ふわふわ。
まるで綿あめになったみたい。
体が軽くて、空気に流されているような不思議な感覚。
「…」
誰に導かれる訳でもなくソッと目を開け、辺りを見渡す。
「…ここ、どこ…」
広がる景色に我が目を疑った。
光と言うものもなければ影もない。
世界の理すらも覆す空間に、私一人だけが浮いている。
「ここ、天国?」
グリューネさんに別れを告げた後、意識が遠のいて
何となく「ああ、死ぬんだ」と思った。
でもこの空間は、私が想像していた天国とはかけ離れている。
雲の上から見下ろせる街並みもなければ、羽も輪っかもついていない。
ただただ孤独。
そう思ったと同時、フワリと自分の体をすり抜け黒い光が現れた。
自分の体から何かが飛び出してきたんだ、誰だって驚くに決まっている。
私は「ヒィ!」と短い悲鳴を上げ、バクバク鳴る心臓を押さえた。
そんな私に構わず、黒い光は悠然と浮いている。
私はそれを良く知っている気がした。
「…シャドウ…」
…―――我を知っているのか。
「知ってる、けど…確か…」
「グリューネさんのとこにいるはず」、そう言葉を続けようとした時
相手は私の言う事が分かっていたかのように遮る。
…―――汝を見送りにきた。
「、え」
…―――還る時がきたのだ。
常人には分からないようなその説明も、私には理解する事が出来た。
理由も理屈も分からない。
でも、分かるのは―――…。
「元の世界に、帰れるってこと…?」
シャドウは否定の言葉を発さない。
恐らく肯定を意味しているのだろう。
でも、実感がわかないのだ。
この時をどれ程待ち望んでいたかは、自分が一番分かっているのに。
…―――今の我ならば汝を還す事が出来る。
「…」
…―――手遅れになる前に行くのだ…元の世界へ。
「……」
シャドウは私を元の世界に送ってくれると言う。
お母さんに会える。お父さんに会える。
友達にも、学校の先生にも、近所のおばさんにも。
いつもみたいに学校に行って、友達と笑って
苦手な勉強をして、家に帰ったら大好きなゲームをする。
そんな毎日が、私の本当の居場所。
…でも、それって。
「…まって」
「待って」
「私、皆に何も言ってない…」
まだ誰にも「元の世界に帰る」と告げていないのだ。
このまま戻っても晴れ晴れした気持ちになれる訳がない。
「今からでも戻って、挨拶してから…」
…―――さすらば手遅れになるぞ。
「、…」
…―――ここは時の狭間。精霊や神の力無しでは決して入る事は出来ない。
…―――“転生”をする者のみ入る事が許される場所なのだ。
余り聞き慣れない言葉ではあるが、その意味は良く分かる。
私はきっと、いや、もう既に死んでしまったのだ。
そして今、生とも死とも言えない世界にいる。
“転生”と言う事は、グリューネさんとシャドウの力を借りて
もう一度元の世界に戻る事を許された“生”を受け取ったのだ。
…―――世界を行き来するのは不可能だ。残された道は二つ…。
…―――元の世界へと還るか、再び我等の生きる世界へと足を踏み入れるか。
…―――決めるのだ、少女よ。
私を元の世界へ送り付けた後
シャドウは“テイルズオブレジェンディア”の世界へと戻って行くのだろう。
こうして不安定な狭間にいれるのは今だけなのだ。
私が元の世界に戻って、もう一度“テイルズオブレジェンディア”に戻りたいと言っても
シャドウの力ではどうする事も出来ない。
シュヴァルツやグリューネさんも今後一切招いてくれない…くれるはずがない。
それはつまり、元の世界に戻っても、“テイルズオブレジェンディア”の世界に残っても
互いの世界を行き来し、干渉する事は出来ないって事…。
「今すぐ、決めろって言うの…?」
私に、どっちに残るかを…。
自然と手に力が入り、拳を握る。
シャドウは返事もせず、私の目の前でフワフワと揺れていた。
…―――我は主に『を元の世界に』と命を受けた。
「……」
…―――本来ならば汝の意思を無視してでも、その命を真っ当しなければならない。
…―――だが、もし汝が悩んでいるようであれば、主はこう言うだろう…。
…―――“彼女の命に従え”と。
私の好きなように。
それはとても酷な事だ。
大好きなものが全部手に入る訳じゃない。
どちらかを捨てなきゃいけない。
