開け走り続けた。 次第に足がもつれ、息が荒くなり、汗で視界が滲みだす。 早く、早くジェイに会いたい。 その想いだけを胸に、何処に続いているかも分からない長い長い階段を駆け上がった。 「ジェイ…余り考え込まないでください」 「…」 椅子に座り足を組む僕に対し、一人の女性が声を掛ける。 彼女は俗に言えば“美人”と言う類に入るのだろう。 だが醸し出す空気は何処か穢れていて、僕が求めているものではないとすぐに分かった。 「まだ、村娘の事を気にしているのですか…?」 「はい」 思ったよりも早く、それこそ条件反射のように声が出た。 今まで一言も喋らなかった僕が返事をした事に、姫は驚き目を見開いている。 「ジェイ、私を見てください…」 姫は瞳を潤ませ、細い指で僕の肩を撫でる。 払う気すら起きない程面倒に感じ、溜め息を吐いた。 「何故貴女を見なくてはいけない」 こんな下らない事に付き合わされているのだ。 不機嫌な感情を控える義理もないだろう。 姫は僕がこう言う性格だと言う事を短時間で理解したらしい。 彼女は怒りも泣きもせず、耳元に口を寄せ甘く囁くばかりだった。 「貴方をずっと…お待ちしておりましたの…」 「どんなに綺麗な女でも、ジェイの事を愛している女でも 自分から探しに来ないお姫様なんて、全然怖くない!」 脳裏を過ったのは、唯一心を許す事が出来た彼女の姿だ。 目の前にいる女性ではない…僕をずっと見てくれていたの姿。 「…やっぱり、僕は」 言葉を紡いだと同時、勢いよく部屋の扉が開いた。 何事かと視線を向ければ、髪を乱し荒い息を吐く少女の姿が目に入る。 「見つけた!」 ゼェ、と荒い息を吐きながら少女は笑った。 「…」 僕が名前を呼べば、は笑顔のまま強く頷く。 その瞳を潤ませながら、必死に泣くのを我慢して。 「どうして…」 「言ったじゃん!必ず迎えに来るって!」 彼女の姿を見れば、それが容易でない事はすぐに分かった。 きっと数十人の兵を相手にここまで必死に走ってきたのだろう。 彼女の性格だ…誰一人死人を出す事なく、懸命に逃げたんだ。 「…馬鹿ですね」 「うん、馬鹿だよ!」 ニッと笑い、少女は手を差し伸べる。 誰でもない…彼女を置いてここへ来た僕に向けてだ。 「今なら間に合う」、そう言わんばかりの彼女の笑顔を見ていたら 自然と手が真っ直ぐに前へと伸びていた。 「何をしている!?」 手と手が触れ合う寸前、何者かの声が邪魔をする。 「ジェイ、約束を忘れたのか!」 「ッ…」 ピクリ、と指先が跳ね、自らの手が行き先を失った。 目を見開き固まる僕の前、は小首を傾げ「ジェイ…?」と弱々しく名を紡ぐ。 彼女の瞳に映る僕は酷く醜い表情を浮かべていた。 「…捕まえろ」 自らの口から冷え切った言葉を紡げば、は目を見開き「え」と声を漏らした。 背を向ける僕に彼女の視線が刺さるのが嫌でも分かる。 「…なん、で」 数人の兵が部屋に流れ込み、彼女の体を押し倒した。 武器を取り上げられ丸腰になった少女は短い悲鳴を上げる。 愛しい人が背後で取り押さえられたと知りながら、僕は何もしなかった。 「牢へ入れろ」 崩れた彼女を無理に持ち上げ、兵は頭を下げた後部屋を出る。 「やだ…ジェイ!」 「約束ってなに?脅されたの?弱味を握られたの…!?」 「ジェイ!答えてよッ…ジェイ!」 彼女は最後まで僕を“裏切り者”と罵る事はなかった。 薄情だと、最低だと責める事もなく、必死に僕の名前を呼んで。 僕はそんな彼女を、最低な形で突き放したのだ。 Next→ 06/01/09 修正:06/10/03 再修正:14/02/02 |