夜空に浮かぶ大きな月。
私は自然の光を浴びつつ、深く深く息を吸った。

城の中からは濃霧のように殺気が溢れている。
正面から行けば確実に殺される、そう判断した私は外周を見て回った。

相手も馬鹿じゃない。
城の側面と背面にも兵がウジャウジャいる。

例え裏口を見つける事が出来たとしてもバレてしまえばゲームオーバー。
ならばどうする、と数秒で考えた結果、私は杖を取り出した。





「…やるしかない」





夜風に身を委ね、体の内から溢れる熱を感じた。
杖の先端は湧き出る力と共鳴し強い光を放つ。





「いたぞ!囲め!」





杖の光に反応し、兵は武器を構え私を囲む。
側面、背面にいた兵のほとんどが集まったと言っても過言ではない。
それが私の作戦だと言う事に気付きもせず。





「ローリングストーン!」





兵が集まる場所目掛け、勢いよく巨岩が転がる。
岩は兵の纏う鎧を押し潰し、数々の悲鳴さえも掻き消した。
勢いのまま城壁を壊し、城内の兵すらも押し潰していく。
裏口を探すつもりだったが、脆い壁が砕けたのならそれも無用だ。





「インディグネイション!!」





未だ立ち上がる兵に追い討ちをかけるよう雷を落とす。
豪華絢爛な場内は一瞬にして姿を変え、焦げ臭い匂いが辺りに充満した。





「お邪魔します!」





伏せる兵を踏まぬよう、城の内部へと潜り込む。

どの兵も死んだ訳ではない。ただブレスによって気絶しているだけだ。
数十分も経てば再びその剣を持ち私に襲いかかってくるだろう。

不意打ちのブレスが効かない状況になれば私の負けは確定する。
時間がない…早く行かなきゃ。

ジェイがいる、二階の部屋へと。





指定された場所へと足を踏み込めば、扉の前に一人の兵がいた。
わざわざ兵を用意していると言う事は、間違いなくあの部屋にジェイがいる。

兵は私の姿を見るや否や武器を構え走り出す。
私は兵の動きを良く観察し、自らが出せる最大限のスピードで攻撃を避けた。





「ッ…!」





剣先が掠り、衣服が破れる。
浅く切れた肌から微量の血が溢れ出た。

利き腕でなかった事が幸いした。
私は兵の後ろへと回り込み、鎧の隙間へ短剣を投げ込む。

兵はくぐもった声を出し、膝から音を立て崩れ落ちた。
それでも気を失った訳ではない、と追い討ちをかければ手を伸ばしうつ伏せで倒れる。

手の中には部屋の鍵。
硬く握り締められたそれを勢いよく引き抜き、目の前の扉に差し込んだ。





「…」





ガチャリ、と気持ちの良い音を立て扉が開く。
扉の奥にはテーブルへと腰掛け月を背負うジェイの姿があった。

敢えてテーブルへと腰掛けているのは彼なりの王への抵抗なのだろうか。
事の真意は分からないが、私が今目の前にいるジェイを待ちわびていたのは確かだ。











ジェイは扉を開けたまま微動だにしない私の名を呼ぶ。
瞬間、ここまで走り続けた疲労が吹き飛び笑顔が溢れた。





「迎えに来ました、王子様」
「…そんな呼び方しないでください」





からかい笑う私に対し、ジェイは不服だと言わんばかりに溜め息を零す。





「いつもみたいに呼んでほしい」
「…ジェイ」





ジェイは私の手を取り、全てを包み込んでくれる。
伝わる鼓動、ぬくもり、全てが懐かしく温かい。





「ジェイ…」
「…」
「…?」
「…これからどうしましょうか」





感動の再会となるはずだったのに、ジェイは先の事ばかりを考えている。
何だか甘い声で彼の名を囁いた自分が馬鹿みたいで、途端に恥ずかしくなった。





「何ですか溜め息なんか吐いて」
「…何でもない」
「追手は必ず遺跡船まで乗り込んできます…早く考えないと」





「もしこのまま逃げられたとしても、が殺されたら…」





私を抱き締める腕に力が入る。
腕は紡がれた言葉と同様、微かに震えていた。





「もう、貴女なしじゃ生きていけない…!」





こんなにも近くにいると言うのに、ジェイは酷く寂しそうな表情を見せる。
私はそんな彼に笑顔を向け、強く抱き締め返した。





「大丈夫!」





彼の手を引っ張り、部屋の窓へと向かう。
窓から抜け出した方がリスクが少ないと判断したからだ。





「とりあえず大陸から離れよ!」
「でも、港にだって兵が…!」
「ジェイ」





諭すようにその名を呼べば、ジェイはピクリと指先を動かす。
不安の色に満ちた彼の瞳に、私は底抜けに明るい笑顔を見せた。





「私達、一緒にいれば無敵だよ!」





目を見開く彼に歯を見せ笑えば、ジェイは一度目を伏せ、そして微笑む。
不思議だ…二人一緒にいると、お互いこんなにも自然に笑えるんだ。





