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蝋燭が辺りを頼りなく照らす。 牢屋の中、手足を拘束された私は項垂れ浅い呼吸を繰り返した。 必死に抵抗すれば手錠も足枷も外す事が出来たかもしれない。 だけど今の私にそんな気力はなかった。 愛する人に拒絶され、プツリと思考が切れたのだ。 「ックソ…!」 思ってもいない事を口にした自らに苛立ち、手頃な壁を殴る。 ハア、と荒い息を吐いたと同時、怯える姫の姿が鏡越しで見えた。 「…すみません」 「いえ、お気になさらないで」 赤く腫れた僕の手を包む姫には何の罪もない。 ただ僕の指に口づけを落とす彼女に特別な感情を抱けずにいた。 愛しいとも温かいとも思わない。 冷え切った体は過去の自分と重なった。 「…すみません、そんな気分ではないので」 「ジェイ…」 手を払い、逃げるように距離を置く。 彼女は僕の背中に手を伸ばし、酷く寂しげな声を発した。 「ッ…」 「…ジェイ?」 「違う…!」 体の奥から込み上げる熱の正体は分かっている。 だからこそ、こんな自分が嫌になるんだ。 「僕が聞きたいのは、そんな声じゃない…!」 あの人の声じゃなきゃ駄目なんだ。 多少乱暴な口調であっても綺麗だと思えるあの人の。 名前を呼ばれるだけで幸せな気持ちになれるあの人の。 何を言っても意味がない事は分かっている。 だけどこの不甲斐なさを内に閉じ込める事等出来る訳がない。 後悔ばかりが渦巻き、頭を抱えベッドに腰掛ける。 苦悩する僕の思考は正常ではなく、姫が部屋を出て行った事にも気付かない。 ただ開けっ放しの窓から吹く風に彼女の香りを思い出し、歯を食い縛り目を閉じた。 靴音が聞こえる。 音の出処へと視線を向ければ、一人の少女が兵と何かを交渉していた。 何を話しているのだろう、と意味もなく目を細めたと同時 兵は少女に敬礼し、少女は一つ会釈をしてこちらへと近付く。 歳は私と同じくらいだろうか…やや幼くも見える。 だけど大人顔負けの空気と言うか、オーラがあった。 「貴女がさん?」 「そうですけど」 つい敬語が出てしまったのは彼女が醸し出す空気のせいだ。 少女はそんな私にクスリと笑みを零し、スカートの端を摘まみ頭を下げた。 「初めまして…いえ、二度目ましてでしょうか?隣国の姫ですわ」 薄暗い灯りに照らされた少女はとても卑しい表情を浮かべる。 私の気のせいかもしれないが、一瞬あの傲慢な王と重なった。 「ジェイのフィアンセとなる者です」 「…別に良いよ、そんな紹介」 「…」 「こんな汚い所に何か用?」 溢れそうになる感情を必死に抑え、震える声で言葉を紡ぐ。 姫と名乗った女はもう一度笑い、私を見下ろしながら返答をした。 「ジェイの事をお話にきましたの」 思っていた通りだ。 私とコイツの共通点等、ジェイしかないのだから。 「ジェイが欲しい物って何か分かります?」 「…何で」 「機嫌がよろしくないの」 「…はあ」 どうやらご機嫌取りの為、ジェイに贈り物をしようと言う魂胆らしい。 何だか拍子抜けしてしまい、こんな状況下であるにも関わらず溜め息が出た。 「そんなの、私に聞かれても…」 「欲しいかな、と思う物でも良いので」 「だから…」 「お願いですから、挙げてみてくださいません?」 「…」 これだからお偉いさんとは馬が合わない。 お願いと言いながらとても偉そうだし、全てが手に入ると思っている。 きっと私が答えるまでここから離れるつもりはないのだろう。 相手にばれないよう溜め息を吐くと同時、私は彼女が求める答えを口にした。 …ジェイが欲しいもの。 「…家族」 「家族…ですか?」 コクンと一つ頷けば、姫は困ったように眉を下げる。 「それなら、とても立派な家族をお持ちでしょう?」 「そうじゃないよ…位が高いとか、どれだけ偉いとか関係ない」 「どんなに貧しくても温かくて、いつも皆が笑い合ってて」 「必ず“おかえり”がある…そんな場所」 「ジェイはそれをずっと欲しがってた…きっと、今も帰りたがってる」 何不自由なく暮らしてきた彼女にこの言葉の意味は分かるだろうか。 チラリと相手の様子を窺えば、姫は退屈そうに髪をいじり溜め息を吐いた。 「そんなもの、あげられませんわ」 「ジェイって意外と我儘なのね」 抑えつけていた怒りが爆発した瞬間だった。 ジェイが我儘?コイツは何を言っているのだろう。 我儘なのは、どう考えてもアンタの方だ。 「…くせに…」 「?」 「何も知らないくせに!」 「アンタにジェイの何が分かるんだよ!」 手錠をつけたまま、両手を勢いよく鉄格子へと叩き付けた。 歯を剥き出す私を女は哀れだと言わんばかりに見つめる。 それが余計に怒りを煽ると言う事も知らずに。 「何ならハッキリ言ってやるよ!」 「ジェイが欲しいのはアンタじゃない!私だ!!」 眉を顰めた表情こそが相手の本性だろう。 位の低い私にプライドを傷付けられ、拳を強く握る。 嫉妬に塗れたその顔は、醜い以外に言いようがなかった。 「…そう」 「…」 「そこまで言うなら、ジェイに確認しますわ」 ドクン、と強く心臓が脈打つ。 鉄格子に叩き付けた両手が今更になって痺れてきた。 「そもそも貴女に聞く必要なんてなかったわ」 「だってジェイは…わたくしの言う事を全て聞いてくださるもの」 動揺する私を見て満足したのだろうか、女はクスリと笑い 丁寧に会釈をした後背を向けこの場から離れて行った。 残された私は声を上げる事も出来ず、ダラリと両手を下げ宙を見る。 …ねえ、ジェイ。 大丈夫だよね? 照れながら大好きと言って、手を繋いでくれたよね? 嬉しいって泣く私に、優しい笑顔を見せてくれたよね? 私、ジェイの欲しいものの中にちゃんと入ってるよね? 「ッ不安だよ…!」 泣いたら駄目だ。 泣かないようにって、ここへ来る最中たくさん泣いたんだから。 グ、と喉を締め嗚咽を堪える。 瞳に溜まる涙を乱暴に拭い、鼻を啜った。 もう、こんなの止めよう。 今の私には、彼を信じる事しか出来ないのだから。 Next→ 06/01/10 修正:06/10/03 再修正:14/02/02 |