「どっちもダメ?」とねだるような瞳でシャドウを見つめれば
シャドウはそれを悟ったかのように自らの体を左右に動かす。
「ケチ」、と心の中で呟けば
それすらも見透かしたかのように「真面目に決めろ」と言う。
何だか、私の知っているお堅い仲間達と良く似ている。
そう思ったら自然と、本当に自然と笑みが零れた。
「…」
思えば、私が“テイルズオブレジェンディア”と言う世界で過ごした時間は
私が生きてきた時間に比べれば遥かに短いものだった。
でも、ぎゅっと楽しくも辛い時間が濃縮されていた気がする。
笑い合って、泣き合って。
励まし合って、傷付け合って。
「…うん」
私は大好きなもの、欲しいもの、全部手に入れたい主義。
我侭だと文句を言われても、それだけは胸を張って言うだろう。
「…そうだね」
それでもどちらかを諦めなきゃいけないなら
絶対に後悔する選択はしたくない。
捨てられないものがある。
まだ欲しいものがある。
私が笑い、泣いた…“テイルズオブレジェンディア”と言う世界に。
「…思い出したよ」
手中には黒く艶めく一枚の羽根。
そっと包み込み、目を閉じて、白い世界に…シャドウに身を委ねる。
「私が、帰りたい所…」
「還りたい場所は―――…」
輝く銀色の髪
優しい花の香り
温かい笑顔
澄んだ鈴の音
笑顔で交わした約束
「っ…?」
咄嗟に目を開け思考を止めた。
何故かは分からないけど
胸の奥に針が突き刺さるような痛みを感じたのだ。
ここに来てから体におかしいところなんてなかったのに、どうして急に…?
そう考えた時、私の頭の中に一つの答えが浮かんだ。
「…そっか」
痛かったのは私の体じゃなくて…あの子の体。
「…そうだね」
そっと自らの胸に手を当てれば、心臓の音が二重に聞こえる。
そんな訳ない、と誰に言われても私には確かに聞こえたんだ。
「…私には大切なものがたくさん出来た」
「大切な仲間、大切な場所、大切な絆」
「…でも、アンタの物語はまだだっけ」
ねえ、分かるかな。
昔はアンタのせいで強力なブレスが使えるのも嫌だったし
仲間を癒す為のブレスを使う度に傷が増えるのも嫌だった。
そんな能力しかなくて、皆の足手まといになる事が悔しくて、アンタに何回も当たった。
ワルターと戦った時も、ソロンと戦った時も
アンタに体を奪われたくなくて必死に抵抗した。
何度も何度もぶつかり合って、こんなに仲良くなれたけど
結局、私はアンタの為に何も出来ていなかったね。
「アンタはたくさん、私にくれたのに…」
力も、真実も、全部くれた。
なら、私もあげなきゃ。
「…私の体を、アンタにあげる」
自分の意思に反し心臓が高鳴る。
「私頭も良くないし見た目も立派じゃないけど、アンタなら大事に使ってくれると思うんだ!」
「アンタになら全部託す事が出来る…絶対後悔もしない!」
「だから、またやり直せるよ!女の子の生活が!」
嬉しい?楽しみ?
自分の足で歩いて、
自分の目で綺麗な花を見て、
自分の口で美味しい物を食べて、
自分の心で人と恋をする。
「絶対、絶対楽しいよ!私がアンタの幸せを保証する!」
「だから…行きたい場所、言ってみなよ―――…」
「…―――破壊の少女」
フワ、と体が軽くなり、自分の心の中が良く見えた。
あの子は驚いたように目を見開いて
嬉しいのか悲しいのか、瞳に涙を浮かべている。
私はそんな少女に笑みを零して、その手をグッと引っ張った。
「…」
あの子が私の名前を呼んだ。
私は「なに?」と小首を傾げる。
「…大好き、だよ…」
少女の笑顔を見たのは久しぶりだ。
ふにゃっと、笑い慣れていないその笑みを見て
私の心臓もトクンと鳴った。
「…これからは幸せになってね」
細い体をぎゅっと包んで目を閉じる。
すう、っと夢の中に入っていくような感覚と共に
少女のぬくもりが少しずつ遠くへと離れていった。
「…わたしが、行きたい場所」
口が勝手に動く。
意識していないのに、拳が強く握られる。
そうだよ、素直で良いんだよ。
そうやって内から話しかけてみれば、私はコクンと頷いた。
「…っわたしがいきたいとこは…!」
あいするひとの、いるばしょ
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14/01/27