「そうですね…貴女とならどんな困難でも乗り越えられる」





言っている事は同じでも、ジェイの言い回しは照れ臭い。
ふへへ、と笑いながら頬を掻き、私は熱い熱いと自らの体を扇いだ。





「…でも、今は一緒に行く事は出来ません」





ピタリ、と手が止まる。





と話して気付いたんだ…僕にはまだやる事がある」





妙に清々しい笑顔を見せるジェイに不安が募る。
場違いな笑顔に、私はどう返事をして良いか分からなかった。





「守れなくて、すみません」





ジェイはもう一度強く私を抱き締めると
トン、と優しく背中を押してここから脱する事を急かした。





「待ち合わせは静の大地で」
「ッ…ちゃんと、来てね…!」





「嫌だ」とは言えなかった。
ジェイの笑顔を見ていたら、私は彼の言う通り動かなければいけない気がしたんだ。

だけど本当は離れたくない、と涙が浮かぶ。
ジェイは優しく笑い、涙でぐしゃぐしゃになった私の頬に手を添え
重ねるだけの優しいキスをした。





「言ったでしょう?もう、絶対離れないって…」





何度も何度も頷く私の額に自らの額を合わせ、ジェイは言葉を続ける。





「また生きて会いましょう」
「ッ絶対だから!」
「ええ、絶対」





私は彼の言葉を信じ、窓の外へと飛び出した。
トサ、と草のクッションに足を着き、ひたすら国外へと走り出す。

私達の想い出がある灯台の街…さらにその先にある静の大地へと。















「ジェイ…?」





物音と共に、耳障りな女性の声が聞こえた。





「…これはお姫様。こんな夜遅くにどうかしました?」





姫は僕の声を聞き、いつものようにゆっくりと近付いてくる。
…僕自身が纏う怒気にも気付かずに。





「何だか外が騒がし―――…ッ!?」





隙だらけの体に衝撃を与え意識を絶った。
姫は易々とその場に倒れ込み目を閉じる。





「何事だ!?」





次から次へと現れる来客を僕は心から歓迎した。
倒れる姫の横で嘲笑を浮かべ、狼狽える男に言葉を投げる。





「これは王様。姫と同じくこんな夜更けに一体何を?」
「ジェイ、これは…!」





現状を素早く理解した王は、僕を指差し言葉を発する。
頭の悪そうな王だと思っていたが、そうでもないようだ。





「これはお前がやったのか…!隣国の姫を…!」





怒りに震える王に向かい、僕は大袈裟な程肩を揺らして笑った。

「何がおかしい!」と怒りに身を任せ荒ぶる王を見てもちっとも怖くない。
弱い人間が吠える姿が面白くて堪らなかった。

面白い?いや、違う。
腹が立ちすぎて笑ってしまうんだ。





「…倍返し」
「なん、だと…?」
「いや、倍で済ますものか」
「な、何を言っている…!」





動揺する王の前、僕は一本の苦無を取り出す。
月の光を受け妖しく光る苦無は王の瞳にどう映っただろう。





「高くつきますからね…」





後退する王に詰め寄るよう前進する。
月に照らされた王の顔は死人のように蒼白かった。





「僕の大切な人を傷付ける事は、この国を消す以上に値するって事ですよッ!!」





壁、床、ベッド…ありとあらゆる場所に勢いよく血が飛び散る。

騒ぎを聞きたてた兵の体にも例外なく苦無を刺した。
人を刺す感触も、流れる血の生暖かさも、鉄の匂いも
全て昔の記憶と重なっていく。

あの人と出会い、人を信じてみようと思った。
あの人の為に、人殺しは止めようと思った。





「でも、今だけは許してください…」





僕はまだまだ弱い人間だ。
この感情を抑える事が出来ないのだから。

全てを殺した訳じゃない。
それでも数人は息絶えた。

きっと、今目の前に伏せる彼女も殺した方が幸せなのだろう。
こんな凄惨な状況を見て箱入り娘が正気を保てるとは思えない。
そこまで分かっているにも関わらず、僕はその胸に苦無を突き刺そうとしなかった。
「地の底まで堕ちてしまえ」、と残酷な言葉を心の中で吐き出すだけ。

こんな事をしてが喜ぶ訳がない。
結局は彼女の為と言っても、僕は自らの為に人を傷付けたのだ。

だけど、これでが追手に殺される可能性はなくなった。
彼女を追える人間等、ここには残っていないのだから。

彼女と会う前にこの血は全て洗い流そう。

陽が昇り、朝一番の船で遺跡船へと戻った。
貴女が待つ、灯台の街へと―――…。










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06/01/20
修正:06/10/06
再修正:14/02/02